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86話 魔界からの脅威(2)

  「ハリス様、我々にできることなどありません。魔界から悪魔がやってきたら、ただ諦めて世界の崩壊を見ていることしかできないのです。そしてそれは魔族についても同じです」


  国王ダリオスはハリスの言葉の進言に対してそう答えた。

  しかも、今にも笑いそうな表情で淡々とした口調でだ。


  すると、周りにいた家臣や貴族もボソボソと小声で言い始める。


  「確かに魔界から魔族や悪魔が攻めてきたら我々に()(すべ)などありませんな」


  「もしも、悪魔が攻めてきたら今回のようにハリス様に説得してもらうというのがいいですね。魔族ならばハリス様と我々が手を組めば勝てる見込みはあるでしょう」


  先代の国王が崩御してからもう4年……。

  今の国王は明らかに先代に劣るし、何より王国を想っていないようにハリスは感じている。


  そして、好き勝手に言い出す者たち。

  ここの場にいる家臣はもちろん、この場にいる貴族たちも今日たまたま王城に居合わせたのではなく、普段から国王を訪れては忖度(そんたく)して媚びている者ばかりだろう。

  このような雰囲気になってしまったのも納得がいく。


  「どうしてそんなことを簡単に言えるのですか? 貴方はこの王国の(おさ)としての責任感はないのですか?」


  ハリスはこの国王ダリオスが嫌いだった。

  自然と強い口調になってしまう。


  するとダリオスはため息をつき、そしてハリスに尋ねる。


  「では、我々に何ができるのですか? 我々に魔界からの襲撃者たちと戦って散れとおっしゃるのですか?」


  ダリオスの言葉にはトゲがありハリスを責めるような口調だ。

  それに対してハリスも反論する。


  「いいえ、私が言いたいのはそうではありません。例えば魔族がやってきた際に、民たちを逃すために連絡網を形成しておくことや、避難経路を確保しておくことなどです」


  ハリスはダリオスに誤解を訂正するべく説明する。

  しかし、ダリオスはそれでもなおハリスとは対立する。


  「それではハリス様はもしも魔族や悪魔が攻めてきた際には、このカルア王国の民たち全員が無事に避難できるとお思いなのですか? それとも命を選別をして一部の者たちだけでも助かる道を模索したいのですか?」


  このカルア王国には五百万を超える国民がいる。

  有事の際にこの五百万人全員が逃げる事など不可能だ。

  仮に逃げ切れたとして、逃げた先でその五百万人の国民たちはどうやって生き延びるのだろうか?


  水は?

  食糧は?

  寝床は?


  到底国民全てを助けられることなど現実的ではないのだ。


  「私は決してそんなことは……」


  ハリスは言葉が詰まってしまう。

  それに対し、ダリオスは続けてハリスに意見する。


  「それに、魔族が攻めて来た際の避難経路を確保するとおっしゃいますが、もちろん国民たちにはそのことを知らせる必要がありますよね?」


  「しかし、国民たちだって愚かではないのです。有事の際には一部の上級国民しか救われないことを知った彼らはどうなるとお思いで? 庶民たちが暴動を起こすかもしれないのですよ」


  ダリオスの意見はごもっともだ。


  この男は変に物事を理論立てて言い訳をし、結局何も行動しないやつなのだ。

  そのくせ、自分では考えられない専門的ことは自分を慕う家臣や貴族たちに適当に任せ国家に損害を与えてきた害悪でしかない。


  しかし、今の状況はダリオスの言う通りかもしれない。

  そうハリスも感じてしまっていた。


  「だからこそ私はこの場にいる者たちにも知恵を貸して欲しいのです! 私もカルア王国のために王家への協力を惜しまない。そしてそれは逆もまた然り。それがテオの遺言のひとつでもあるはずです!」


  ハリスは感情的にこの場にいる者たちに訴えかける。

  しかし、悲しいことに彼女の言葉は誰一人に響かない。


  「我々人間風情にできることなどないのです。魔族や悪魔の襲来があったとしたら、それは避けられない自然災害と同様だと考えるしかないのです」


  ダリオスはそれだけ言うと席を立ち部屋を出て行こうとする。


  「どうやら今回の出来事は悪魔の仕業のようですが、ハリス様とその仲間の精霊により無事に解決したようです。後で改めて捜索部隊を送りましょう」


  ダリオスは家臣たちにそう告げる。

  そしてハリスとリノの目の前へとやってきて一礼する。


  「今回はハリス様たちのおかげでカルア王国は救われました。本当に感謝の意をどう表したらよいかわからないほどです。また後日、ハリス様のケガが癒えた際で構わないので改めて今日の出来事について話をお聞かせください。それでは……」


  ダリオスは数人の家臣を従えて部屋を出てゆく。

  彼の後を付いていく家臣たちもハリスたちに一礼だけして部屋を後にした。


  こうしてハリスの今回の出来事に関する国王への報告は終了したのであった。




  ◇◇◇




  「(おお)まかに説明するとこんな感じですね。やつは既に完全に諦めていて考えを放棄しています。私は決して諦めたくはないのです……」


  そう語るハリスさんの顔には絶望の色はなく、何か解決案はないかと考えているようだった。


  「やはりあの国王陛下ではこの件に関してよい結果は望めませんでしたか……」


  父さんは残念そうな表情でそう語る。


  今のハリスさんの話を聞いていると国王陛下の言うことも納得はできる。

  おれたち人類では魔族や悪魔に太刀打ちできないのだ。

  そして、五百万人はいるというこの王国の民たちをどう救うかなんかおれには全く想像できない。


  「アイシス、何かいい方法はないのか?」


  おれはアイシスに丸投げする。

  困ったときはアイシス。

  これがこの2年間の経験から最適解であるとおれは知っている。


  するとアイシスは予想外のことを言う。


  「魔界からの襲撃に対してはそれほど心配するはないでしょう」


  なんとアイシスは澄ました顔でそれだけ言って黙った。


  えっ……?

  それだけですか?


  おれを含め、周りのみんなも続きの言葉はないのかと待っているがアイシスは特に喋らない。


  「なんで、心配いらないんだ?」


  おれはこの空気に耐えられずアイシスに再び質問する。

  すると、彼女はいつもの口調で淡々と言葉を述べるのであった。


  「このことはあまり公言しないで欲しいのですが、人間界を含む下界に対しては、魔界から不必要な干渉を避けるために天使たちが派遣されています」


  「基本的に魔界からの厄介ごとはこの天使たちに任せておけば問題ありません」


  つまり、魔界から人間界へ侵攻は天使が守ってくれるということか?


  そういえば、カルアの大森林で天使カタリーナ——通称女神様に出会ったな!?

  あのとき女神様は天使としての仕事をしているって言っていたけどそういうことだったのか!


  んんっ?


  だけど、そうだとしたらおれとアイシスが女神様を追い払ってしまったからカルアの大森林がめちゃくちゃになってしまったとも言えるのか!?


  もしも女神様をあそこから追い出さなかったらカインズの襲撃に対して一緒に問題解決してくれたのではないだろうか?

  おれはアイシスの話を聞いてそんな風に思った。


  「そうね、アイシスの言う通りね。基本的に魔界と下界の種族の間にある能力の差は開きすぎている。魔界の種族が下界に干渉し、下界を破滅させないために天使たちが派遣されているの」


  「だから、魔界から魔族が攻めてくるっていっても基本的には天使たちに任せれば大丈夫よ」


  リノも天使に任せておけばいいと言う。

  これを聞いてサラや父さん、そして母さんもほっとしたような表情を浮かべる。


  何だよ、七英雄なんかいなくても人間界は魔族たちの脅威から守られているんじゃないか。

  おれはひと安心する。


  だが、おれの中で新たな疑問が浮かぶ。


  「天使たちが人間界を守ってくれるのなら、どうして800年前に魔族が攻めてきたときは七英雄たちだけで戦ったんだ? おれが知らないだけで天使たちも七英雄と一緒に戦ったのか?」


  おれは疑問に思って聞いてみる。

  特にだれに聞いたというわけではなかったがだれも答えない。


  その時、ハリスさんはどこか険悪な表情を浮かべていた。

  そういえばハリスさんは七英雄の時代から生きていたんだっけ?


  そんなことを思っているとアイシスが答える。


  「私やリノ様もそれについて調べたのですがわからないのです。七英雄たちが天使と共に戦ったと思われる記録は見つかりませんでした。ハリス様は何かご存知ありませんか?」


  アイシスは鋭い視線をハリスさんへと向ける。

  それに対し、ハリスさんはアイシスに何か怯えているようだった。


  「ごめんなさい……。私は何も知らないです。少なくとも魔族を相手に戦っていたのは七英雄様たちだけでした……」


  どうやら天使たちはかつて魔族の人間界侵攻から守ってくれなかったらしい。

  800年前には天使たちにそんな仕事が与えられていなかったという可能性も考えたが、今アイシスがハリスさんに質問していたことからそれはないのだろう。


  つまり、天使たちは守ってくれるときと守ってくれないときがあるということなのか?

  何だか少し不安だな……。


  天使といえど、いつでもどこでも人間たちを助けるなんて不可能なのだろう。

  それが可能なら最初からサラの護衛にリノを付けたりなんてしないもんな。


  「あら、そういえば今回の件に関してもどうして天使たちは守ってくださらなかったの?」


  そして、ここで母さんが気付いてしまう。


  今回、近くにいた天使を追い出してしまったのはおれとアイシスのせいなんです……。


  母さんはアイシスにまだ敵対心を持っている。

  さらにアイシスのイメージを悪くしたくないな。


  「ごめん!! おれ、天使がそんな重要な存在だって知らなくて昨日バッタリ出会った天使をここから追い出しちゃったんだ……。もし、あれがなかったらこんなに被害が大きくなってなかったかもしれない……」


  おれはみんなに謝る。

  責任を取れと言われてもそんなことできない。

  だけど、やっぱしっかりと説明しないとだよな。


  「アベル様、それほど気にしなくていいですよ。いつ魔族が人間界にやって来るのかわからないのです。結果として今回はタイミングが悪かったですが本来ならば問題にならないことでしょう」


  ハリスさんがおれを(かば)ってくれる。

  あの森で暮らすハリスさんにそう言ってもらえるとおれとしても少しは気が楽になる。


  「ハリスの言うとおりです。それに、今回のような魔王クラスの魔族相手には天使でも太刀打ちできません。結果としてアベル様がカシアスを呼んだことでみんな救われたのです」


  リノもおれをフォローしてくれる。

  ありがたい……。

  まぁ、カシアスを呼んだのはダメ元だったんだけどな。


  そして、この後も答えの出ない話し合いは続いた……。


  「つまり、現状では天使を頼るくらいしか私たちには道が残されていないのね」


  サラが考え込むように言う。


  「そうですね……。ですが不確定な要素も大きいですし、私たちで他の方法を模索していく必要があるでしょう」


  ハリスさんは不安そうにそう語った。

  そうだな、再び人間界が滅亡に追い込まれる可能性がある以上、おれとしても何かできることを考えておかないとな。


  あれ、でもなんでおれがこんなこと考えないとなんだっけ?

  サラと学校生活を送るだけのはずだったのにな。

  まぁ、別にいいか。


  ちなみに、後でアイシスに聞いたことだが冒険者ギルドの件でおれたちが追っている上位悪魔に関して天使たちは対応してくれないらしい。


  下界の現地の種族と悪魔が契約しているような場合において起こりうる問題は下界の問題として扱われるため、このようなケースは魔界からの不必要な干渉とは認められないらしい。


  つまり、今回バルバドさんが言っていたローブ姿の男が上位悪魔と契約している可能性が高いため、これは人間界の問題であり、魔界の悪魔の問題ではないということで天使たちは動いてくれないそうだ。

ハリスがアベルたちにした説明には国王との会話しか含まれていません。

ハリスの過去や七英雄との深い繋がりについてはここでは皆に話しませんでした。

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