58話 ニルヴァーナ vs 漆黒の召喚術師(1)
「悪いね、おれは七英雄の名前すらろくに知らないんだ。あんたらの名前なんて聞いたところでどうにもならないさ」
おれとレンドラーは互いに剣を構えている。
さぁ、いつ攻撃を仕掛けてくる?
そんな風におれが男の一挙一動に注目しているときであった。
「お前……それでも人族かぁぁあああ!!!!」
突然、童顔女が叫びだした。
なんだ……?
いったい、何があったんだ?
「ちょっとエバンナ落ち着いて! あいつは下等な人間だから仕方ないのよ。それにレンドラーがアイツをしばいてくれるわ。だからねっ! ねっ!」
突如発狂しだした童顔女エバンナをひとつ結び女サンリナがなだめる。
「お前……覚えてろよ」
エバンナが怖い目つきでおれを睨む。
あれはいったい何なのだ?
最初見たときは、のほほんとしていた童顔の少女だったのに……。
「地雷を踏んだな」
レンドラーが笑いながらそう言う。
さっきのサンリナが怒っていたことといい、こいつらは自分たちがSランク冒険者であることを誇りに思っているのか?
だとしたら、今までのおれの態度に対して怒るのも頷ける。
「無知な子どもですみませんね。でも、そんな子どもの意見もしっかりと聞いた方がいいと思いますよ」
「そうかもしれないな。ギルドに連れて帰る途中でゆっくりと聞いてやろう」
レンドラーはそう言って、地面を蹴りだしておれに向かってきた。
そして、おれに向かって大剣をひと振りと斬りつける。
その動きはカトルフィッシュの剣士コウガよりも速く、そして美しかった。
おそらく人間界で最強クラスの剣士なのだろう。
ガッッッキーーーーン!!
おれはレンドラーの一撃を剣で受け止める。
もちろん魔力で身体強化もしているし、剣に魔力を流している。
普通に考えたら大男のレンドラーが振り回す大剣を、子どものおれが一般的なサイズの剣で受け止めることなどできない。
やはり、魔力というのはすごい。
まぁ、今のレンドラーの一撃は彼からしたら全く本気じゃないだろうけどな。
「なっ……」
レンドラーは想定外の出来事に驚き戸惑っている。
そして、一度距離をとっておれを信じられないモノでも見るような目で見つめる。
「今のでぼくの実力が少しでもわかりましたか? 本気で来てもいいんですよ」
やつらはおれを冒険者ギルドに連れて帰る気でいる。
殺そうとしないのは最初からわかっていた。
まぁ、あのエバンナって女だけはわからないけどな……。
「なるほどな……。おれらの名前を聞いても立ち向かってくるのは、ただのバカってことじゃないってのか。レンドラー、おれにやらせてくれよ」
リアンと呼ばれていたチャラ男がレンドラーに頼み込む。
おれとしてはだれがこようと構わない。
だが、チャラ男が相手だとおれの方が本気でやり過ぎてしまうかもしれないな。
「いや、お前らは下がっていてくれ。剣士として名を語っておいて簡単に引き下がることなどできない」
どうやらレンドラーは自分なりのポリシーがあるようだ。
「おれとしてはだれが相手でもいいんですけどね。なんなら早く終わらせて個人訓練がしたいんですよね。ですから四人まとめてかかってきても構いませんよ」
「きさま……人間風情が……」
人間嫌いと言っていたサンリナは歯を食いしばりながらおれを睨みつける。
その表情からはとてつもない憎悪を感じる。
「レンドラー!! そいつの腕の一本、二本くらい落としても構わないわ。死ぬより苦しい思いをさせてやりなさい!」
どうやらおれはサンリナの逆鱗に触れたようだ。
腕を落とされるのは困るな。
「同感だな……」
チャラ男も汚物を見るような表情でそうつぶやく。
「カタリーナ様……私にやつを殺すことをお許しください。あぁ、カタリーナ様」
エバンナは……あれには触れないでおこう。
目が逝ってしまっている……。
「一度私の攻撃を防いだくらいで調子に乗らない方がいい。次も油断しているようなら死ぬぞ」
レンドラーはそう言って再びおれに迫り来る。
さっきよりも早い。
人間にはとてもではないがマネできないその技を簡単にしてみせるSランク冒険者。
だが、おれはそれを容易く受け流す。
レンドラーの一撃をおれは剣で振り払ったのだ。
すると、レンドラーの大剣が真っ二つに割れ、剣の先端は高速回転して地面に突き刺さる。
レンドラーは一瞬何が起きたのか理解できなかったようだ。
そして、自分の持つ大剣が破片しか残っていないのを見てつぶやく。
「ばっ……バケモノか……」
レンドラーは目をカッ開いて驚いている。
おそらくこんな人間の子ども相手に全く歯が立たないなど想定できなかっただろう。
おれは剣に魔力を流し過ぎてしまいレンドラーの大剣を壊してしまったことを後悔する。
もっと、人間界最高峰の剣士の戦いを見ていたかったのに。
おれが現在使っている剣はカシアスが作ったものをアイシスから譲り受けたものだ。
2年間で成長したおれでは、人間界の普通の剣に魔力を本気で流すと、膨大な魔力を吸い込んだ剣が使い物にならなくなってしまう。
そこでアイシスにカシアスが作製した魔界の剣をもらったのだ。
だが、別にこれは魔界の剣でチートをしているわけない。
魔力がない者が魔界の剣を使おうものなら剣に魔力を根こそぎ持っていかれて最悪死に至る。
おれは自分の力にあった武器を使っているに過ぎないのだ。
「おいおい、マジかよ……何だよあの人間」
チャラ男が乾いた笑いをする。
「レンドラー、そこを退いて!」
サンリナのひと声によりレンドラーが突然姿を消した。
——といっても高速でおれの目の前からいなくなっただけなんだけどね。
そして、サンリナは間髪入れずにおれに向かって特大を魔法を撃ち込む。
ひとつひとつが大きさ1メートルはあるであろう複数の氷の刃がおれを襲う。
サンリナは無詠唱で氷刃を放ってきたのだ。
それに対しておれは魔法を応用させ、剣に炎をまとわせて氷塊を全て叩き斬る。
あの程度のスピードでしか発射できないのなら対策は余裕でできる。
サンリナの放った氷塊は炎の剣を前に完全に溶かされ無力化された。
「うそっ……」
サンリナは唖然とした表情でその場に立ち尽くす。
「クッソ、どうなっていやがる!?」
目の前で起きていることが信じられないリアン。
そして……。
「私がやるわ」
エバンナがおれの前に立ち塞がる。
不敵に笑うその少女におれは少しばかり恐怖を覚える。
元はといえば、このエバンナがおれを指名手配中のアベルだと気付いたことからはじまった。
まったく、資金調達のために指名手配犯たちを捕まえる旅のはずだったのに、逆に自分が指名手配犯となって冒険者に追われているとは……皮肉過ぎるな。
「貴方、七英雄様の名前すら知らないなんてこの世界に生きる価値がないわよ」
エバンナがおれに向かってそう言ってくる。
「七英雄がすごい人たちなのはわかっているさ。なんたって魔界の魔族たちを討ち破ったんだからな」
どうして急に七英雄の話なんかしてきたのだろうか。
これには何か意味があるのか?
もしかしておれの意識を誘導して何か企んでいるとかか……?
「そう思うなら尚更七英雄様について深く知ろうとするはず! 特にカタリーナ様!! カタリーナ様について知れば貴方も人間とはいえ、その罪を償い真っ当に生きようとするでしょう!!」
エバンナは活きいきとそう語る。
あぁ、そういうことだったのか。
おれは今までのエバンナの奇行のわけをやっと理解する。
これは前世の経験からもわかる。
エバンナは七英雄の一人、カタリーナのオタクであり信者なのだろう。
いや、そんな言葉で表現するのは生ぬるい。
あれはカルト信者といったところだろう。
ならば、ここは話を合わせるべきか。
「カタリーナ様! カタリーナ様ならおれも知っている。本当に偉大な方だ!!」
おれはエバンナにカタリーナのことならば知っていることをアピールする。
そして、おれの言葉を聞いてエバンナの表情が変わる。
「そうなのよ!! カタリーナ様は、ほんとっっっっうに、いと尊き偉大なるお方なのよ!!!! だから、私はいつかカタリーナ様を称える大神殿を造るのが夢なの!!!!」
エバンナはカタリーナの狂信者とでも呼ぶべき存在なのかもしれない。
この四人の中である意味一番怖い存在だな、うん。
「それはいい夢ですねー。ぼくもカタリーナ様はスパゲッティを広めてくれた素晴らしい人だと思いますよ」
おれは以前カレンさんに聞いて知っている知識を話す。
どうだ、食いついてくるか?
「スパゲッティ……? カタリーナ様の功績ではもっと称えるべき素晴らしいものはたくさんあると思うのだけれど? どうしてスパゲッティ??」
エバンナの様子が変化する。
マズい、これは嵐の前の静けさだ。
サラと10年近く暮らしてきたおれは直観でそう思った。
「そうそう! カタリーナ様の功績はもちろん他にもたくさんありますよね……。例えばその……えっと……」
おれは今までこの世界の常識を勉強してこなかったことを改めて後悔する。
エバンナは下を向き身体が震えている。
だがこれは恐怖によるものではない。
拳には力が入り歯を食いしばる姿が見える。
「貴方もしかして、カタリーナ様を単なるスパゲッティの布教者とでも思っているのかしら……」
あぁ、ヤバいな。
地雷を踏んでしまったようだ……。
「コロス……。貴様の罪は万死に値する! 楽に早々と死ねると思うなよ。私が可能な限りこの世の地獄という地獄を見せてからあの世に送ってあげるわ」
エバンナは恐ろしい形相でおれに向かって死の宣告を告げる。
その口調は憎悪に満ちており、本当におれにこの世の地獄という地獄を見せるつもりなのだろう……。




