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捨子の嫁ぎ先  作者: ちゃろの助
本編
10/16

○花嫁 ー 09

よろしくお願いいたします!!

遅くなってごめんなさい⋯⋯。


「ちがっ⋯⋯!!」


色の失せた瞳に宿り始めたのは、狂気ともいえるような、恐ろしい眼光だった。


「では誰だ?ジェリグか、それとも俺が知らぬ輩か」


冷たく見下ろしてくる陛下───彼は、明らかに怒っている。

不機嫌を通り越して、憤っている。


ジェリグ様?

確かに優しくて、お話上手で、素敵な方だと思う。

でも、ちがう。


彼が知らない人?

そんな筈がない。

なにせ、私は。


「私はっ────────んぅっ!?」



貴方のことが。

そう言おうとした時突然、手で口を塞がれた。

思いのほかその力が強く、抵抗できない。


「⋯⋯⋯っ!!」


驚いて顔をみると、その顔は苦虫を噛み潰したような、苦しげな表情を浮かべている。

じっと見つめれば、その苦しげな表情が和らいだ気がして。


「っ、あのっ⋯!!」


続きを言おうと、緩んだ手に触れた瞬間───


ぐん、と私を引き寄せると、


「⋯⋯おまえは、俺のものにする。嫌だろうが、なんだろうが、必ずだ」


そう耳元で囁いた。

低くて耳に心地良い声に、またぞくりと、甘い感覚が私の中を駆け巡る。


引き寄せた肩を離し、彼が部屋から出ていこうとした時。



⋯⋯待って、行かないで。


その気持ちが溢れた。


俺のものって、どういうことなの。

私の婚約は、誰とのものなの。



貴方との婚約だと、期待してもいいの?


あとからあとから出てくる想い。


きゅ、と彼の服の裾を掴み、そのまま背に顔を(うず)めた。



「待って⋯⋯っ」



服の裾を掴んでいる手は震えているし、声もひどく小さい。


聞こえているだろうかと恐る恐る顔を上げると、そこには。


───驚いた顔をした、彼の顔があった。


身長差があり、どうしても私を見下ろす形にはなっている。

しかし、今の彼の顔はどうみても驚いている。



「⋯⋯なんだ」



ゆっくりと低くかけられた言葉には、先程のような苛立ちは感じない。


「私は⋯⋯誰と婚約するの」


「⋯⋯は?」


私の問いかけに、更に驚いた顔をする。

驚いたというより、こいつなに言ってるんだ、とでも言いたげな顔だ。


「だ、だって!私はまだ誰との婚約かを、聞いていません⋯!」


誰との婚約?

ねぇ、誰との⋯⋯っ?


祈るような想いを込めて、彼を見つめた。


「俺とだ。言わなかったか?」





⋯⋯⋯⋯⋯っ!!





とうとう涙が溢れてしまった。

彼との婚約だった。

大好きな彼との、婚約。


これが一方的な想いだとしても、まだ彼の近くに居られる。

そのことだけが今、とても嬉しい。



「⋯⋯泣くほど嫌なのか」



少し苦しそうに歪めた顔には、不機嫌さが滲んでいた。


「全然⋯⋯⋯っ」


ふるふると頭を振り、ぎゅっと抱きつく。


「ぜひ⋯⋯婚約してくださいませ⋯」



緊張しながら言う。

これでもし、やっぱり嫌だと言われたらどうしよう。


よく考えたら私は先程まで、婚約が嫌だと頑なに言っていたのだ。

一体どういうことかと思うことだろう。


彼は震える指先を撫でて


「頼まれなくとも、婚約する」


そう言った。



更に腕に力を入れた私を引き離すように、強引に体を捩る。


「おまえは⋯⋯俺との婚約が嫌なのではないのか」


まぁ、嫌だろうが婚約するがな、と零れた言葉も聞き逃さなかった。


「嫌じゃ、ないです⋯⋯」


「ではなぜ拒んだ」


間髪入れずにそう答えた彼は、私の方を向き直す。

私と向き合った彼の瞳は、既に美しい濃紫の瞳に戻っていた。

いつもより少し輝きを増しているように思える。


「貴方としか⋯⋯婚約など、したくなかったから」


「⋯⋯⋯っ!!!」



その言葉を聞いた途端、彼は突然顔を逸らした。

不思議に思っていると、彼が片手で目元を覆っているのが見える。


「ど、どこか痛いのですか⋯っ!?」


慌ててそう問いかけたが、何も無かったようにこちらを向いて、彼は言った。



「その言葉、忘れるなよ」



と。



忘れるなよ、なんて⋯。



忘れらるわけが無い。

こんな、こんな恥ずかしいセリフ。


そんなことを考えて頬を赤らめると、彼は微笑み、「行くぞ」、そう言って私の手を引いた。


そろそろ夕食の時間だろう。


嬉しさを噛みしめながら、私たちはゆっくりと歩き始めた。

───夕食の用意された、部屋に向かって。

ありがとうございました!!

次回は初のジェリグ視点を予定しています。

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