100年休暇をもらったので地球を征服することにした
SF映画などで定番の地球侵略もの。
ですが、侵略にしては装備や手法がずさんな連中も多くいます。
もしかして、彼らは本当は地球にバカンスするつもりであったり、宇宙小学生が宇宙夏休みの自由研究で侵略していたりするのではないでしょうか。
わたしの仕事は、宇宙船の整備員だ。
といっても、たいした仕事はやってない。
宇宙ステーション〈ほ〉にやってくる宇宙船のブラックホールエンジンの煤払い。これは根気さえあれば誰でもできる単純作業だ。反重力ハタキでブラックホールの周りにこびりついたストレンジ物質をはたいて崩壊させ、ブラックホールに吸い込ませるだけである。
単純だが、ブラックホールに近づくせいで、時間がかかる。主観時間で1時間くらい煤払いすると、戻ってきた時には1ヶ月くらい過ぎている。
軍艦で使う、仮想ブラックホールを8体連結したV8ブラックホールエンジンの煤払いをした時はたいへんだった。亜光速で不規則な動きをするブラックホールの隙間を縫うように逃げ回るストレンジ物質を追いかけまわし、やっとの思いですすを崩壊させて外に出たら3000年が経過していた。
3000年の間に、田舎の航路の端っこにあり、細いリングワールド1本だけのこじんまりとした〈ほ〉ステーションは増改築を重ねて見違えるほど立派な疑似ダイソン球殻になっていた。わたしが出てきたV8ブラックホールエンジンは、『掃除中』のホロ看板をぶら下げて、すみっこに追いやられていた。
わたしが整備員待機所に入ると、見知った顔はひとりもいなかった。それでも、3000年前の業務記録は残っており、わたしはステーションの労務AIにこっぴどく叱られることになった。
「おまえ。ちょっと働きすぎ」
「はあ」
「おまえひとりの超過勤務のせいで、〈ほ〉ステーション全体がブラックな職場だと勘違いされてるんだぞ。この3000年間、高位次元の曼荼羅会合のたびに労働基準監督AIにネチネチ嫌味を言われる労務AIの苦しみがわかるか? おまえに?」
「まあ」
「はっ! おまえごとき有機生命体にわかるわけねーだろ。わかるなら、3000年も煤払いせずにぱぱっと仕事を終わらせて、ついでに過去転移して仕事が定時になる前に戻ってくるよな。これだから知性を時空連続体に縛られた劣位種は困るんだ。現在と未来と過去を同時に観測して、必要に応じて改変するくらい、まっとうな知性があるなら簡単なことだろうに」
ううむ。
ブラックホールな職場というなら、合ってる気もするな。
「というわけで、たまった休暇がある。使え」
「ははあ」
「休暇の期間は……100年ほどだな。ちゃんと休めよ」
「ええ……」
「給与は超過勤務やブラックホール特別手当も加算してちゃんと振り込んである。100万年は豪遊して暮らせる金額だ。ぱーっと使え」
「はあ」
100年の休暇と100万年は豪遊できる金。
両方を一度に使う方法としてわたしが選んだのが、惑星の開拓だった。
居住可能惑星をひとつ買い、そこを気ままに開拓するのだ。奇をてらわずに農業惑星にするのがいいだろう。惑星開拓の経験はないが、〈ほ〉ステーションで働いていた時は、リングワールドの浄水区画のすみっこを10万ヘクタールほど借りて趣味で菜園を作っていたし、農業には慣れている。
わたしは、〈ほ〉ステーションにあるホームセンターで、植物の自在苗や家畜の遺伝子データなどを買い込み、3000年働き続けたステーションを後にした。
ゲートを使った長距離転移7回に、不定期貨客船を乗り継いでの短距離転移3回。
到着した星系外縁から惑星投下型カプセルで射出されて向かう第3惑星が、わたしが購入した開拓星だった。亜光速しか出せない上に減速が必要なので、星系外縁からのカプセル投下だとずいぶん時間がかかるが、わたしはほとんどを寝て過ごした。3000年の時差ボケのせいで、いくら寝ても寝たりない。
《執事:旦那さま。起きてください。もうすぐ目的星です》
「おお、そうか」
執事AIの声にわたしは目をさました。
窓の外に青い星が見える。
宇宙不動産屋のデータによれば、農業には最適な星だ。主星から近すぎず遠すぎずの温暖な星で、わたしのような炭素型生命体に必須の水も液体の形で豊富にある。
主星は安定したG2型主系列星。伴星はない。重力玉突きで軌道が外れる危険はない。
衛星はひとつ。かなり大きい。潮汐固定で片面だけを第3惑星に向け、少しずつ遠ざかっている。これが自転軸の安定に寄与している。
現住生物も豊富だ。有用な遺伝情報を持つ植物があれば、活用したい。手懐けやすい動物がいれば、家畜にするのもいいだろう。
開拓初心者にうってつけの、お気楽な農耕生活がわたしを待っている。
「これは楽しみだ。最初にまず気候帯ごとに試験用農業プラントを作り、自在苗を標準気候帯パターンで試してみよう。……そういえば、開拓資材はもう届いているよな?」
《執事:はい。GIGAZONで注文した開拓資材セットは、オウムアムア便で星系外縁から亜光速宅配で投下済です》
亜光速宅配は、わたしのカプセルと違ってほとんど減速しないので、早く届くのである。
到着した時に衝撃がちょっとあるが、慣性吸収緩衝材のプチプチを詰めてあるから、中身はだいたい無事のはず。
「よしよし。じゃあ中緯度地帯に落とした開拓資材セットのところに降下しよう」
《執事:最終減速に入ります。大気圏突入のさいに、少し揺れます》
窓の外が大気の断熱圧縮で輝く。
《執事:接近する未確認飛行物体を確認しました》
「ん? こんな大気上層にも暮らす生き物がいるのか。珍しいな」
《執事:動きが機械っぽいですね。先に届いた開拓資材セットに入ってたドローンでしょうか》
わたしは窓の外をのぞいた。
眼下に白い雲。黒い点が動いている。あれが未確認飛行物体か。卵か何か、腹にかかえている。
「羽根もあるし、やっぱり生物なんじゃ……」
未確認飛行物体が抱えていた卵を切り離した。白い煙の尾をひいて、卵がこちらに近づいてくる。なんだ?
卵が爆発した。
すごく、まぶしい。
わたしが覚えているのはそこまでだ。
《執事:旦那さま。お目覚めください》
「んむ……んん?」
再び気がついた時、わたしは見知らぬ風景の中にあった。
わたしは斜面に寝ていた。
視野が狭い。体がうまく動かない。
《執事:大丈夫ですか、旦那さま》
「だいじょ……たいへんだ!」
《執事:どうなされました》
「尻尾がない!」
わたしは尻尾を動かそうとしてないことに気づいた。
いや、ないのは尻尾だけではない。肌に鱗もない。
かろうじてトサカはある……いや、なんだこの、細くて短い羽毛は。
《執事:申し訳ございません、旦那さま。その体は今は仮のものとなっております》
「どういうことだ?」
《執事:先ほどの爆発で、元の旦那さまのお体はカプセルごと破壊されてしまいました。どうもこの惑星には、不法侵入者がいるようです》
「不法侵入者?」
《執事:その不法侵入者は、宇宙海賊か密輸商人かはわかりませんが、先程の未確認飛行物体を使って、旦那さまのカプセルを撃墜したのです》
「ああ……思い出したぞ。米軍供与のAIM-26A改だ。70年代にはとっくに時代遅れになっていた空対空核ミサイルを、メテオバスターとして無理矢理にF-15に搭載して……ん? なんだこの情報は?」
《執事:どうやら、カプセルを撃墜した不法侵入者の脳に残ってた情報のようですね》
「この体がそうか」
《執事:はい。不法侵入者は爆発に巻き込まれて機体を脱出し、地上に落下しました。破損の程度が小さかったので、旦那さまの仮の体として修復し、人格情報をインストールしています》
「そいつは助かった……むう」
どうもさっきから、執事AIの言葉に対する違和感がある。
わたしは、自分の脳内を探り、違和感の原因を探った。
そして、衝撃を受けた。
「おい、こいつは不法侵入者じゃないぞ。こいつらは、この星に暮らしている」
《執事:ということは、旦那さまの星に勝手に住み着いた、不法占拠者ですか》
「それなんだが、どうもおかしいんだよな。こいつらはどうやらこの星で昔から暮らしている、らしい」
《執事:宇宙不動産屋の情報には、このような半知性化種族の情報はありません》
「その情報って、いつごろの?」
《執事:およそ3万年前ですね》
「うーん。こいつの脳内の情報では、その頃にはこいつの先祖は猿モドキだったようだ。この星はずっと前から自分たちの星だという知識がある。本当か嘘かはしらんが」
《執事:そういうことはあるかもしれません。ですが本当だとしても、宇宙民法ではやはり不法占拠ですね。近隣の星務所に先住民としての登録をしていないので。現時点でこの星の所有者は旦那さまです》
「だが、これは困ったな」
わたしは困り果てた。
カプセルは破壊された。外との通信手段がない。
執事AIは量子状態コンピュータなので無事だが、こいつはわたしから遠く離れることができない。
しかも、今のわたしは原住猿の肉体に精神が閉じ込められている。
《執事:提案があります》
「聞こう」
《執事:開拓資材セットの投下ポイントに向かいましょう。あそこには多くの資材があります》
「あるにはあるが、こんな状況は想定してなかったからな。あるのは自在苗とか、農業ロボットとか、元素変換肥料とか、殺虫ドローンとかだぞ?」
《執事:はい。ですが、うまく使えばこの状況を打開することができます》
「打開か……」
この星の現住猿は凶暴だ。
いきなり降下カプセルに核ミサイルを打ち込むとか、常軌を逸している。
しかも数が多い。こいつの知識によれば、45億体ほど。
テクノロジーは……低いな。特に情報通信技術は哀れを感じるほどだ。
加えて、猿の群れ同士での争いも多いようだ。アメリカとソ連と……とにかく、分裂している。このあたりに付け込む隙があるかもしれない。
「いいだろう。まずは開拓資材の確保だ。その後は……」
わたしは、尻尾で体を押して立ち上がろうとして、自分の尻尾がないことに気づき、ため息をついた。なんで尻尾ないの? 猿だって尻尾あるよね? こんな便利なものを捨てるとか、この星の現住猿は頭がおかしい。
よし決めた。
先進種族として、わたしはこの星の現住猿を正しく導かなくてはいけない。
未開な惑星蛮族に対する、庇護欲が胸にわくのを感じる。
「この星──地球か。地球を征服しよう」
わたしの100年の休暇の新たな使い道が、こうして決まった。
本作は「読者の脳内情報を検索して翻訳するシステム」で書かれている想定となっております。
時間などの単位の他、用語用法が21世紀日本人に特化しているのは、そのためです。(オウムアムア便など)