○花嫁 ー 09
よろしくお願いいたします!!
遅くなってごめんなさい⋯⋯。
「ちがっ⋯⋯!!」
色の失せた瞳に宿り始めたのは、狂気ともいえるような、恐ろしい眼光だった。
「では誰だ?ジェリグか、それとも俺が知らぬ輩か」
冷たく見下ろしてくる陛下───彼は、明らかに怒っている。
不機嫌を通り越して、憤っている。
ジェリグ様?
確かに優しくて、お話上手で、素敵な方だと思う。
でも、ちがう。
彼が知らない人?
そんな筈がない。
なにせ、私は。
「私はっ────────んぅっ!?」
貴方のことが。
そう言おうとした時突然、手で口を塞がれた。
思いのほかその力が強く、抵抗できない。
「⋯⋯⋯っ!!」
驚いて顔をみると、その顔は苦虫を噛み潰したような、苦しげな表情を浮かべている。
じっと見つめれば、その苦しげな表情が和らいだ気がして。
「っ、あのっ⋯!!」
続きを言おうと、緩んだ手に触れた瞬間───
ぐん、と私を引き寄せると、
「⋯⋯おまえは、俺のものにする。嫌だろうが、なんだろうが、必ずだ」
そう耳元で囁いた。
低くて耳に心地良い声に、またぞくりと、甘い感覚が私の中を駆け巡る。
引き寄せた肩を離し、彼が部屋から出ていこうとした時。
⋯⋯待って、行かないで。
その気持ちが溢れた。
俺のものって、どういうことなの。
私の婚約は、誰とのものなの。
貴方との婚約だと、期待してもいいの?
あとからあとから出てくる想い。
きゅ、と彼の服の裾を掴み、そのまま背に顔を埋めた。
「待って⋯⋯っ」
服の裾を掴んでいる手は震えているし、声もひどく小さい。
聞こえているだろうかと恐る恐る顔を上げると、そこには。
───驚いた顔をした、彼の顔があった。
身長差があり、どうしても私を見下ろす形にはなっている。
しかし、今の彼の顔はどうみても驚いている。
「⋯⋯なんだ」
ゆっくりと低くかけられた言葉には、先程のような苛立ちは感じない。
「私は⋯⋯誰と婚約するの」
「⋯⋯は?」
私の問いかけに、更に驚いた顔をする。
驚いたというより、こいつなに言ってるんだ、とでも言いたげな顔だ。
「だ、だって!私はまだ誰との婚約かを、聞いていません⋯!」
誰との婚約?
ねぇ、誰との⋯⋯っ?
祈るような想いを込めて、彼を見つめた。
「俺とだ。言わなかったか?」
⋯⋯⋯⋯⋯っ!!
とうとう涙が溢れてしまった。
彼との婚約だった。
大好きな彼との、婚約。
これが一方的な想いだとしても、まだ彼の近くに居られる。
そのことだけが今、とても嬉しい。
「⋯⋯泣くほど嫌なのか」
少し苦しそうに歪めた顔には、不機嫌さが滲んでいた。
「全然⋯⋯⋯っ」
ふるふると頭を振り、ぎゅっと抱きつく。
「ぜひ⋯⋯婚約してくださいませ⋯」
緊張しながら言う。
これでもし、やっぱり嫌だと言われたらどうしよう。
よく考えたら私は先程まで、婚約が嫌だと頑なに言っていたのだ。
一体どういうことかと思うことだろう。
彼は震える指先を撫でて
「頼まれなくとも、婚約する」
そう言った。
更に腕に力を入れた私を引き離すように、強引に体を捩る。
「おまえは⋯⋯俺との婚約が嫌なのではないのか」
まぁ、嫌だろうが婚約するがな、と零れた言葉も聞き逃さなかった。
「嫌じゃ、ないです⋯⋯」
「ではなぜ拒んだ」
間髪入れずにそう答えた彼は、私の方を向き直す。
私と向き合った彼の瞳は、既に美しい濃紫の瞳に戻っていた。
いつもより少し輝きを増しているように思える。
「貴方としか⋯⋯婚約など、したくなかったから」
「⋯⋯⋯っ!!!」
その言葉を聞いた途端、彼は突然顔を逸らした。
不思議に思っていると、彼が片手で目元を覆っているのが見える。
「ど、どこか痛いのですか⋯っ!?」
慌ててそう問いかけたが、何も無かったようにこちらを向いて、彼は言った。
「その言葉、忘れるなよ」
と。
忘れるなよ、なんて⋯。
忘れらるわけが無い。
こんな、こんな恥ずかしいセリフ。
そんなことを考えて頬を赤らめると、彼は微笑み、「行くぞ」、そう言って私の手を引いた。
そろそろ夕食の時間だろう。
嬉しさを噛みしめながら、私たちはゆっくりと歩き始めた。
───夕食の用意された、部屋に向かって。
ありがとうございました!!
次回は初のジェリグ視点を予定しています。




