56話 2年間の成長(4)
「劣等種のために魔王になった?」
おれは自分の想像していた魔王ヴェルデバランの像とのギャップに驚いていた。
「はい。それについては劣等種について説明しなければなりません。そもそも我々は生まれながらにしてスキルを持っていますが、その数に差はあれど最大所持数は5であると言われています。そして劣等種とは、スキル所持数が3つ以下の種族たちのことです」
おれは今までずっとスキルの所持数は3が限界だと思っていた。
劣等種とは肉体的な能力や魔力によるものだと思っていた。
しかし、現実はスキルの所持数で決まっている。
そして、魔界の上位種族である優等種たちは最大でスキルを5つも持っているということか……。
「例えば、人間であれば個体によってスキル所持数は1から3とばらつきがありますが、この場合最低値の1が種族としてのスキル所持数となります。つまり、人間はスキル所持数1の劣等種ということになります」
「そして、ヴェルデバラン様御自身はスキル所持数が5でしたが、種族としてはスキル所持数3の魔人であり劣等種です」
ヴェルデバラン自身はスキル5つ持ちだったのか。
今のアイシスの説明でスキル所持数3以下の種族が劣等種ってことは……。
「もしかして、スキル所持数5の種族とかもいるのか?」
おれは恐るおそる聞いてみる。
スキルの最大所持数が5で、スキル所持数3以下が劣等種と呼ばれているんだ。
その可能性は高い。
「はい。そのような種族も魔界には存在します。彼らは優等種であり、全ての個体がスキル5つ持ちです。そして、歴代魔王はヴェルデバラン様を除いて全て優等種です」
優等種の種族は全ての個体がスキル5つ持ち?
スキル1つ持ちがデフォの人間と差がありすぎて笑ってしまうぜ。
本当に神話の時代に魔族たちが人間界を攻めてきたというのなら、七英雄っていうのはどけだけバケモノだったんだよ。
「アベル様は先ほど御自身は実質スキル4つ持ちとお考えでしたが、スキルの所持数が3と4とでは実は能力において大きな差が生まれます」
おれは先程『魔法剣士』は『魔法使い』と『剣士』の融合型なのだとしたら実質はスキル4つ持ちと変わらないと考えていた。
しかし、アイシスはそうではないと言っていた。
そして、その理由は後で伝えると……。
おれは彼女の言葉を待っていた。
「実は人間界で言われているスキルとは魔界では『固有スキル』と呼ばれているものです。そして、人間界では知られてないようですが固有スキルとは別に『補助スキル』というものが存在します」
「補助スキル……?」
「はい。この補助スキルとは固有スキルとは異なり、生まれながらに持っているものでもなければ、どんなスキルを習得するか決まっているものでもありません。自分の意思で自由に獲得できるものです」
補助スキルなんていう全く知らない概念が出てきた。
生まれ持ってもいなければ、何を習得できるか決まってもいない。
そして、これは自分の意思で獲得できるだって?
「じゃあ、補助スキルは今すぐにでも獲得でいるのか?」
今のアイシスの話では現在おれは補助スキルに関しては何ひとつ持っていない。
どんなスキルが存在するのかはわらないが、自分の意思で手に入れられるのなら今すぐにでも欲しい。
「はい。お望みであれば、私が《付与魔法》という補助スキルを獲得する魔法を御教えします」
流石は何でもできるアイシスだ。
本当に頼りになるな。
「そして、この補助スキルに関してですが、固有スキルに付与するという形で、各固有スキルに最大で固有スキルの数だけ獲得することができます」
ん?
一度聞いただけではよくわからかったぞ。
「ごめん、アイシス。もう一度説明してくれ。こんがらがってしまってよくわからなかった」
おれはアイシスにもう一度説明を求める。
「そうですね。アベル様は固有スキル3つお持ちです。それぞれ『召喚術師』、『魔法剣士(闇&火)』、『魔王』とあります」
「そして、『召喚術師』のスキルに3つまで補助スキルを付与できるというわけです。同様に、『魔法剣士(闇&火)』、『魔王』にも3つずつ補助スキルを付与できます」
なるほどな。
固有スキルの数だけ、それぞれの固有スキルに補助スキルを付与できるのか。
「そして、『最大』というのは付与できる数は固有スキルのレベルが高ければという話です」
「そして、固有スキルの熟練度は先ほどの魔道具の波長や文字の色で紫、藍、青、緑、黄、橙、赤という順で表示されています。今のアベル様でしたら4つか5つの補助スキルを獲得できるでしょう」
どうやら、おれの場合3×3=9と9個補助スキルを獲得できるという簡単な話ではないらしい。
固有スキルのレベルか……。
さっき、人間が作ったといわれている魔道具で測定したときに表示されなかったのは『魔王』スキル。
そして、カシアスの作った魔道具でも赤色。
つまり、最低レベルということだ。
まぁ、『魔王』スキルなんてどう訓練したらレベルが上がるのかわからないしな。
「話を戻しますが、これがスキル所持数3つ以下の種族が劣等種と呼ばれる所以です。固有スキルだけ見れば、数の一つや二つの違いは強いスキルを持っていることで補うことができます」
「しかし、補助スキルを考えれば優等種は最大25個、それに対して劣等種は最大9個と3倍近くの差があります」
確かにアイシスに補助スキルの存在を聞いてから考えると固有スキルの数はとても重要となってくる。
それこそ、おれの『魔法剣士(闇&火)』は固有スキル単体で見れば固有スキル1.5個分くらいの強さはあるだろう。
だが、補助スキルの存在を考えれば、固有スキルで大事なのは一つあたりの強さではなく純粋な数だ。
それに、固有スキルは生まれながらに決まっていて自分で選べないのに対して補助スキルは自分で好きに獲得できるらしい。
補助スキルがどれほど強力なのかはまだ知らないが、歴代魔王がヴェルデバランを抜いて全員優等種なのを考えればおそらく強力なのだろう。
これが劣等種と優等種の差……。
おれは魔界から魔族の襲撃に備えたり、冒険者ギルドの一件でこれから上位悪魔と戦うかもしれないのだ。
無情な現実がそこにはあった。
「先程、《結界魔法》は魔王の魔力量が多ければ多いほど広範囲に渡って結界が張れると言いましたが、どれほど多くの魔力を持っていようとも結界の張れる範囲には限界があることがわかっています」
アイシスが話を戻して《結界魔法》について話し始める。
「ですから、人間界の何千倍もある広大な土地がある魔界において、62人の魔王が治めている国々というのは魔界のほんの一部の範囲なのです」
「そして、その限られた魔王たちの治める国に魔界にいる全ての種族が暮らせるはずなどありません」
「じゃあ、魔王の国に暮らせない者たちはどうするんだ?」
確かに、それだけ魔界が広いのならば多くの種族が住んでいるのだろう。
しかし、魔王が治める国には限りがある。
昔カシアスが言っていたが、もしかして隠れて暮らしているのか?
「魔界に住む者たちは、『魔王の治める国で安心して暮らしている』ごく少数の者たちと『魔王の治める国で暮らせないためにいつ死ぬかもわからない暮らしをしている』大勢の者たちに分けられます。そして、魔王の治める国で暮らせるのは基本的に優等種のみです」
どうしてだろう。
上手くは言い表せないがいい気持ちはしない。
別におれは魔界の種族との関わりなんてないのに……。
「どうして劣等種は魔王の国にいられないんだ?」
おれはアイシスに尋ねる。
「魔王も国を守る義務があります。魔界とは弱肉強食の実力至上主義の世界です。国の防衛のために民の中から軍を作る必要があり、戦力として劣等種より優等種の方が強いのです」
「ですので、優等種が暮らしやすい国家を魔王は作ります。それが結果として国を平和にし、豊かにするからです」
おれが元日本人だからなのだろうか?
そんなのおかしいじゃないか。
国のために民がいるなんて変じゃないか。
民のために国があるんじゃないのか?
そして、アイシスはどこか遠くを見ているようにして話す。
「そして、ヴェルデバラン様はその現状を目の当たりにし、自らが魔王となって、少しでも劣等種を救おうと劣等種たちによる国家を作ったのです」
魔王ヴェルデバラン。
なんて、かっこいいんだ……。
そして、アイシスがおれの目を見て話しだす。
「そんなヴェルデバラン様に私やカシアス様、リノ様は忠義を誓い仕えて参りました。そして、今でもアベル様に同様に忠義を誓っています」
アイシスは真剣な表情で改めておれに誓う。
このとき、おれの心は罪悪感でいっぱいだった。
おれは……本当は……。
「これから何があろうと私たちはアベル様に付き従います。どうかよろしくお願いします」
跪き、頭を下げるアイシスがおれの目の前にはいる。
その振る舞いからは、心からおれに尽くしてくれていることが伺えた。
そんな彼女の姿を見て、おれは一つの決意をする。
おれも今誓おう——。
「人間のおれに何ができるのかはわからない。だけど、おれはお前たちの役に立ちたい! だからどんなことでもいい。おれはそのためにならなんだってやるよ!」
アイシスたちを騙しているせめてもの罪滅ぼしとして、おれも本気でアイシスたちのために戦おう。
おれはそう誓った。
そして、おれはこの後アイシスに補助スキルを獲得する方法を教えてもらって、4つの《サポート》スキルを手に入れた。
それから固有スキルのレベルを上げるために今まで以上に訓練を重ねる日々を送った。
そして、数ヶ月後。
ゼノシア大陸でおれたちと冒険者ギルドとの関係を一転させる者との出会いがあったのだ。




