木の下で
三題噺もどき―ひゃくろくじゅうご。
※首吊表現有注意※
お題:木陰・パニック・レース
サァ――――――――――
と、柔らかな風が、頬を撫で。そのまま、草木を撫ぜていく。
目の前に広がるのは、低い草が一面に広がっている草原。風が吹く方へと倒れ、ざわめき、揺れる。
「……」
その草原に、一本ぽつりと立つ木。
その下に、私は座っていた。
夏の日差しを遮るように枝葉を伸ばし、風に揺れている。その足元には、疎らな影ができていて。まるで複雑に縫われた、レースのような美しさがあった。影で作られたレース。
それは、私が伸ばしている、足にも縁どられている。
「……」
足―というか、正確には履いているスカートの上になのだけど。
白いふわりとした生地のスカート。
丈の長いそれは、足首のあたりまで、私の脚を覆い隠す。その先は、今は裸足だ。サンダルを履いていたが、座るには少々邪魔だったので、手元に並べて置いてある。
きっちりと。草原の方へ、つま先を向けて。
「……」
私は、大きな木の幹に、その根元に、背を預けて座っている。
見た目はごつごつというか、しっかりしているのに、案外柔らかいのだなと、思った。背に当たるその感覚は、柔らかくて、温かくて、心地よかった。
白いスカートを履いて、その上も白いシャツなので、汚れてしまうかもしれないが。そこはまぁ、気にすることでもないだろう。
「……」
レジャーシートでも、ハンカチでも持ってくればよかったなぁと思いはしたが、その時には遅かった。家からかなり遠いところに来てしまったし。わざわざ取りに帰るものでもない。
「……」
それに、なぜだか。
ここにどうして来たのか。
ぼんやりしている。
「……」
周りには、この木と、ただ草原が広がるだけ。その上にはもちろん青空が広がっている。所々雲がある。
不思議なことに、この草原、ある所から先が見えないのだ。丘のような形になっていて、下に向かっての丘だからだと、思っていたのだけれど。それにしては、なんだか…とも思っていたりする。
「……」
そして、何より。
私はここまで、手ぶらで来ていたようだ。
いつものお気に入りの鞄も。香水も。髪飾りも。何もかも。持っていなかった。
ただ着の身着のままという感じだった。そんなに急いでいたかなぁ…。髪はきっと面倒だから、纏めなかっただけなのかもしれないが。さっきから、風にあおられているせいで、少々うっとうしい。
「……」
真っ黒で逆に羨ましい(逆にって何?)と、よく言われた私の髪。
あまり伸ばしすぎると、手入れなんかが面倒なので、肩下のあたりの長さで揃えている。前髪も少し長めで、目にかからない程度のぎりぎりの長さ。
正直、真黒なのは暗い印象を与えそうで嫌だったのだが。皆が一様に、羨ましいだの何だのと言ってくるので。染めるに染められず。バッサリ切るのもなんだかという感じで。
しかも、これは我が家では割と当たり前なのだが。ありがたいことに、真っすぐストレートの髪で。それもあって、余計羨ましがられる。
「……」
嬉しかったことなんて、一度もないが。
―だって大抵は妬み嫉みで。ただの綺麗ごとでしかないし。
「……」
ただぼーっと。そんなことやあんなことを考えていた。
手も動かず。
足も動かず。
視線は、覚束ない。
視界が少しぼんやりしている。
―なんだか少し、首が痛い。
「――?」
どれだけそうして、ぼんやりしていたのか分からない。
いつまでも動かない雲に、不思議だなぁと思い始めていた。
突然ふっ―と、大きな影が私を覆った。
美しくまばらで、複雑な木陰のレース布を。大きな塊がかき消す。その穴を黒く塗りつぶす。
「――」
何か―と、何も思うことなく頭を上にあげる。視線をぐるりと頭上へ向ける。
―首がずきりと、痛む。
「――!!!」
ぶらん。
と。
そこには、なぜか人がぶら下がっていた。
大きな木の枝の根元に、くるりとロープを巻いて、首にもぎゅうとロープが巻き付いて。
てるてる坊主のように、首がつるされて。
「―――!?!?!???」
ただただパニックに襲われた私は、声を上げられず。
はくはくと息を漏らす事しか叶わない。
早く動いて。駆けて。逃げて。誰かに。
それなのに。それなのに―
「―――」
腕はだらりとしたまま。
足はピクリとも動かない。
―ただその喉が、首が、きゅう、と、絞められていく。
「――?」
そこでなぜか、私はふと、首を傾げた。
釘付けにされた、その人の塊。今やもうただの塊と化している、であろうそれに。
―見覚えがあった。
「????」
白いふわりとした生地のスカート。
その上も白のシャツ。
まるで死に装束のような、その恰好。
足は裸足。
きっとサンダルでも履いていたのだろうけど。
いや、きっと手元に置いてある。これだろう。
その髪は少し長めで、真っすぐ立てば肩下あたりの長さだろう。
長めの前髪で、その表情は見えない。
真っ黒で、真っすぐとしたその髪。
「――ぇ?」
ぶわ――――!
と、一際大きな風が吹き。
その前髪を舞い散らす。
ふわりと広がったその先にあったのは。
まぎれもなく―