●花嫁 ー 03.5
よろしくお願いいたします!!
早速、初のアルヴィルト視点です。
───10年前。
人間の娘を、湖の側で拾った。
王の庭と呼ばれる森に、ひとり横わたっていたのが、偶然目に止まったのだ。
木々の隙間からぼんやりと見つけた小娘は、のそのそと歩き始め、そして湖の方によろめいた。
「っ!」
咄嗟に身体が動いてしまった。
〝力〟を使い、小娘の腕をつかんでしまった。
自分でも信じられない。
たかが人間の小娘の為に、自分が〝力〟を使った⋯。
とりあえず無事を確認しようと顔を見た時、思わず驚く。
艶やかな黒髪は褐色の毛が混じっており、虚ろな瞳は紺青の色をもっていた。
死人のような青白い顔、形の良い唇は色を失っている。
紺青の瞳。
不吉な色と伝えられている色の瞳をもった小娘を見て、何故この森にいるのかを悟った。
この小娘は、美しくなる。
女を何万と見てきた、自分の本能が告げていた。
手元に置こう。
美しくなれば、そのまま置いておけば良い。
なにか役に立つようなら、王城で働かせる。
美しくもなく、なにも役に立たないのなら、捨てるなりなんなりすれば良いのだ。
傍にいた、永くの友人に告げる。
「ジェリグ、俺はこの小娘を、手元に置くことにする」
と────。
*
「おはようございます、陛下。本日は何用故のお呼び出しでしょうか」
凛と響く、美しい声。
紺青の瞳をもった小娘は、自分から見ても美しいと思えるほど、美しく育ったと思う。
誰もが振り向くような美女に育った───拾った時に共に居た、友人がそう言っていた。
紺青の瞳はぱっちりとしていて、高い鼻に、形の良い唇は赤みの強い桃色に色づいている。
小さな顔に、小柄な体。
華奢な体のわりに、女らしい体をしていると思った。
「あぁ」
返事は返したものの、少し素っ気なかっただろうか。
しかし、挨拶と同時になんの用かと尋ねられるのは、おもしろくない。
用がなければ呼んではいけないのか。
そう言ってしまいそうになり、口を固く結ぶ。
険しくなってしまう顔は少々怖いだろうが、仕方があるまい。
少し悲しそうにしている顔を見ないよう、顔を背けて、席に腰を下ろす。
そのまま、焼き立てのパンに手をつけた。
自分は、この魔国の王である。
魔人たちが暮らす、魔国の王。
『王は、魔国で力が一番強いものがなるものだ。邪魔なものを跳ね除ける力が、必要なんだよ』
それは、先代の王───父親から教わった、唯一のこと。
病弱だった父は、民の反乱により死んでしまった。
強いものが上に立ち、弱いものは下につく。
それが魔国だった。
「おまえ、婚約する気はあるか」
唐突に、小娘に尋ねた。
おまえや小娘と呼ぶのは、名前を知らないからではない。
ただの意地だった。
小娘が⋯自分を、陛下としか呼ばなくなったから。
そんな些細な理由だった。
⋯⋯ 。
返事がない。
なにか考えごとをしているようで、自分の声は聞こえていないようだ。
自分の声が、聞こえて、いない。
「⋯⋯」
ふつふつと、なにかが湧き上がってくる。
心臓が締め付けられたように痛む。
しかしそれをものともしない、別の感情に自分は囚われている。
怒りに似た、どす黒い感情。
自分といるというのに、自分の声が聞こえていない。
自分の声が聞こえないほど、一体何を考えているのだ。
もしや、男のことか。
どこぞの男のことを考えているのか?
心惹かれる男でも、見つけたというのか?
どこのどやつだ。
名前は。
容姿や、身分は。
力は自分より強いのか。
そんなはずはない。
ならば、潰してしまおうか?
感情はどこまでも昂る。
今にも爆発してしまいそうだった。
「おい、聞いているのか」
刺々しい物言いで、小娘に問いかける。
爆発してしまう前に。
こちらを向け。
⋯俺を、見ろ。
「っ、申し訳ございません、陛下」
驚いたように、自分を見た。
真っ直ぐに、こちらを見ている。
あぁ、と息をついた。
それで、それで良いのだ。
俺だけ、見ていれば。
「今日おまえと食事を共にしたのは、おまえの婚約の話がでたからだ」
今度はもう問いかけない。
おまえに選択する権利など与えない。
俺のことだけ見ていろ。
俺に、惚れてしまえ──────。
そう思いかけたところで、ふと気がついた。
自分はなぜこうも、小娘を自分のものにしたいのだろうと。
分からない。
分からないが、他の、俺より弱い男を見るならば、自らに縛り付けておこうと思った。
それだけだった。
「あ、あの⋯」
じろりと、小娘をみる。
「考えて、おきます」
怯えたような声。
それも気に食わなかったが、考えておくだと?王の妃として婚約してやると、そう言っているのに、喜ばないのか?
想像していた答えと、あまりにもかけ離れた返答に、ぽかんとしてしまった。
無論、顔には出さないが。
大きな足音が聞こえてきた。
きっと、ジェリグだろう。
あぁ、婚約のことを聞きつけてきたな────。
「アルヴィルト!!リシアスが婚約だって!?」
「朝から騒々しいぞ、ジェリグ。おまえは一応、この国の宰相になのだ」
ありがとうございました!!
肝心の『自分との婚約』と言うのを言い忘れていますね、アルヴィルト陛下。
変なところで抜けている、強引な王様です。
リシアスに向けるものが独占欲だと気づく日は遠い⋯笑