77話 欠格の魔王 vs 氷獄の悪魔(2)
「見返してやるんだ……。おれを見捨てた連中を……おれを見下してきて連中を……。全ての不条理を覆しておれが魔王となり、どんな魔王より豊かな国を、強い国を作るんだ! そのためにおれは魔王にならなきゃいけないんだ!!」
カインズは風を操り暴風を発生させる。
彼を中心にして風が渦を巻き、大森林を呑み込んでゆく。
周囲には砂嵐が舞い、あまりにも強大な魔法の威力により大地が揺れる。
おれは最後に聞こえたカインズの魂の叫びが耳の奥に張り付いて離れなかった。
おれたちはカシアスの発動している防御魔法によって守られている。
そして、カシアスは風に打たれながらカインズの目の前に立ち尽くしていた。
「戦うしかないのですね……」
おれたちには聞こえなかったがカシアスはそうつぶやいた。
そして、カシアスが魔力を解放する。
すると、おれの全身に電流が走った。
いや、違う!
これはカシアスの放つ純粋な魔力だ。
カシアスが発している純粋な魔力がおれの身体を刺激しているのだ。
初めて感じるその魔力量に、おれの頭が理解できずにまるで電撃が身体中を駆け抜けたように感じたのだった。
カシアスの姿がだんだんとボヤけてくる。
おれは一瞬自分の活動限界を疑ったがどうやら違う。
カシアスの身を纏う漆黒のオーラがだんだんと透けてくる。
そして、気づくとカシアスの纏うオーラが白くなっていた。
その身を包む服は漆黒だが、髪も翼も放つオーラも白銀になっている。
もしかして、これがカシアス本来の姿……。
「やっと本気で戦う気になったのか……だが、おれは……お前に負けるわけにはいかないんだぁぁぁあああ!!!!」
カインズが叫びながら、その手に操る暴風をカシアスに向けて解き放つ。
先ほどまで高速で大きな渦を描いていた巨大なエネルギーを持った嵐がカシアスに襲いかかる。
カシアス……頼む、終わらせてくれ……。
おれはカシアスを信じることしかできない。
カシアスはゆっくりと瞳を閉じる。
「私も負けるわけにはいかないのです。やっと……お役に立てるときが来た——」
カシアスは瞳を開けるとカインズをはっきりと見つめる。
その顔には固い決意が表れていた。
誰も知らない、彼が心に潜めていた想いが……今、溢れだす。
カシアスに向かって光輝く白銀のエネルギーが収束してゆく。
カシアスが光に包まれてその姿が見えなくなって……。
彼を嵐が襲う瞬間、そのまばゆい光が解き放たれる。
そして、二つの魔法がぶつかり合った。
魔王クラスの者同士が解き放つ、強大な魔法の衝突。
その反動は衝撃波となり大森林を駆け抜けてゆく。
おれたちを守っている防御魔法にも激しい衝撃波がぶつかっている様子が伝わってくる。
そして、防御魔法に衝突する衝撃波が落ち着いてきたころに、突如として防御魔法が消えた。
おそらくカシアスが防御魔法の発動を解除したのだろう。
おれは大森林があったとは思えない、さら地となった大地を見つめる。
そこには、この戦場の跡地をつくりあげた二人がいた。
立ち尽くすカシアスと、地面に這いつくばり彼を見上げるカインズだ。
そして、細かく、キラキラとした雪が風に乗って辺り一帯に舞っていた……。
いつのまにか漆黒の姿に戻っているカシアスに白い粉雪が降りかかっていた。
そして、カインズが苦しそうに口を開く。
「どうあがいても勝てないのか……」
カインズは悔しそうな表情でカシアスを見つめてつぶやく。
「こんな勝負の勝ち負けなど、どうでもいいではないですか。貴方が私に勝るものなど数えられぬほどあります。私はそれが貴方の魅力だと思いますよ」
カシアスはカインズにそう告げる。
だが、カインズは納得がいかないようだった。
「ふざけるな! お前らはいつだってそうやって建前でおれを哀れむようなことを言う! だが、本当は心の底で笑っているんだろ! 弱者が叶わぬ夢を追いかける様を見て滑稽に思っているんだろ!!」
カインズはカシアスの言葉に噛みつく。
確かに、自分がどれだけ願っても手に入らない物を、それを持つ者たちに『君にはこんな物がなくても十分じゃないか』なんて言われても嫌味にしか聞こえないだろう。
それは手に入れた者だからこそ言える言葉なのだから……。
「私もヴェルデバラン様もそんなことは決して思っていませんよ。それに、貴方が魔王になろうとしている本当の理由は、先ほど語ったようなものではないのでしょう……?」
カシアスはそうカインズに尋ねる。
「何を言っている!? おれは復讐するために魔王になるんだ! この不条理な世界におれが間違いを突きつけてやるんだ!!」
カシアスはカインズのその言葉を聞いて、ゆっくりと語り出す。
「しかし、私にはどうしても貴方のその言葉が信じられないのです。ヴェルデバラン様たちから聞いていた貴方の人物像からはとても……」
ヴェルデバランという言葉を聞き、カインズは反応する。
「あの魔人がおれのことを……? あいつは、おれのことをなんて言っていたんだ?」
「どうせ卑怯で、愚かで、脆弱で、どうしてあんなやつが魔王を目指しているか理解できないとでも言っていたんだろ!!」
カインズは心の底に溜まっていたヴェルデバランへの思いを吐き出す。
「いつだってそうだった! あいつはおれが勝負を挑み、あっさりと負かすと哀れんだ目でおれを見るんだ!! この程度でお前は終わりなのか? 本当に魔王の息子で優等種なのか? とでも言うように!! あいつは——」
「違いますよ」
カシアスはカインズの言葉を遮りはっきりと断言する。
「魔王レオンハルト——彼の側近の一人にシモンズというヴァンパイアがいます……」
「シモンズ……だと?」
カインズはどうやらその名に聞き覚えがあるようだ。
カシアスの言葉に反応する。
「彼はヴェルデバラン様にかつてこう話していました——。『兄は、本当は種族や身分に関係なく、誰にでも優しく思いやりのある人なんです。ただ、兄はたった一つのスキルのせいで家族たちに見捨てられて……それで学院ではあんなことに……』——と。彼は今でも貴方のことを心から尊敬しているんですよ」
「そんな……弟は……シモンは今でもこんなおれを……」
カインズの瞳から涙がこぼれる。
「そして、それを聞いたヴェルデバラン様はこうおっしゃいました——。『おれは彼ほど、民や部下を思いやって魔王を目指している者などこれまでに見たことがない。その志で、彼ほどの魔王として相応しい者はいないだろう。ただ、『魔王』スキルがなければ魔王とはなれない、今の現状がおれは残念でならない』——と」
「そんな御二人からの話を聞いている限りでは、貴方のその魔王に対する想いが偽りにしか聞こえないのです。復讐……それが本当に貴方の本心なのですか?」
カシアスは改めてカインズにそう尋ねる。
すると、カインズは抵抗することをやめてゆっくりと語り出す。
「本当は……羨ましかったんだ……。憧れていたんだ……。あの魔人に……」
カインズはヴェルデバランについて語る。
「劣等種でありながら、恵まれない環境でありながら……他者に認められる実力を身につけて、いつだって仲間に囲まれて……。あいつが魔王になったと聞いたとき、おれもそんな魔王になりたいと思ったんだ」
カインズは誰にも語らなかった本心を今、この場で吐露する。
「だけど、本当は心の底ではわかってたんだ……。どれだけ探しても魔王になる方法なんてないことは……。それに、復讐なんて何の意味もないなんてことも……」
「だけど、それでも、おれはなりたかったんだ……。いつまでも変わらずに、こんなおれを信じて付いてきてくれるエルダルフのために、おれは……魔王になりたかったんだ……」




