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君の名は?

午前3時、スマホ片手にカップラーメンをすする。

ラーメンはやっぱり王道の醤油にかぎる。

塩や味噌といったものに浮気はしない。

特に味噌、お前にはしない。

スープまでしっかりと飲みほした俺は容器を捨て、トリッターを開く。


『ありすちゃんまじ可愛い』

『せっかく展開がよかったのに作画がな……』

『これは今季覇権!間違いなし!』


退屈なタイムラインを一通り流し見したあとにパソコンをスリープモードにする。


「おもしろいこと起きねえかな……」


意味もなく天井を見上げ、ぼそっと呟く。

まあ、そんな簡単におもしろいことが起きるなら、ニートなんてやってないんだがな。

自分にツッコミを入れ、もぞもぞと布団の中に入る。


「あ、歯磨き……」


まあ、いいか。

歯磨きをし忘れていることに気づいたが、どうせだれかに会うわけでもないしこのまま寝ることにする。

すっかり昼夜逆転の不健康生活に陥ってしまったが、特に困ることはないな。

アラームもかけずに充電だけはしっかりとする。

虚無な今日を終え、そして虚無な明日を迎えるために、俺は眠りに落ちた。






「……さい。……きなさい。……起きなさい」

「んま!?」


耳元で聞き覚えのない女の人の声が聞こえ、素っ頓狂な声とともに飛び起きる。


「こんばんは。いや、もうおはようございますですかね」


ベッドの横で綺麗な女の人が微笑んでいる。

だれだ!?

まじでだれだ!?

当然母さんでもなければ、俺に姉妹はいない。

親戚にもこんな人は見たことがない。

俺はもう一度よく見て観察する。

長い黒髪に大きな目。

まつげが長くとてもきれいだ。

俺は視線を下ろしていく。

開けた胸元から見える豊満な胸。

引き締まった腰。

すんごいナイスバディですね!

そして背中に生えた白い羽がすごく綺麗だった。

…………ん?


「羽!?」


人間にあるはずのないものを目にして、さっきまで抱いてた下心が恐怖へと変わっていく。


「ん?」


美人のお姉さんは羽をゆらゆらと動かしながら、きょとんとした顔でこちらを見続けている。


「ななななな、なんなんだ!?何が目的だ!?その顔可愛いな!?」

「?、ありがとうございます」


お姉さんはいまだ微笑み続けている。

その顔も可愛いな。


「私は天界から来ましたユンファと申します。ハルト様の願いを叶えに来ました」

「は?」


やばい。

かなりやばい。

この美人まじやばい。

まず言っていることが意味不明だ。

天界とか電波なこと言ってるし、そもそもなんで俺の名前を知ってるんだ。

もしかしてストーカー?

中二病のストーカーか?

それなら羽のことや意味不明な言動にも納得がいく。


「ないな……」


ないよ……

だってずっと外に出てないニートだもん。

大学受験に失敗して以来、半年間、数えるほどしか外に出てない俺をストーキングするやつなんているわけがない。

自分の現状を自分で確認しただけなのに、なんだか涙が出てきそうだ。

もうめんどくさいし、天界の住人ということで話を進めるか。


「なにがないんですか?」

「いえ、こっちの話です」

「それじゃ話を進めますね。私たち天界の住人は下界……つまりハルト様たちの世界の住人の願いを叶えることを生業としています。私もノルマ達成のために困っている人を探していたところ、先ほどハルト様が私に向かって願ったので、こうして参上しました」

「いや、何も願ってないので人違いです」


もはや巨乳などどうでもよく、ただ寝たい一心の俺は冷たくあしらう。

てか天界にもノルマあるのかよ。

生々しいよ……

やっぱ働くとかダメだな。

ニート万歳、マジ最高。


「いえ、絶対に言いましたよ。目合いましたもん」

「いや、それはないだろ!?」

「ほんとですって。天界から見下ろして探してたら、ハルト様が『おもしろいこと起きないかな』って私を見て言いましたよ」

「……言ったな。たしかに言ったよ。天井見上げてなんとなく……え!?なに!?透視できんの?ここ上から透けてるの?」

「はい、見えますよ」

「プライバシーどこ行った!?!?」


天界の人たちはずっと覗いてるの!?

最低じゃん。

覗きが生業なの!?

なにそれ、最高じゃん。

手のひらとか速攻で返しちゃうよ。

俺も空から可愛い子たち覗きてえ……


「私たちは下界の住人の生活にこれっぽちも興味はないので大丈夫ですよ」


にこにこしながらさらっとひどいこと言ったな……


「というわけで、あなたの願い叶えちゃいます!」


手をポンと叩き、イエーイと一人盛り上がっている。


「おもしろいことと言ってましたけど、具体的にはどんなことがいいんですか?」

「面白いことね……」


さっさと終わらせたいし、てきとうなこと言って帰ってもらうか。


「それじゃ、異世界にでも行こうかな」

「わかりました!」

「わかったの!?」

「はい。それではさっそく——

「ちょちょちょちょ、はやいはやい。展開がはやい!ちょっと待って!」


え?

何を言っているんだ?

何をわかっちゃってるんだよ。

異世界なんて行けるわけないだろ。

いや、そもそも存在しないだろ。


「願いを変えるんですか?」

「そういうわけじゃなくて……いや、確認なんだけど……異世界ってあるの?」

「ありますよ」

「あるんだ」

「はい」


あるんだ……

あるのか……

まじか……

困ったな。

行けちゃうのか。

この世界ではニートだし、ワンチャン狙って行っちゃおうかな。

最初は胡散臭くてバカにしてたけど、なんか本当っぽさがでると顔がにやけるな。


「行きます。異世界に」


最高級のキリっとした顔でユンファに告げる。


「わかりました。それじゃ準備しますね」

「一つ聞きたいんですけど……その……ね、その能力的な、ね。そういうのってもらえるんですかね?」

「あげることはできますけど願いは一つですから——

「な、なら!俺の願いはすんごい能力をもって異世界に行く、にします。これで一つです」

「んー、わかりました。特別ですよ」

「よっしゃー」


全力で渾身のガッツポーズをきめる。

屁理屈だったが言ってみるもんだな。

マジ天界最高。


「その代わりに一つ、こちらからもお願いをしてもいいですか?」

「なんですか?」

「ハルト様がこれから行く世界に、世界を滅ぼしかねない悪が出てくると予言されてるんです。強力な能力をあげるので、もし本当に出てきたら退治してもらってもいいですか?」


世界を滅ぼす悪か。

まあ、チート能力があれば余裕でしょ。

それにそもそも出てくるかもわかんないんだし。


「任せてください!」

「ありがとうございます。それじゃ目を瞑ってください」


言われるまま目を閉じる。

どんな世界なんだろうか。

能力を駆使して伝説になって、女の子にチヤホヤされて……

あー、夢が広がるぜ。


「次に目を開いたら、そこはもう新しい世界です。私とはここでお別れです。一人で心細いかもしれませんが、頑張ってください。それでは楽しい新生活を」


ユンファの気配が消えた。

ということは、ここはもう異世界なのか。

目を開けた気持ちをぐっとこらえる。

まずは神に感謝しよう。


「ユンファ様ありがとうございます。あなたのような美人で巨乳な神に出会えた奇跡、決して無駄にしません。一生あなたを信仰します」


ユンファ様様と両手を組み、祈った。

感謝はこれくらいでいいだろう。

それじゃ、いっちゃいますか。

目開けちゃいますか。

始めちゃいますか、異世界生活(新生活)を。

俺はゆっくり目を開けた。

目に映ったのは、綺麗な空だった。

ただ、俺は上を見てるわけではない。

上を見ていないのに空が映っている。

…………空を飛んでないか?


「ちがう!落ちてるううううううううう!ユンファああああああああ!絶対許さねえぞ!」


信仰心なんて今ここで捨ててやる。

組んでた手をほどき、必死にバサバサとはばたく真似をしてみる。


「終わっちゃう!俺の異世界生活、もう終わっちゃう!」


俺の異世界生活、10秒で終わっちゃう。

いやだ、死にたくない。


「そうだ、能力」


俺にはユンファからもらったチート能力があるじゃないか。

……どんな能力をもらったか聞いてない。


「ファイヤー!サンダー!アイス!ウィンド!ウォーター!」


てきとうにそれっぽいこと叫ぶが何も出ない。


「やばいやばいやばいやばい……浮け!飛べ!テレポート!瞬間移動!」


なにを叫ぼうとも能力は発動しない。


「あのクソアマ!嘘つきやがったな!」


きっとこの様子を見て笑ってるのだろう。

絶対に許さないからな。

下を見れば、もう墜落する。

幸い、川みたいだし、俺の体がぐちゃっとなることはないだろう。

水の音がどんどん大きくなる。


「エアーバックみたいなクッションがあればな……」


墜落寸前、往生際悪くボソッとつぶやく。

ぎゅっと目を閉じ、ただ祈る。

ユンファ以外の神を。

そして俺はそのまま水に落ちた——

はずだった。


「え?」


俺はボフンと反発した感触に驚き、目を開ける。

そこには大きなクッションがあった。


「なんで?」


疑問も束の間、俺は水のなかに緩やかに落ちる。


「やばっ、俺……泳げっ……ない……」


泳げないことを忘れてた。

必死にもがくが体は上がってくれない。

ついには顔まで水の中に入ってしまう。

今度こそ、もうダメだ……

せっかく助かったのに……

浮き輪があれば……

そして意識が途切れた。





「……すか?……ぶですか?……大丈夫ですか?」


優しい声が俺に問いかけている。

天国にでも来たのだろうか。

天界や異世界があるなら天国だってあるだろう。

ここで俺は、今度こそ新生活を送るんだ。

俺は重い瞼をゆっくりと開ける。

眩い光が降り注ぐ。

心地よい風が吹き、鳥たちがさえずっている。


「なんて気持ちのいい場所なんだ」

「よかった。目が覚めたんですね」


天国の案内人だろうか。

女の子が俺の目覚めを安堵してくれている。

俺は話しかけようと女の子のほうを向く。


「んま!?」


素っ頓狂な声とともに慌てて下を向く。


「んま?」

「あ、え、いや、んまーって言うのは俺の世界での挨拶です」

「世界?」

「世界って言うか出身地って言うか……」

「あなたの故郷では、そういう挨拶だったんですね。んまー」

「あ、はい、そんな感じです。んまー……」


ついてきとうなことを言ってしまった。

地球よ、日本よ、変な風習を作ってしまって申し訳ない。


「それより体は大丈夫なんですか?」

「え?あ、はい。大丈夫です」


体がずぶ濡れなのが些か不思議だが、痛みやかゆみは全くない。


「さすが天国だ」

「天国?」

「え?ちがうんですか?」

「はい。ここはアーニャ村です」

「アーニャ村……」


全く聞いたことがない。

俺は天国ではなく知らない土地に来てしまったようだ。

知らない場所……


「異世界か!?」

「ひぃっ!?」

「あ、すみません」


ここは天国ではなくユンファの言っていた異世界のようだ。


「てことは、俺は助かったのか」

「はい。流されているところを見たときは死んじゃったかと思いましたが大丈夫みたいですね」

「どんな感じだったんですか?」

「そうですね……川をどんぶらこどんぶらこって感じで流されてましたよ」


どんぶらこって桃太郎以外で初めて聞いたぞ。


「そういえば、これにつかまってたんですけど……これなんですか?」


女の子が俺がつかまっていたものを渡す。


「これ……浮き輪か?」

「浮き輪?」

「え、あ、はい。水の中とかで浮けるようにする道具です」

「そうなんですか。これもあなたの故郷のものなんですか?」

「そうですね……」


この世界の住人であるこの子が浮き輪を知らないのに、なぜ俺はつかまっていたのだろうか。

まあ、とにかくこいつのおかげで助かったんだ。

この浮き輪を末代まで家宝として飾ろう。

俺はそっと浮き輪を抱き寄せた。


「てことは、あなたが助けてくれたんですね」

「そうですね。流されていたので岸まで引っ張りました」


男一人を運ぶなんてさぞかし大変だっただろう。

ほんとう頭が上がらない……


「ありがとうございます。おかげで助かりました。あ、僕の名前は……ハルトです」


なんとなく苗字は言わず名前だけを言った。


「わ、私の名前はミコトです」

「ミコトさん、ありがとうございます」

「いえいえ。……あ、あの一つ聞いてもいいですか……?」

「どうぞ」

「なんでずっと下を向いてるんですか?やっぱりどこか痛むんですか?」

「…………」


どこ痛くはないが、痛いところを突かれた。

ずっと下を向いたままの俺に疑問を抱くのは当然だ。

だが……だが、こうしなくちゃいけないんだ。

だって……だって……


「なんで何も着てないんだよ!!!!」


俺は立ち上がり、力いっぱい叫んだ。


「なにもきて……?なんですか?」


栗色の綺麗な長い髪をした小柄なミコトは、キョトンとしている。

その顔、可愛いな。


「ハルトさんの故郷の言葉ですか?」


ミコトはぐいっと俺に近づき、見上げる。

大きな瞳に思わず吸い込まれそうだったが、慌てて距離を取る。


「ハルトさん?」


俺を気にするミコトは何も着ていなかった。

そう、全裸だった。

マジすっぽんぽん。

体を隠す様子はないが、見ていいものなのか、やっぱり見るべきではないのか。

理性と欲望と疑問が俺の中で混沌を極めていた。


「い、いや、なんでもない。それより、なんでミコトは服を着てないんだ?」

「ふく?……さっきからハルトさんの言っていることが理解できません」

「わからないって……服だよ、服。こういうの!」


俺は自分が来ている服を引っ張って主張する。


「さっきから気になっていたのですが、なんで布のようなものを体に張り付けているんですか?」


張りつける……?

着るではなく?


「も、もしかして、ミコトはいつもその格好なの?」

「はい、みんなそうですよ」

「みんな……」


もしかしてここは服という概念がない世界なのか。

マジか……

みんなが全裸だったらなーって考えたことがないと言ったら嘘になる。

だが、実際起こると目のやり場に困る。

普段、人の目なんか見て話せなかったのに、今は裸を見ないように目を凝視してるまである。


「こ、これは……これも浮き輪なんだ」

「そうだったんですか」

「そ、そうなんだよ。これを体に張り付けてこの輪っかを持つことで完成なんだ」

「知りませんでした。勉強になります」


ミコトは目を輝かせながら、うんうんと頷いている。

こんな純粋な子を騙しているようで胸が痛むが、やはり郷に入れば郷に従えだ。


「ハルトさんはこのあとどこに行くんですか?」

「あー……そういえば行くとこないな」

「え!?そうなんですか!?……それじゃあ、迷惑じゃなければ私の家に来ますか?その、体も心配ですし……」


行く当てもないし、ここは厚意に甘えるか。


「それじゃ、お願いしようかな」

「わかりました!それじゃ、ハルトさんついてきてください」

「わかった。それと呼び捨てでいいぞ」

「わ、わ、わかりました。ハルト……」


顔を赤らめ、か細い声で俺の名前を呼んだ。

すごくかわいい……

まさに天使級。

これが本物だ。

あの巨乳神はもう信じないぞ。

これからはミコトを信仰しよう。

ミコトの後ろを歩きながら両手を組む。


「なにやってるんですか?」

「こ、これはあれだ。感謝を伝える作法だ」

「そうなんですね!ハルトは私の知らないことをたくさん知っていて楽しいです」


また新しい風習を生み出してしまった。

人を騙してしまった罪悪感に蝕まれながら、俺はミコトについていった。

服を着る概念がない全裸の世界。

俺の異世界生活(新生活)はとんでもないことになりそうだ。


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