87話 予想外の出来事
あまり覚えていないが今朝は前世の夢を見た気がする。
そして、ものすごく鳥肌が立って目覚めた。
夢の内容は大事なことだった気もするし、大事ではなかった気もする。
今は思い出せそうもないし、また思い出したときに考えればいいかとおれは結論付ける。
昨日おれは魔界からやってきた魔族と戦って体中がぼろぼろになった。
そして色々とあって家族と再会し、これからはサラも含めて一緒に暮らすことになったのだ。
ここまでは良いのだが……。
おれとサラは引っ越しをすることにより、カルア王国にある魔術学校に通うつもりでいた。
そして、もちろん当たり前のことなのだが魔術学校には入学試験というものが存在する。
まぁ、おれとしてもこの世界の魔術学校は入試があることは知っていたし、覚悟はしていたのだが、それがなんと今日だというのだ!!
昨日の今日で試験なんて心の準備も体の準備も全くできてませんよ?
もちろん、頭の準備も!
そしてこれはハリスさんたちを含めた昨日の家族での会話に遡る。
◇◇◇
おれたちはこれから起こりうる魔界からの脅威に対してどのように対策をするべきかを議論していた。
そして、結論として今の時点では魔界からの厄介ごとは天使たちが対応してくれることに賭けるしかないということになった。
もちろんこれは、今回のように襲撃現場の近くに天使がいなければ被害は拡大していくものであり、最低限として人間界滅亡は防ぐことができるという程度のものだ。
だが、現時点では他におれたちにできることは見つからないということでこの話は終わった。
そして、ハリスが父さんに思い出したかのように告げる。
「そういえばマルクス。明日のカルア高等魔術学校の外部試験は予定通り行われるそうですよ」
それに対して父さんは少し驚いたように答える。
「今日、大森林の件で大騒ぎになっているのに予定通り試験を行うのですか!?」
ハリスさんの話だと、街中でもカルアの大森林のことは街中で噂になっているらしい。
しかし、この騒動の中でもどうやら試験は予定通り行われるようだ。
まぁ、おれは試験なんて無関係だからいいんだけどね。
「えぇ……大臣や貴族たちがそう話していました。詳しくはこの後、正式に今回の大森林の件も含めて発表があるそうです」
政治に疎いおれでもガバガバ過ぎないかと思うものだが、この世界で問題ないのならば問題ないのだろう。
おれは二人の会話を静かに聞いていた。
「そうか……。急で悪いんだがセアラ。明日が世界最高峰の魔術学校であるカルア高等魔術学校の外部生の入学試験なんだ。急で悪いんだが準備はできるかい?」
父さんはサラに尋ねる。
ここで、おれが知っている魔術学校の仕組みについて触れよう。
おれがカイル父さんやハンナ母さんと暮らしていたエウレス共和国の場合、子どもは10歳になると各領地にある魔術協会という施設でスキル測定を行う風習がある。
おれやサラの場合も本当はテスラ領の魔術協会に行く必要があったのだが、カイル父さんが持つ魔道具によってスキル測定ができたので魔術協会には行かなかった。
それによっておれはあの村から一度も出ることなく10歳まで過ごしたんだよね。
そして、子どもたちはスキルと家庭の経済力次第で12歳から中等魔術学校という魔法について学べる教育機関で3年間学ぶことができる。
その後、進路として高等魔術学校に進学するとさらに3年間学ぶことができるというわけだ。
エウレス共和国の場合、基本的に各領地に複数の魔術学校が存在しているらしいが、関連している中等魔術学校から高等魔術学校への進学が一般的らしい。
つまり、複数存在するそれぞれ高等魔術学校の附属として中等魔術学校が存在しているというわけだ。
しかし、このような内部進学とは別に、外部進学としてその子のレベルにあった高等魔術学校への進学も可能だそうだ。
カルア王国もエウレス共和国のときと同じ制度かはわからないが、ハリスさんと父さんの話し方からエウレス共和国と同様に内部受験とは別に外部からの受験もあるのだろう。
そしてサラは現在エウレス共和国の中等魔術学校の三年生であるからカルア高等魔術学校には外部進学という形を希望して受験するようだ。
おれのイメージでは内部進学より外部進学の方が難しい。
サラには頑張って欲しいな。
「はい、おじ様! リノに頼んで急いで書類をもらって来ます!!」
サラは元気にそう告げる。
やっぱリノを交通手段に使うのか。
転移魔法は便利だもんね。
おれは高位の精霊であるリノを交通手段に使っている義理の姉にある意味感心してしまう。
おれはアイシスやカシアスを交通手段になんて使えないな……。
一人で人間界を滅亡させることができる上位悪魔と魔王序列第4位の最上位悪魔だからな。
恐れ多くて頼めないよ……。
それにしてもサラとリノは仲が良さそうだな。
サラの要求に対してリノは『任せてください』と笑顔で対応している。
「それでアベルが学校に通う件なのだが、わしとしても迷っていてな。そこでとりあえず……」
父さんはおれの学校のことで悩んでいるそうだ。
おれはサラと違って今12歳。
本当なら中等魔術学校の一年生をやっているはずだ。
しかし、おれはゼノシア大陸でアイシスと過ごしていたし、学校に通う時間も資金もなかったから中等魔術学校には通っていない。
つまり、これからどうやって学校に通えばいいのかわからないのだ。
おれたちがまだエウレス共和国の村で暮らしていた時、サラがこれから中等魔術学校に通うとなったときのことだ。
サラがもしも中等魔術学校の受験に失敗したら、3年間鍛え直してから高等魔術学校に受験すると言っていた。
これはもちろん中等魔術学校の内部進学よりも難しい試験らしい。
おれはこの時に思ったのだ。
もしも中等魔術学校の受験に失敗したら来年に再受験をしたり、途中で二年生や三年生から編入できるわけではないのだと。
もしも中等魔術学校に入学できなかったとしたら、3年間も高等魔術学校の入学試験を待たなければならないのだ。
しかも、この場合は入学試験が難しくなる代わりに中等魔術学校の卒業資格は必要なくなる。
おれは密かにこれに狙っていた。
既に12歳の入学タイミングを逃したおれは中等魔術学校に通えない!
つまり、あと2年間はニート生活ができるのだ!!
実際にニートになるわけではないが、前世でトラウマになっている学校に行くよりは有意義に時間を過ごせるだろう。
そして、2年後におれは高等魔術学校に入学する。
おれは一年生、サラは三年生。
サラの願い通りに1年間は一緒に学校に通えるし、おれは本音では行きたくない学校に3年も行かなくて済む。
完璧だ……これがおれの完璧な作戦。
計画通り……。
おれは心の中で笑いを堪えながら父さんの言葉を待つ。
さぁ、中等魔術学校には編入できないと言ってください!
2年後に向けて受験対策をしようと言ってください!
そして父さんがおれに放った言葉は——。
「アベルも明日の入学試験に向けて準備をしておきなさい」
おれの中で時間が止まった。
へぇ?
おれの聞き間違いだろうか?
明日入試があるって聞こえたぞ。
そうか、きっと父さんは勘違いしているのだ!
なんたって10年ぶりに再会したのだ。
おれが現在12歳の代で今年中等魔術学校の入学試験を受けると思っているのだろう。
おれは父さんの間違いを訂正しようとする。
「父さん、おれ今12歳ですけど既に中等魔術学校一年生の歳なんですよね。あっ……」
おれはここで重大な勘違いに気づく。
「もしかして、カルア王国の中等魔術学校って二年生から編入できたりするんですか!?」
そうだよ!
もしかしたらエウレス共和国とカルア王国では魔術学校の制度が違うのかもしれない。
これでは来年から中等魔術学校の二年生として学校に通うことになってしまう。
しかも、サラは高等魔術学校に行ってしまうので知り合いは誰一人いない。
最悪だ!!!!
おれは想定していた最悪以上の悪い展開になってしまうことに絶望する。
「いや、中等魔術学校には編入制度がないから残念ながらアベルは受験できないよ」
父さんが優しくそう告げる。
なんだって?
だとしたら明日の入試とはいったい何のことなのだろう?
おれには全くちんぷんかんぷんである。
そして父さんは言葉を続ける。
「アベルはサラと一緒に学校に通いたかったのだろう? だったらサラと一緒に高等魔術学校を受験しなさい。きっとアベルなら合格できるから」
父さんはニコニコとした笑顔でそう語る。
えっ……?
高等魔術学校って16歳から通う学校じゃないんですか?
おれは固まってしまっている。
きっと、今他人からはマヌケな顔つきでボケッと立っているように見えていることだろう。
「えっ、来年からアベルと一緒の学校に通えるんですか!?」
サラはとても嬉しそうな笑顔で父さんに尋ねる。
あぁ、サラの笑顔かわいいな。
いやいや、今はそんなこと考えている場合ではない!
ここでおれは我にかえる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ父さん!! おれまだ12歳ですよ? なんでおれが高等魔術学校を受験できるんですか!?」
おれは父さんに問いかける。
そんな話は聞いてなかったぞ!?
すると父さんが魔術学校についての説明をしはじめる。
「そもそも中等魔術学校に入学できるのが12歳というのは未熟過ぎる身体で魔法を使うことが危険だからだ」
「それに対して高等魔術学校は、入学するに値する水準まで能力が達していれば入学資格に年齢は関係ない。現に中等魔術学校を飛び級して早期卒業し、15歳で入学した学生もいるぞ」
なんだと……。
ちくしょう!!
想定外の出来事が起きた。
どうやら高等魔術学校が16歳の代からしか入学できないと勝手におれが思い込んでいただけだったようだ。
これでは今年から学校生活が始まってしまう……。
ん……?
だが、ここでおれはあることに気づく。
結局ニート生活をしてから高等魔術学校に入学したとしても3年間は学校に通わないといけないのだ。
つまり、今年から入学しても3年間忌まわしい学校に通うことに変わりはない。
だが、今年入学すればサラと3年間一緒というメリットがある。
しかも同じ学年でだ!
知り合いがいればおれとしても心強い。
むしろこれはチャンスなのではないか?
それに、サラもおれと一緒に学校に通いたいと言っていたのだ。
3年間一緒に学校生活を送れることはサラにとっても喜ばしいことなのだろう。
それは今のサラの笑顔を見れば、おれにだって理解できる。
自分の願いとサラの願い、どちらが大切なのかもう一度思い返してみる……。
これは今行くしかない!!
「父さん、おれサラと一緒に高等魔術学校に通いたいです!!」
おれは父さんに決意表明をする。
自分で言うのもなんだが、かなり強い意志を感じる言動だった。
「アベル……」
サラからの視線を感じる。
そして、なぜかアイシスとリノからもだ。
「あらあら熱いわね、ふふふっ」
母さんもニコニコとしている。
そして、父さんもだ。
「よし! わしに任せておくんだ。手続きは今から急いでしてこよう! ただし、大臣のわしが不正をするわけにはいかん。合格は自分の手で掴みとるんだぞ!」
父さんは自分の胸を拳で叩き、嬉しそうにそう言うと部屋を駆け出していった。
「アベル! 明日は頑張ろうね!!」
そして、サラはおれにそう言うとリノに連れられてエウレス共和国へと戻っていった。
中等魔術学校からいろいろな書類をもらいに行ったのだろう。
おれは特に書類は必要ないのだろうか?
まぁ、父さんが任せろと言っていたのだ。
問題はないだろう。
こうしておれは予想外にも12歳にして高等魔術学校を受験をすることになったのだった。
◇◇◇
そして、今おれはサラと受験会場である高等魔術学校の本校へと向かっている。
どうやって場所がわかるかだって?
案内してくれる者がいるのだ。
そう、おれの付き添い人アイシスだ!
おれもサラも学校の場所がわからなかったのだが、アイシスが昨日のうちに調べておいてくれたらしい。
本当にアイシスは有能だ!
あぁ、サラがリノを交通手段にコキ使っていることをおれはあれこれ言う資格がないな。
そんなことを思いながらサラとおしゃべりしていると無事に受験会場へ到着した。
アベルは前世のトラウマがあるので極力学校に通いたくはありませんでした。
サラとは年齢が2個離れているので彼女が三年生になったときにアベルが一年生として重なる1年間だけ学校に通えばいいと最近では思っていたんですね。
そして、彼女が卒業したら何か理由をつけて退学するのもありだと。
しかし、彼の計画は残念ながら上手くはいきませんでした。
それでも『80話 前世の記憶』の最後にあったように新しい人生で学校に挑む決意をします。
また、サラについてですが『39話 サラの中等魔術学校生活』でもあるように、サラは学校内では本気を出していません。
リノとの個別訓練のときにのみ本気を出しています。
サラの実力で本気を出せば中等魔術学校など1年間もかからずに卒業できますが、そうはせずに3年間かけて卒業することになりました。




