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異世界ゴースト ザ・プロローグ  作者: ひいらぎ 梢
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伝説のゴースト

「伝説のゴースト」の異名をもつ独身アラフィフライター月本(つきもと) (れい)はたった今約束の原稿を仕上げたばかりだった。

 安らかな睡眠のために寝酒をしようと、冷蔵庫をのぞくが残念ながらアルコールのストックはつきていた。仕方なく近所のコンビニへと深夜の買い出しに向かったのだが……。

 パソコンのメールソフトを立ち上げ、さっきまで入力していたファイルを添付する。宛先を確認して送信。時間は午前3時すぎ。


 やれやれ、やっと終わった。やっつけ仕事の雑文とはいえ同じ日に締切の原稿3本とか受けるもんじゃないな。全くライター稼業も楽じゃない。50の声を聞く年になればなおさらだ。若い頃のように、ニ徹三徹とかの無理は効かなくなってくるし。


 カレンダーを見る限り次の締切は明後日だ。明日1日は仕込みにあてるとして、今日はHP回復のために寝溜めしなきゃな。しかし目がさえちまってすぐには寝付けそうにない。こんな時は寝酒(ナイトキャップ)に限る。


 引戸を開けて仕事部屋からキッチンへ移動し冷蔵庫を覗き込む。やばい、こんな時に限って酒が切れてる。気のきいたツマミもないし……。しゃーねぇ、コンビニまで深夜のお散歩と洒落込むか。


 財布をズボンの尻ポケットに押し込み、着の身着のままサンダルを突っ掛けて、表へ出た。夜気がヒヤリと肌をさして、疲れた頭が少しだけしゃんとする。よれたパーカーのフードをかぶり、ポケットに両手を突っ込むと不振人物の一丁上がりだ。オレは誘蛾灯に引き寄せられる昆虫よろしく、コンビニ目指してヨタヨタと歩きだした。


 それにしても最近はろくな仕事が回ってこない。2、3年前までのオレの仕事といえばビジネス系や芸能系などのゴーストライターがメインだった。自慢じゃないがミリオンセラーを幾つも物したヒットメーカー、フリーライターの月本(つきもと) (れい)といえば業界じゃ「伝説のゴースト」と呼ばれる、ちょっとは知られた存在なのだ。

 

 世間的にはあまり知られていないが、今出版されている本にはかなりの割合でゴースト本が含まれている。有名なのはタレント本だが、その他にも企業経営者やコンサルタントによるビジネス書や、医者や学者が著者の概説書、そして政治家の政策本などがあげられる。例えばビジネス書の場合、驚くなかれ、その90パーセントがゴーストライターの手になるという話さえある。ま、それだけ業界的にニーズがあるという事だ。


 例えば選挙や与党の党首戦が近ずくと来るのが政治家の政策本の依頼だ。オレにも一回だけ経験がある。こういう本のゴーストはその政治家と付き合いの深い新聞記者あたりにお鉢が回ってくるのが常なのだが、その時は出版社の担当経由で何の関係もないオレにご指名が入ったのだ。


 著者(クライアント)は地方の代々続く世襲議員で、後援会や政治資金パーティーで配る為に政策本を、という内容的には良くあるオーダーだった。ただしケツが決まっていて、スケジュールがべらぼうにタイト。なんと三週間で上げろという。それを聞いてお友達の記者は逃げちまったんだろう。困り果てた大手出版社の担当はオレの評判を聞いて知人を通して泣きついてきたのだ。


 大新聞の記者様はサラリーマンだから、アルバイトを断った所で飢えはしないが、こちとらフリーランス。稼げる時に稼いでおかないと。それに色々恩義のある仲介者の顔を潰すわけにもいかないし、新しく大手出版社とのコネが出来るのも魅力だ。また今までやってない分野(ジャンル)への興味もあった。


 ただスケジュールを考えるとどうしても他にしわ寄せが出る。なので受けるにあたってはその分ギャラをの上乗せを要求した。担当編集者や秘書は渋っていたが、結局センセイの鶴の一声で満額回答をゲットした。その元手はいわゆる政治資金というやつだ。一納税者としては複雑なものがあるが、センセイにしてみれば、もともと俺たちの税金なのだから多少多めに払った所で痛痒は感じないのだろう。


 ちなみに無事出来上がった本だが、通常の書店ルートに流れる分はわずかで、その大半をセンセイの事務所が買い上げて、支持者やパーティーに参加した利害関係者に配ることになる。出版社に取ってはあらかじめ売り上げが確保出来る訳で美味しい事この上ないが、勿論その買い上げの原資も政治資金(ゼイキン)だったりする。正直マッチポンプもここまでいけば後ろめたさを通り越して笑うしかない。


 実際書き始めてみて、正直一度で懲りた。自意識過剰で謙虚さの欠片もない爺さんのご機嫌を取りながら、埒もない苦労話や自慢話、思いつきの政策論を多少なりともマトモに見えるように、派手にデコレートするストレスは中々のものだった。その対価として途中でもう少し色をつけたいという誘惑が首をもたげたが、金の出所を考えて踏みとどまったオレは偉かったと思う。


 閑話休題。ライターってのはぶっちゃけ職人仕事だ。クライアントがいて、売り込みたいモノがあって、それをクライアントの望む形で、いかに的確に飲み込みやすく読者に届けるか。その売り込みたいモノがタレントや政治家などの人なのか、それとも商品や新しいビジネスの概念とかなのかの違いだけだ。


 ゴーストの仕事は少なくとも200ページ以上のボリュームがあるし、著者(笑)へのヒヤリングだの、補筆という名の著者による校正だの、手間と時間はかかるが、オレの場合は一本あげりゃあ原稿料と印税で手元に100万前後は入って来るから、独り身のオッサンが暮らしていくには十分な収入源だ。


 手が速くて、ヒヤリング(著者(クライアント)のご機嫌取りとも言う)も得意なオレは重宝された。おまけに元々編集者だったから企画段階からかむこともそれなりにあって、そんな時はそちらのギャラもプラスされる。ただ昨今は中小出版社を皮切りにゴーストの単価の価格破壊(ダンピング)が波及し、単価高めのオレに回ってくる依頼が減ってきた。


 というわけで背に腹はかえられず、お堅いビジネス記事からネットの提灯グルメレポート、男性誌のエロ記事まで、硬軟にこだわらず割の良くない雑文書きの仕事の割合を増やさざるを得ない。それでも何とか口を糊していってるが、ぼちぼちこの仕事も潮時なのかとも思わないでもない。とは言うものの他に手に職があるわけじゃなし、頭痛えとこだぜ、全く。


 ま、先のことはまた考えるとして、一仕事終わった訳だから、一息ついてもバチは当たらないだろう。ここで英気を養って取り敢えずは次の仕事に備える。その為には早急にアルコールが必要な訳だ(笑)


 どうでもいい繰り事を頭の中で呟きながらオートマチックで目的地のコンビニに到着する。通いなれたる奥の酒コーナーに直行し、ガラス越しに今宵の相方を物色する。


 明日はネタの仕込みをしなきゃならんから、翌日まで残り易い日本酒やワインはやめておこう。寝つきの事を考えれば度数高めの酎ハイか?いやいや肝臓への負担や肥満のリスクを思えば、やはり糖質ゼロの第三のビールあたりが無難だろう。


 若い頃なら薬にもしたくないこんなチンケな健康雑学も、長年ライター稼業でくってきた副産物(あかし)だ。ま、役にたつものは何でも使うのがオレの主義だし、なにをおいても最後には体力がものをいうのだから、健康に気を配っておいて損はない。オレぐらいの年になればなおさらだ。


 かみさんも子供もいない独り者がいざという時に頼れるのは自分ひとり。悲しいけどこれ現実なのよね(苦笑)


 糖質ゼロビールの350ml缶を4、5本見繕って籠に放り込み、次はツマミを物色する。ポテチだのビザだのラーメンだの身体に悪い炭水化物と脂肪のコンボは一蹴。まずは定番中の定番、アタリメに冷奴。追加で最近はまっている焼きサラダチキンとカニかまスティックもチョイスした。ついでに明日の朝飯に袋のカット野菜と五穀米弁当もゲットした。ちなみに今日飲むビールは2本までで、残りは冷蔵庫のストックだ。


 レジから離れて眠たげに品だししているバイトを尻目に、セルフレジでバーコードを読み取り、カード式の電子マネーで支払完了。さぁ、帰って酒のんでとっとと寝るぞ!


 来た時よりも心持ち足早に家路に向かうオレの隣を、オレと同じようにフードを目深にかぶった男が通りすぎる。その瞬間、何やら嫌な空気を感じて、首筋の毛が逆立つ。


目標(ターゲット)捕獲(キャプチャード)


 機械的な声が聞こえたような気がした。と、間髪いれず足元の地面が真っ黒い口を開けてオレを呑み込んだ。なにを思う間もなく、オレは奈落の底に墜ちていった。(続)

 さて始まりました「異世界ゴースト ザ・プロローグ」、一応長編の予定ですが、どうなりますやら。次回は3月20日の予定です。

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