○花嫁 ー 05
よろしくお願いいたします!!
北門から入り、大きな庭にでた。
遊んで、本を読んで、お菓子をちょうだい、とまあ、たくさんの声がふりかかる。
「院長様に挨拶をしてくるから、少し待っていてね」
そう言って庭を通り過ぎ、少しくすんだ白い建物の中に入った。
孤児院とは、赤子から10歳までの子供たちが暮らす、大きな施設のことだ。
親に捨てられたにも関わらず、この孤児院の子供たちは、みなとても優しい。
しかし、改善されない悩みは、年々増えていくばかり。
捨てられる子供たちは、毎年必ず増えているのだ。
いくら厳しく取り締まっても、必ず。
拳をきつく握りしめた。
なぜ、子を捨てるような親がいるのだろう。
腹を痛めて産んだ我が子を、可愛がってやれないのだろう。
浮かび上がってくるいくつもの疑問は、答えがわからず消えていってしまう。
私は無力だ。
その現実を突きつけられたようで、更に、爪がくい込むほど、拳を握り直す。
顔がやるせなさに歪んだ時、
「⋯アスさま、リシアスさま?」
ふと、7歳前後の子供の声がかかった。
名前を呼び、心配そうな面持ちでこちらを見上げる少女は、私の知っている女の子だった。
「あら、ルシフェン!ごめんなさい、なんだった?」
問いかけた先には、可愛らしい笑顔。
先程の不安げな面影は既になく、愛らしい顔で、こちらを見上げていた。
「うん!今日はどーしたの?あそびにきてくれたの?」
うふふ、と言いながら、ルシフェンがくるくると回る。
ルシフェンはこの孤児院の院長様の、実の娘だった。
私と同じ人の子。
初めてそれを知った日、一体どれほど喜んだことか。
「うん、遊びにきたよ。今日はお菓子も持ってきたから、みんなで食べようね」
ぱあぁ、と顔を輝かせて、「やったー!」と喜ぶ姿は非常に可愛らしい。
純粋な子を見ていると、悩んでいたことがすっきりする気がする。
「院長様のところにいってくるから、少し待っていてね」
そう言って頭を撫でた。
赤茶の髪に、くりっとした目。瞳は茶色と、
よくある色だけれど、赤茶の髪は珍しい方だ。
丁寧に梳かされた髪はとても細く、左右に分けられて結われている。
「お父さまは今、『いんちょう室』にいるよ!私がつれていってあげる!」
ルシフェンはそう言って、にこにこと笑いながら、私の前を歩き始めた。
ルシフェンの家はなんと公爵家で、代々王に忠誠を誓っている名家だ。
魔国はかつて、争いによって人間の国の一部を手に入れていた。
当時、人間の国の王に見捨てられた一家を、素晴らしい公爵家に育てたのは、現陛下の曾お祖父様だそうだ。
ルシフェンのお父様は既に爵位を継がせていて、だからこそ孤児院を建て、自ら院長をしていらっしゃる。
ルシフェンの後ろを歩きながら、階段を上り、いくつもの部屋を通り過ぎた頃だった。
「リシアス!」
背後から突然名前を呼ばれて、勢いよく振り返る。
少し低めの、男の人の声。
耳に馴染んでいるこの声は、誰のものかすぐに分かった。
「ルゼット!久しぶりね」
ルゼット・グライマ。
ルシフェンと同じ赤茶の髪に、茶色の瞳。
ルシフェンの唯一の兄弟であり、現公爵様だ。
本来私が呼び捨てにしていい相手ではないのだけれど、本人からそうしろと言われては嫌とは言えない。
そして、彼も魔国に住む数少ない人間だった。
私の瞳のことを、なんとも思わないでいてくれる、希少な存在でもある。
「なんだよ、来てたなら教えてくれよな。1ヶ月ぶりなんだ。ルシフェンに独り占めはさせない ぜ?」
拗ね気味に、少し冗談を混ぜた言い方はルゼットの機嫌が良い時の証拠だ。
ふふ、と少し笑みを漏らし、
「今日はお菓子をもってきたの」
買ってきた30個のキャンディをルゼットに見せた。
「院長様に挨拶したら食べるのよ」
「ふぅん。父上はあそこの部屋にいるよ。俺がお連れしましょうか、お嬢さん?」
奥のひとつの部屋を指さしながら、私を見る。
そして、にやにやとしながら、ルシフェンをみた。
「なっ、おにーさま!リシアスさまは私がつれていってあげるのです!」
ぎゅっと抱きついて、「譲れません!」と言い張る様子は、とても可愛い。
頬が緩んで、少々気持ちが悪い顔になってしまいそうだ。
「はは、分かった、分かったよ。ルシフェンが連れていってあげような?」
可愛らしい睨みが効いたのだろう。
ルゼットの口から呻き声が漏れてしまったことが、なによりそれを証明してしまっている。
ルゼットは両手をあげて、もう一度分かった、と笑った。
ルゼットは、とても優しい人だ。
雑なところもあるし、言葉遣いだって乱暴な時もある。
それでも気遣いが上手くて、誠実だ。
それに、実は賢く優秀なことで、周りから認められていたりする。
ありがとうございました!!