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バレンタイン!

私は佐藤千代子。高校2年生。


私は去年のバレンタインで思い知った。この高校において本命チョコを意中の相手に渡すことは市営のスケートリンクで4回転ジャンプを成功させることよりも難しいということを。


去年のバレンタインデー当日、私は同じクラスで生徒会役員の西園寺くんに本命チョコを作って学校に行ったら、正門の前に長蛇の列が出来ていたの。仕方なく並んだらなんと持ち物検査の列だったわ。


自分の番が回ってきて、


「これは何だ!」

「……えっと、ふ、ふでばこです」

「んなわけあるか! お前は毎日ふでばこを包装紙で包んでから学校に来るのか!? 没収だ、没収!」


それで終了。


まったくあっけなかったわ。


屈辱的敗退を喫した私は誓ったの。来年こそは絶対に勝つ! ってね。






そうして、2019年がやってきた。今年こそ、西園寺くんに本命チョコを渡してやるわ!


1月初旬、私はまず下調べを始めた。


まずは人間関係の調査。


西園寺くんはもうめちゃくちゃに男前で高身長で性格もイケメンで頭も良くておまけに生徒会長という最上級にクールなガイなんだけれど、なんと彼女なし。


これは西園寺くんの中学時代からの友人である山田の証言。私の中では、山田の信用度ランクは「中」だから、一応その後バレンタインまでの一ヶ月西園寺くんの登下校中の様子を定期的にチェックしていたのだけれど、女の影は確認できなかったから情報に間違いはなさそうね。


それから私は、私と同じように西園寺くんのことを狙っている女がいないかを調査することにしたわ。


まずはクラス。一ヶ月間、クラスの女子の誰がいつどのように西園寺くんに接近したのかをデータ化。接近の頻度と程度を集計して「西園寺くん接近度評定」を作成したの。彼氏持ちを除外した上でA〜Eまでランク付けして、特にAとBの人物に何らかの事前対策を施すことにしたわ。


そして、部活における西園寺くんを取り巻く人間関係も調査した。


西園寺くんは吹奏楽部に所属しているの。


これが案外厄介だった。うちの高校の吹奏楽部は総勢50名の大所帯、しかも8割の41名が女子生徒。


その中から西園寺くんに照準を定めている人間がどれだけいるのか、把握するのはなかなか大変だったわ。何しろ吹奏楽部が放課後活動している間は私もバスケ部の活動があったから。


だから密偵を仕込んでおいたわ。吹奏楽部の一年生男子2名に学年末テストの問題と答案を譲渡する代わりに「西園寺くん接近度評定(吹部.ver)」作成のためにデータを収集してもらったの。


そこから割り出したランクAとBを要注意人物に認定して策を講じることにしたわ。






バレンタインまで残すところ2週間となった2月初旬、私は「西園寺くん接近度評定」および「西園寺くん接近度評定(吹部.ver)」でAとBにランク付けされた12名への事前対策を始めた。


まず私の幼馴染リョースケを投入することに。こういうのは力づくでやるよりも相手の力を他に逃がすほうがうまくいくの。リョースケには小学生の頃から乗ってるオンボロ自転車を買い替えてあげるかわりに、彼女たちをたぶらかしておいてもらったわ。


過度なボディタッチや唐突なLINE。吹奏楽部の面々には面識がないから、運命の王子様的展開を演出。「いっけなーい、遅刻遅刻」のところに曲がり角からドーン! とかね。リョースケ、案外モテモテで調子に乗ってたのが少しイラッとしたけど。


この作戦がある程度功を奏したのか、私の見立てではBランクの全員とAランクの一部の合わせて9名はどうらやこのままリョースケに本命チョコを渡す見込みよ。問題は残りの3名。彼女たちには精神攻撃は聞かないようだから、バレンタイン当日、物理的に対処するしかなさそうね。






2月12日、学校帰りにタクシーを捕まえて、駅前のスーパー2軒、付近のコンビニ4軒、国道沿いのイオンモールをはじめ、近辺でチョコレートが売ってそうな店をすべて回ってすべて買い占めたわ。父親のゴルフクラブをメルカリで売却して手に入れた30万全額つぎ込んでね。


こうして大量の愛の原材料を入手すると同時に、この小さな田舎町からありとあらゆるチョコレートを消し去ったの。


ただそれで安心する私じゃないわ。父親の会社の倉庫からダイナマイトを拝借して町の外につながる国道と県道2本を夜のうちに爆破しておいた。これでスーパーやコンビニにチョコレートを入荷しにやってくるトラックも町の中に入ってこれないってわけ。


父親のハーレー・ダビッドソン、あれ、バイク王でめちゃくちゃ高く売れたわ。おかげでヤバい仕事もチンピラ使って朝飯前だったわ。






2月13日、いよいよ本番前日。帰宅後、早速、本命チョコの作成に取り掛かったわ。うん、かなりの力作。これならありとあらゆる障壁を乗り越えて、きっと西園寺くんの手に届くわ。いえ、絶対に届けるわ……!






2月14日、待ちに待ったバレンタインデー当日。朝7時、私は本命チョコをしっかりとカバンにいれて、リョースケのオンボロ自転車にまたがった。チェーンが錆びきっていて漕ぎづらいこと限りないその自転車で私は、町の北に広がる田んぼの真ん中へ向かった。


そこにはこの町の外に通じるJRの線路がある。私は線路が敷かれている土手に自転車を持って登り、自転車を投げ入れた。


「オーケー、これで田端美久は攻略……!」


田端美久は私のクラスの図書委員、そう彼女はAランク。彼女は昨日の昨日までリョースケになびくことはなかった。ほぼ確実に西園寺くんに本命チョコを渡すつもりだったに違いない。けど、隣町から電車で通学している彼女の通学手段をこうして遮断してしまえば、こっちのもんよ!


仕事を済ませた私は学校の近くまでタクシーを急がせた。


「今年もだ…‥」


去年同様、正門の前では意地悪い教員によって荷物検査が実施されており、まだ短いながらも列ができ始めていた。


私は正門の道から一本入った路地でタクシーを降りた。


「さて、そろそろね」


遠くの方から湯川ユキがこちらに歩いてくるのが見える。よしッ、思ったとおりだわ。


湯川ユキはこの町に住む吹奏楽部部長、そうAランクの2人目。いくらのこの町からチョコレートを消し去っととはいえ、どこかで調達して西園寺くん宛の本命チョコを準備していないとも限らない。だから、打てる手はすべて打つ!


私は湯川ユキの方へ歩き出した。手に赤いお弁当用の手提げを持って。


湯川ユキはスマホを見ながらゆっくり歩いている。一方的に色々調べてしまってごめんなさいね。


あと10メートル、5メートル、3メートル……。


今だ!


私は彼女に偶然ぶつかったふりをして体当りした。


彼女は尻もちをついた。私も一応、それに合わせて尻もちをついておいた。


「いてて、だ、大丈夫でしたか?」


私は立ち上がって彼女を心配するように手を差し出した。


「すみません」

「いえいえ、あ、これ、落としましたよ」


そう言って私は、赤い手提げを彼女に手渡した。


湯川ユキの愛用する弁当の手提げ袋の色、メーカー、サイズを調べ上げ、同じものを調達した上で同程度までくたびれさせる。そして、彼女とぶつかると同時に本人のものとすり替えて偽物を手渡す。


「あ、ありがとうございます」


ふふふ、その中には、いかにも〜なチョコレートが入っていますよ。荷物検査で確実に引っかかるような代物が……。


湯川ユキは、丁寧にお辞儀をしてその場を去っていった。検査に引っかかればその他も綿密に調べられ、たとえ西園寺くん宛の本命チョコを隠し持っていたとしても確実に没収になるに違いないわ。


「さて」


スマホでJRの運行情報を見ると狙い通り「自転車と衝突により運休」と出ている。ここまで予定通りね。


あとはAランクの最後のひとり、私のクラスの学級委員、岡部さくら子。


彼女は今リョースケが足止めしてくれているはずだわ。


登校中の岡部さくら子にリョースケが声をかける。


「岡部、話があるんだ」

「え、なに?」

「実は俺とお前は兄弟なんだ」

「えっ、どういうこと」

「立ち話もなんだからそこの喫茶店で」

「わ、わかったわ……」


という算段よ。今頃、喫茶店でお茶でもしながら深刻な顔してリョースケのほら話に聞き入っている頃ね。


私はそんな想像を膨らませながら学校の裏手へと歩いていった。


教員がわらわらといる正門を正面きって突破するのは現実的じゃない。確実に追い回されて荷物検査のち没収の末路が待っている。


なら裏に回ればいいのよ。


あたりは閑静な住宅街で学校の敷地の周りには柵が張り巡らされている。一見、この柵はよじ登れば軽々と越えられそうだけれど、これは罠。


実はこの柵を見張るように防犯カメラとセコムのセンサーが設置されていて、侵入者がいれば即座に職員室ならびセコムの管理センターに警報が入り、教員と警備員が飛んでくる。


そうなれば裏に回った意味がない。


警報を鳴らさずにうまく切り抜けるには空から行くしかないわ!


学校の脇には高圧電線の鉄塔がある。


私は鉄塔のはしごに手をかけ、よいしょよいしょと登っていた。


「うん、これだけあれば」


大体校舎と同じくらいの高さまで登ったところで下を見下ろした。なかなか怖いわね……。でもこれも西園寺くんに本命チョコを渡すためよ!


「ふぅ」


私は一呼吸してから、意を決して手を離し、足ではしごを思いっきり蹴った。


身体に一気に重力がかかり、みるみるうちに地面が近づいてくる。


私はすぐに紐を引いてパラシュートを開いた。このときのために、Amazonでスカイダイビング用パラシュートを購入しておいたというわけ。


すると落下速度は緩やかに遅くなっていき、私は校舎裏の落ち葉溜めへの着陸に成功した。


「誰にも見られていないようね……」


私はパラシュートを落ち葉の中に隠し、意気揚々と正面玄関へと向かった。


正面玄関には下駄箱がある。西園寺くんの下駄箱に本命チョコを入れてしっかりと下駄箱の扉を閉めれば任務完了ね。


玄関では教員が見回りをしているだろうけど、策はあるし、ここまで来ればもう勝利が確定していると言っても過言では……。


「ん?」


私は玄関の中を覗き込んだ。


いつも通い慣れているはずの学校の玄関なのだけど、どこか様子がおかしい。


「あ……!」


いつならついているはずの下駄箱の扉がない! くー、あくどい教員共め、バレンタインを前にして下駄箱の扉全部はずしやがった!


絶対にバレンタインを失敗させるという驚き呆れるほどの鋼の意志。もはや喝采に値するわ……。


これで玄関で見回っている教員によって宅配ボックス化している下駄箱を簡単に発見できるというわけね。


バレンタインデーは男女の接触は厳しく監視され制限されている。だから直接渡すのはかなりリスキー。


加えてバレンタインデーで一番男子の期待値が高い瞬間は下駄箱を開ける時。たとえ扉がなくても、下駄箱にチョコを置いておくのが一番効果的。


猫に小判、鬼に金棒、下駄箱にチョコ!


これは絶対のルール!


下駄箱の扉がない? でも大丈夫、私の西園寺くんへの本命チョコはそんな事態すら想定内よ!


なぜなら、うわばきチョコだから。


昨日、東京のケーキ店からパティシエを呼び寄せて作らせた、うわばきを精巧に模したチョコレート。


これなら見回りの教員の目を欺くことができ、確実に西園寺くんに届けることができる!


あとは見回りの教員を追い払うのみ!


私は登校する生徒が途切れたタイミングを見計らって、カバンから発煙筒を取り出した。飛んで火にいる冬の教員作戦よ。今朝、家の車からはずして持ってきたの。


これをマッチのように擦って発火! 校庭に投げる!


赤い火のついた発煙筒は放物線を描きながら校庭の真ん中へと落ちていった。モクモクと空高く煙が上がっている。


「なにあれ! か、火事!?」


玄関の見回りをしていた女性教員が校庭へと飛び出ていった。


「よし、今だわ」


私はさっと校舎の中に入り、西園寺くんの下駄箱へと向かった。


「うん、先客はなしね」


西園寺くんの下駄箱には彼のうわばきしか入っていなかった。どうやら他の下駄箱にもチョコの姿はないようだった。


恐るべき取り締まり体制ね……。


ただ、私だけは違う!


私は西園寺くんのうわばきを回収し、代わりにうわばきチョコをセットした。


やった、やったわ!


屈辱的敗退から一年、ついに私は成し遂げてやったわ!


校庭からさっきの女性教員が走って戻ってくる。


私はとっさに掃除用具箱の影に身を隠した。


「とりあえず、職員室に行って……」


などとあたふたした様子で教員は階段を登っていってしまった。


それと時を同じくして西園寺くんが玄関に姿を表した。山田も一緒だ。ふたりで楽しそうに何やら話している。


「西園寺、それでな、その猫、急に喋ったんだよ」

「ははは、山田氏はまたそんなことを仰る。生物学への挑戦ですよ、それは」

「いやマジだって、マジ」

「そもそも、猫がどうして人間と同じように声帯を震わすことが出来ましょう」


やっぱりいつ見ても西園寺くんはエレガントでエクセレントでクールだなあ……。


西園寺くんは山田のくだらない話に優雅に応対しながら、下駄箱のうわばきチョコに手をかけた。


彼の目は山田を見ていた。


そして……。


「えっ……!」


西園寺くんは手にしたうわばきチョコを床に落として、そのまま足を突っ込んでしまった。


「ちょっと……」


西園寺くんは異変に気がついたのか、足元に視線を向けた。


「どうした西園寺」

「山田氏、いや、あの」

「なんだよ」

「うわばきが、どこかおかしいのです」

「何いってんの、どうみても普通のうわばきじゃん」

「確かに一見するとそうですが、履いた感じが全くおかしいのです」

「はあ? あ、これ実はチョコなんじゃね? バレンタインだし」

「まさか、そんなこと……」


山田はさっとかがんでうわばきチョコに食いついた。


「山田氏、よくそんなこと出来ますね……」

「ん! いやマジだよこれ。マジチョコ」

「まさか……」


ああ、私の西園寺くんへの本命チョコが、あろうことか山田の口に……。


私は急にめまいに襲われた。


人を裏切り、法を犯し、非道徳の限りを尽くして成し遂げたこの任務の末路が……これ?






気がつくと私は保健室のベッドで寝ていた。


「お、気がついたか」


誰?


私の顔を覗き込んでいる。


「誰?」


「俺だよ、リョースケだよ。岡部さくら子をうまく抑え込んだあと、学校に来たらお前が倒れてんの見つけて保健室に担ぎ込んだんだよ」


「あれ、私……」


どうやら掃除用具箱の影であのまま意識を失って倒れてしまっていたらしかった。


「まったくなにやってんだか」


「私はね、バレンタインにすべてを賭けてたのよ。知ってるでしょう」


「だからって倒れるまでやることないだろう」


「あんたにはわからないのよ、乙女心は。それにあんただって新しい自転車欲しさに私の話に乗ってきたじゃない」


「ああ、その話だけどさ」


「なに」


リョースケは少し顔を赤らめて躊躇するように言った。


「その、自転車はいいから、俺にも今度チョコくれよ」


思いがけないその言葉に私は慌てた。


「……わ、私はずっと西園寺くんラブって決めてるの」


「そ、そっか」


「で、でも、まあ、少しだったら作ってあげないこともないけど」


「ホントか!?」


恥ずかしがりながら喜ぶリョースケが可愛くなかったと言えば嘘になる。


今年のバレンタインもうまくはいかなかったけれど、でもまあ、決して悪くはなかったかな。


さて、来年は誰にあげよう。






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