○花嫁 ー 07
よろしくお願いいたします!!
「これ、全て昼食の分ですか⋯!?」
ルバーフおじさまが案内してくださった部屋は、孤児院の裏の建物の一室だった。
テーブルの上には、たくさんのお料理。
どれもとても美味しそうだが、問題はこれが晩餐と同じくらいの量であることだ。
「ん?そうだね。料理人達はリシアスがとても好きだから、張り切っているようだ」
ははは、と笑って、ルバーフおじさまが椅子に腰掛ける。
ルシフェンもお行儀良く背筋を伸ばして、椅子に座っていた。
「⋯⋯さて。今日は一体、陛下と何があったんだい?」
「⋯⋯っ!?」
びくりと、肩が大きく跳ねる。
「リシアスさま、陛下にいじわるされたのっ?」
ルシフェンも衝撃を受けているようだ。
「なっ、なんのことでしょうか」
慌ててしらを切ると、ルバーフおじさまが苦笑する。
ルシフェンは「リシアスさまはいじわるされてるの?ねぇねぇ、お父さま」と、ルバーフおじさまに詰め寄っていた。
「リシアスがここに来るときは、なにかしら理由があるだろう?ルゼットに用があるわけでもないようだからね。陛下と何かあったとしか考えつかないよ」
ぐ、と言葉に詰まる。
確かに、お菓子を子供たちにあげる為だけに、ここを訪れたことはない。
定期的に来てはいるものの、いつもはルゼットに用があるから、などと理由をつけていたのだ。
「当たり、です⋯」
がっくりと項垂れて、視線を落とした。
ルシフェンが固まる。
まさか、陛下と本当になにかあったなんて、と思っていることが、手に取るように分かった。
「お、お父さまっ!わたくし、小さい子と遊んできますわねっ」
ぎこちなくそう言って、パンを両手いっぱいに持ち、ルシフェンが駆け出した。
ルバーフおじさまはヴェネさんに、あとからルシフェンの部屋に、昼食を持っていくようにと指示を出す。
ルシフェンにまで、迷惑をかけてしまうとは。
私が来なければ、ルシフェンはここで昼食を食べていただろう。
ますます落ち込んでしまい、ワンピースの裾を握った。
「リシアス?ううむ、君は落ち込みやすいね。それより、何があったのか、話してくれないかい」
大丈夫だよ、と言って、ルバーフおじさまは料理に手をつけた。
何があったのか。
それは、
「今朝陛下に、婚約の話が出たと、聞きました」
ずきりと、胸が痛んだ。
我ながら、陛下に過ぎた好意を寄せていると思う。
婚約の話を聞かされただけで。
それをこうして口に出すだけで、胸がこんなにも痛む。
きゅ、と唇を噛んだ。
しかしルバーフおじさまは少し考えて、また笑っていた。
「陛下は、誰と婚約する話が出たと言っていた?」
笑いを堪えつつ、私にそう問かける。
誰との婚約?
⋯⋯誰とだろう。
「誰とかは、まだ聞いていなくて⋯」
今夜また話すと言っていたことを思い出した。
しかし、誰と婚約するのかくらい、朝教えてくれても良いではないか。
「今夜また話す、と」
そう言うと、公爵は
「へぇ⋯⋯ともかく、リシアスは婚約がしたくないんだね?」
そう確認するように言った。
⋯⋯そうなのだろうか。
初恋を断ち切る最大の機会。
人間を嫁にするなど考える魔人は、そうはいない。
今回を逃したら、私は一生一人でいることになるのかもしれない。
────でも、でも。
「そう⋯です」
曖昧に頷いた。
一生一人で生きていこうが、陛下に捨てられようが。
あの人以外のもとへ嫁ぐ気は、さらさらない。
この想いはけして叶わないものだと、私は知っている。
一人で生きていく術を学ぶにはまだ時間もあることだし、他の魔人と婚約など、したくないのだ。
すっ、となにか詰まっていたものが、なくなった気がした。
「そうか。じゃあ、私から陛下に頼んでみよう」
え、と驚いた顔をするものの、
「お願いします⋯」
頼むことにした。
どうせ自分から言ったところで、聞き入れてはもらえないだろう。
「ヴェネ、紙とペンを」
そう言って紙に、婚約に関する内容を書いて、
「陛下に頼むよ」
ヴェネさんに渡した。
何から何まで、ヴェネさんに頼んでしまって、ごめんなさい。
心の中で謝罪しながら、ルバーフおじさまの方に向き直る。
「ルバーフおじさま、ありがとうございます」
お礼を言って、顔を上げた。
が、その直後、私は目を疑う。
──ルバーフおじさまが、心底面白そうに笑っていたからだった。
「ふ、はは、ごめん、ごめんよ。笑いが止まらなくてね。きっと今夜、なにもかもが上手くいくよ」
肩で息をしながら、ルバーフおじさまはそう言う。
「⋯?」
今夜、なにもかもが上手くいく。
婚約はしたくないという要望が通るというとこだろうか。
疑問に思いながら、あとはたわいもない会話をした。
*
食事が終わり孤児院の庭に出ると、ちょうど同じようにお昼を食べ終わった子供たちが遊んでいる。
お菓子を配り、本を読み、鬼ごっこをした。
結局ルゼットは来なかったけれど、キャンディだけはルシフェンに託す。
遊んで、休憩をして、また遊んだ。
遊びという遊びを一通り終えたころ、既に時計の長針は5時を指していた。
子供たちと遊び尽くした私は、昼食の時感じた疑問について考えながら、王城へと帰るのだった。
ありがとうございました!!