63話 グランドマスター (2)
おれはヴァルターさんに悪魔カシアスを召喚することとなった経緯を話すことにした。
フォルステリア大陸で家族四人で暮らしていたこと。
おれと姉であるサラは七英雄の血を引いているということ。
家族で引っ越しをする前日、おれたちが暮らしていた村への魔族による襲撃があったこと。
そして両親を殺され、サラだけでも助けるためにおれは悪魔を召喚して契約したこと。
実はおれは養子で、かつて悪魔を召喚して本当の両親を殺してしまったのではないかということ。
また、召喚魔法は不思議と使い方がわかっており苦もなく使えたということ。
そして、ついでにサラと一緒の魔術学校に通うために資金稼ぎの旅をしている話もした。
ヴァルターさんは冒険者ギルドのグランドマスターということもあり、冒険者ギルドとのいざこざも話しておいた。
セルフィーたちのことはしっかりとチクっておいたのだ。
またおれが地球からの転生者であること、そして『魔王』スキルを持っていることだけは伏せておいた。
「魔界から魔族がやってきた……。これが本当ならば事態は深刻だ……」
ときおりヴァルターさんはおれの話を聞きながらぶつぶつと言っていた。
しかし、基本的におれを話を遮ることなく最後までしっかりと聞いてくれた。
「その年で本当につらい出来事を乗り越えてきたんだね……。君の話が本当だとしたら、おそらく稀なケースだろう。人間界で悪魔を召喚して生き残った者など七英雄様に助けられた者しかいないらしいからね」
ヴァルターさんはそう話す。
確かカイル父さんも昔そんなことを言っていたな。
「かつて悪魔を召喚したという人たちは、いったい何の目的で魔界から悪魔を呼び出したんですか?」
おれは疑問に思っていたことを尋ねる。
それは以前アイシスが言っていたことで引っかかることがあったからだ。
「目的か……実はだれにもわからないんだ。何しろその場にいた者たち全員が殺されているからね。ただ、悪魔を召喚するということは事前に他の者に伝えられていたそうだよ」
おいおい、それじゃ召喚現場を目撃した者は疎か、悪魔を直接見た人もいないのかよ。
だが、確かに状況的にそう考えるのが無難だよな……。
「ヴァルターさん。おれが悪魔に聞いた話では、悪魔という種族は他人に利用されることを心底嫌っているそうです」
おれはアイシスに以前聞いたことをヴァルターさんに伝える。
「もしも、かつて人間界で悪魔たちを召喚した者たちが私利私欲のために悪魔を召喚したのだとしたら、召喚者を殺すのが一般的な悪魔の認識だそうです」
そうだ。
悪魔というのは信頼関係を築いている場合を除き、他人に一方的に利用されることを嫌う種族らしい。
だからこそおれは、権力や自分の実力に奢った召喚術師たちは悪魔に殺されたのではないかと思う。
「なるほどな……。確かにその可能性はある。だが、その理屈だとなぜ君は悪魔たちを召喚したのに生きているんだい?」
ヴァルターさんは一部納得しながらも不思議そうな顔をしておれに疑問を投げかける。
マズい!!
確かにそれだとおれが生きている説明がつかない。
おれがこうして生きているのはカシアスたちに魔王ヴェルデバランの転生者だと思われているからだ。
だが、それをここで言うわけにはいかない……。
「私の主である悪魔がアベル様をたまたま気に入った。それだけです」
アイシスがおれとヴァルターさんのもとへ再び戻ってきた。
「それじゃ、アベルくんは運良く自分を気に入ってくれる悪魔を召喚したから生き残ったというのか。それは本当に軌跡とでも呼ぶべきことだな」
ヴァルターさんは直接悪魔であるアイシスの話を聞き頷いている。
助かったよ、アイシス。
おれは心の中でアイシスに感謝をする。
「それで、ヴァルターさんの考えは変わりましたか?」
おれはヴァルターさんに尋ねる。
アイシスもヴァルターさんから七英雄の話を聞きたいみたいだし、おれの話はこの辺で終わりにしたい。
「あぁ、そうだね。とても興味深い話が色々と聞けて僕としては大満足だよ」
どうやらヴァルターさんはご満悦のようだ。
見た目は少し浮浪者っぽいけれど、話してみると良い人だということがわかった。
おれ敬意を払って接するべきだと思った。
ちなみに彼と共にいる精霊体は精霊でレーナという名らしい。
彼女もときおり眉を潜めながらも、しっかりとおれの話を聞いてくれた。
「それでは七英雄について話してもらえませんか?」
アイシスはヴァルターさんを見つめてそう言った。
そして、ヴァルターさんはゆっくりと何かを考えた後に語りだした。
「実は僕の知っている話は真実であるかがわからないんだ。それは、僕の話す内容には証拠がないからね。それでもいいと言うのなら話そう」
ヴァルターさんは静かにそう告げた。
「えぇ、構いません」
アイシスはヴァルターさんに答える。
一体ヴァルターさんは七英雄の何を知っているというのだろう。
「僕の先祖はさっきも言った通り、賢者ロベルト=カルステンだ。かつて七英雄として魔族と戦い、世界が平和になった後は冒険者ギルドを創設した偉人だ」
ロベルト=カルステンか……。
初めて聞く名前だな。
その人が冒険者ギルドを作ったのか。
「そして、僕が知っているのは先祖代々からの言伝えだけだ。それが本当のことなのかはわからない。ただ、これは七英雄の血を引く者の中でも一定の基準を満たす者にしか伝えてはいけないとされている重要機密の情報だ」
一定の基準とは何なのだろうか?
この方法だと伝承は広まっていかない気もするけどな。
——っていうかそんなことよりも、そんな機密情報をおれたちに話してもいいのか?
「君たちを信用して話すとしよう。一つは七英雄様たちが生きていた頃……『神話の時代』という言葉についてだ。よく七英雄様たちを《神》と崇める者たちがいるが、もちろんここで言う《神》とは七英雄様のことではない」
えっ、そうなの!?
ニルヴァーナのエバンナなんかは狂信者のように七英雄カタリーナを崇めていたからな。
勘違いしてしまっていたぜ。
確かに『神話の時代』という名前であるからには神様が出てくるはずだよな。
七英雄たちが神様でないとすると本当の神様がこの世界にはいるのか?
「御伽噺では、かつて人間界には神々が住んでいたとされている。しかし、先祖からの伝承だと《神》は存在しないというものがある。これは僕の考えだが、七英雄様たちは《神》という存在の真理を知ってしまったのではないかと思う」
神は存在しないか……。
そもそも御伽噺を読んだことのないおれからしたら神の存在自体理解できていないんだよな。
「すいませんヴァルターさん、おれ七英雄の御伽噺って読んだことないんですよね。《神》っていったいどういったように描かれているんですか?」
無知なおれの質問にヴァルターさんは優しく答えてくれた。
「そうだな……今は英雄歴801年だよね。これは七英雄様たちが世界を平和に導いた年から暦を数えているんだ。そして、英雄歴が使われる前も人間界には文明があったとされている。まあ、300年ほどだけどね」
おれたちが暮らす人間界では英雄歴という暦が使われている。
ちなみに、おれが英雄歴を知ったのは一年前にアイシスと話していたことがきっかけなんだよね。
「そして、この300年の時代は『神授歴』という暦を使っており、《神》たちから文明を与えられた年から数えていたらしい」
「つまり、厳密に言えば『神話の時代』とは《神》たちが存在した時代であり、七英雄様たちが生きていた時代という意味ではない」
なるほどな、その《神》という存在によりこの人間界に文明ができたというわけか。
そして、七英雄たちは《神》は存在しないということに気づき子孫たちに伝えた……。
「じゃあいったい、御伽噺で文明を与えてくれたとされている《神》と呼ばれる存在は何なんだろうね? 少なくとも僕は悪の存在だとは思いたくないな」
「えっ、どうしてですか?」
おれはヴァルターさんに質問をすると、少し笑いながら答える。
「だって、《神》と呼ばれる存在のおかげで、僕らはエルフや獣人といった異なる種族とも対話し、共に暮らすことができているんだよ」
ヴァルターさんの発言がおれの中でなぜか引っかかる。
人間もエルフも獣人も、同じ人族ではあるが寿命や身体的能力、魔法能力などの違いがある。
かつて、《神》とやらが文明を与える前におれたち三種族は共に手を取りあって生きていたのだろうか?
いや、おそらくそんなはずはない。
おれは前世の記憶を辿る。
前世では同じ種族の人類ですら、生活の方法や文化、そして使う言葉も異なっていた。
そして、絶えず争いが起きていた。
この異世界ではそんなことはないのか……?
いや、あったはずだ!
それが《神》とやらの存在に無理やり統一させられたのではないか?
おれの頭に、かつてアイシスと話した内容が思い出される。
そして、一つ一つのピースが繋がってゆく。
——どうして人間界では魔界で魔族たちが使う言葉が使われているんだ——
——かつて魔界からやってきた者が人間界に魔界の言葉を伝えたのだ——
——人間界に文明を伝えたのは《神》とされている——
——七英雄たちは魔界からやってきた魔族たちと戦った——
——人間界への魔族侵攻の理由の一つとして《神》の裁きというのがある——
——そして、七英雄たちは《神》は存在しないことを知った——
おれの中で一つの答えが出る。
七英雄たちが知ってしまった《神》という存在の真理……。
「魔族が《神》だったんだ……」
『七英雄』という言葉が初めて登場したのはアベルとカイル父さんの会話の中です。
そのときに魔族の人間界侵攻について、原因とされているうわさの数々などの描写もありました。
気になる方は「6話 闇使いの少年(4) 」をもう一度読んでみてください。




