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50話 バルバドの物語(4)

  「ごめんなさいね……バルバド」


  ベッドで寝込みながらセシルはバルバドに告げる。

  セシルは疲労により仕事中に突然倒れてしまったのだ。


  「何を言っている。もうおれたちは若くはないんだ。少し働きすぎたのかもしれない。一度ゆっくりと休もうじゃないか」


  バルバドはセシルの手をとって優しくそう告げた。


  「そうね……。でも、やっとバルバドとお似合いの見た目になれたのに、家にいるしかないなんて退屈だわ」


  セシルは笑いながらそう言った。


  出会ったときは異質な若者と少女だったが、今では誰から見ても二人はお似合いの老夫婦だった。

  セシルはそれが少しだけ嬉しかったようだ。


  「そうだな。じゃあ、レストランをやめて二人で静かに暮らそう。また、昔みたいにどこかへと出かけよう。どこか行きたいところはあるか?」


  バルバドはセシルの手を握りながらそう伝える。

  思い返せば、レストランを始めてから忙しくてどこへも出かけられていなかった。


  また、昔のように二人で旅をするもの悪くない。

  バルバドはそう思っていた。


  「旅は苦しいわ、もう歳だもの」


  セシルはふふふっと笑いながらそう答える。


  「あのね、バルバド……わたしね、子どもが欲しかったなって、最近思うの」


  セシルが突然そう告げる。


  バルバドは驚いてしまう。

  セシルの口から子どもの話など一度も聞いたことがなかったからだ。


  「急に……どうしたんだ?」


  バルバドはセシルにそう尋ねる。

  バルバドの心がチクチクと痛み出していた。


  「わたしはただの人間だから、きっとバルバドより先に死んじゃうわ。そうしたら、あなたは一人ぼっちよ。わたし、あなたが心配なの。特に、一人ぼっちのあなたはね」


  セシルは真剣な顔つきでそう答える。


  「それに、子どもって二人にとってきっとかけがえのない存在だわ。とても、可愛くて愛おしい存在なのでしょうね……」


  バルバドはセシルの言葉を聞いて、かつて母の言っていた言葉を思い出していた。


  『お母さんはあの人のことを憎んでなんていないわ。だって、わたしにかけがえのない幸せをくれたんですもの』


  バルバドは100年以上の時を経て母の言葉の意味を理解する。


  「セシル……おれは……」


  「いいのよ、バルバド。わたしは、あなたがいてくれるで幸せなんだから。だから今まで子どもの話はしてこなかったの」


  バルバドはセシルの言葉を聞いて涙を流す。


  バルバドには彼女を愛している確信があった。

  人間のような醜い欲望に身を任せずに、純粋に彼女を幸せにしているという自信があった。


  しかし、それが結果として彼女に望みを言えない空気を作ってしまっていた。


  セシルを絶対に幸せにすると誓ったはずなのに、自分は彼女の望みを叶えてあげられない。

  彼女の気持ちに気づいてあげられなかった。


  後悔の念が彼を襲う。

  自分はなんて愚かなんだ……。


  人間なんて……。

  人間なんて……。


  かつてバルバドは人間を恨んでいた。

  (さげす)んでいた。

  しかし、セシルと過ごす中でその考えも変わっていった。


  人間は人間として、人間らしく生きているだけなんだと。

  時にそれは愚かに、そして醜く見えるのかもしれない。


  しかし、それは人間自身もわかっていた。

  セシルを含め、多くの人間と関わる中でそう気づいた。


  そして、人間は短い人生ながらもその中で幸せに生きている。

  それをセシルの日々の笑顔が教えてくれた。


  バルバドは涙を流しながら心の底から思った。



  人間に生まれたかった——。



  セシルの望む幸せを少しでも共有したい。

  セシルとともに老いていき死にたい。


  周りのエルフたちに何と思われようと構わない。


  おれは……セシルの望むことを何でも叶えてあげたかった。

  それなのに、おれは……。


  「人間になりたい……」


  バルバドの涙がセシルの手に落ちる。

  ぼろぼろと、何滴も何滴も……。


  すると、セシルはバルバドの顔に手を伸ばして優しく涙を拭く。


  「バルバド、あなたはエルフであり人間なのよ。だからそんなこと言わないで。それに、わたしはバルバドが側にいてくれるだけで幸せよ」


  セシルはそう言ってバルバドを引き寄せて抱きしめた。


  バルバドはセシルの胸の中で泣いた。


  これまでの人生に後悔もあるが、それでも今はセシルを幸せにするためだけに残りの人生を費やすことだけを考えようと決めたのであった……。




 ◇◇◇




  それからバルバドとセシルはレストランを売り払い長年暮らしてきた街を出た。

  そして、人口の少ないバルマという街で宿屋を営むことにした。


  宿屋ならセシルは夜だけ食事を提供するだけで済む。

  それに、定休日を多く作って二人でよく街の外を散歩したりした。


  だんだんと見た目もセシルの方が老いてゆく、身体の自由も利かなくなってゆく。


  それでも、バルバドはセシルを愛し、支え続けた。


  セシルが動けなくなると宿屋も店仕舞いをして、バルバドは一日中セシルの側で過ごしていた。


  二人で日向ぼっこをしたり、昔話をしたりして楽しんだ。


  どんなときも、どんなことがあっても、二人で過ごしていれば幸せだった。



  だが、二人に別れのときはやってくる……。



  セシルは意識がはっきりとせずに、最近では昔のことばかり淡々と語るようになっていた。


  しかし、そこには確かにセシルの想いが感じられ、ともに過ごした幸せな日々の思い出があった。


  だからこそ、バルバドもそんなセシルに話を合わせて会話をしていた。


  「昨日みた夜景は綺麗だったわね。また、連れて行って欲しいわ」


  「夜明けの海もよかったわね。バルバドったら珍しくはしゃいじゃってね。そんなに楽しかったの?」


  「あぁ……。楽しかったんだよ」


  バルバドも、セシルはもう長くないとわかっていた。

  セシルとともに歩んだ何十年という月日をバルバドは思い出していた。


  『ねぇ、お兄さん。お兄さんが持ってるそれって食べられるの?』


  『おれの名はバルバドだ。これからよろしくな人間』


  『わたしはセシルだよ。よろしくねバルバド』



  セシルと出会えて幸せだった——。



  『ねぇ、バルバド! 木の実を煮てみたんだよ。たべてたべて!』


  『助かる人間……』


  『おかえりなさいバルバド!』


  『なあ、人間。最近料理が美味しいのだが料理人でも雇ったのか?』


  『そんなわけないでしょ! わたしがバルバドのためを思って作ってあげたのよ』



  セシルがおれの人生に再び笑顔をくれた——。



  『わたし……彼のプロポーズを受けようと思うの』


  『でも、いつまでもバルバドに迷惑はかけられないの』


  『セシル。おれと結婚してくれ。セシルを絶対に幸せにしてみせるから』


  『うん……。わたし、とても幸せだわ。ありがとう、バルバド』



  セシルと結ばれて幸せになった——。



  『あのね、バルバド……わたしね、子どもが欲しかったなって、最近思うの』


  『子どもって二人にとって、きっとかけがえのない存在だわ。とても、可愛くて愛おしい存在なのでしょうね……』



  だけどまだ、おれはもっとセシルを——。



  『バルバド、いつになったらわたしをセシルって呼んでくれるの?』


  『必要があれば呼ぶ……。それ以外は人間で十分だろう』


  バルバドは弱々しくなったセシルの手を握り彼女に語りかける。


  「セシル……。おれはセシルを愛している」


  それはかつてプロポーズのときに初めて口にした言葉だった。


  セシル、きみはおれに色々なものをくれた。


  おれに再び生きる意味をくれた。


  おれに再び笑顔を取り戻させてくれた。


  おれに初めて愛することを教えてくれた。


  おれの何気ない日々に幸せを与えてくれた。


  だけど、おれはきみに何をしてあげられたのだろう。


  バルバドはセシルの手を握りながら涙して思う。

  すると、セシルは確かにその優しい瞳でバルバドをじっと見つめる。


  そして、セシルは最後に意識を朦朧(もうろう)とさせながら笑ってバルバドに告げた。


  「名前を呼んでくれてありがとう……わたしも愛しているわ……」


  セシルは愛するバルバドに看取られながら息を引き取った。


  「セシルーーーー!!!!」


  バルバドは涙が枯れるまで泣いた。

  生涯で初めて愛した人を失った悲しみは胸を切り裂き、これまで味わってきたどんな痛みより苦しかった。




 ◇◇◇




  セシルを失った彼はしばらく塞ぎ込み、空っぽの日々を過ごしていた。

  毎日セシルの墓を訪れては、自分は彼女にしてあげられることがまだあったのではないかとそう嘆いていた。


  ある日、そんな彼のもとへ一人のローブ姿の男が現れる。

  それは、バルバドがいつものようにセシルの墓の前で黄昏(たそがれ)ていたときだった。


  「愛する人を失った悲しみほど人生でつらいものはないですよね」


  ローブ姿の男が突然バルバドに話しかけてきたのだ。

  バルバドは話す気になどなれずに、変わらずにセシルの墓を眺めていた。


  「ご老人、どれだけ墓を見つめようと亡くなった者は生き返りませんぞ。くっくっくっ」


  男はバルバドの姿を見て笑い出す。

  歳を取り、おだやかになったバルバドだったが少しだけ気に障った。


  「何がおかしいんだ?」


  男に対して威圧的な対応をする。

  それを見て、男はバルバドに再び声をかける。


  「大切なお方なのでしょう? 眺めていても生き返りませんが、わたしの頼みを聞いてくれればその方を生き返らせて差し上げましょう」


  男の顔はよく見えないがどうやらニヤニヤしながら話しているようだった。


  死者を生き返らせる?

  何を馬鹿なことを言っているのだとバルバドは思った。


  「あまりふざけるなよ。死んだ者は生き返らない」


  バルバドは真剣な顔つきで男を睨みつける。

  すると、男はまた笑いながら話し出した。


  「くっくっくっ。もちろん、我々人類には不可能ですよ。そう、人類にはね」


  この男の言葉と同時に、男の背後に禍々しい魔力を持ったバケモノが現れる。


  バルバドは初めてみる存在だったがあれが何かはわかった。


  「まさか……上位悪魔か?」


  信じられない。

  悪魔との契約は全ての大陸、全ての国家で禁止されている。


  それに、おそらくこの魔力はただの悪魔ではなく上位悪魔。

  この悪魔一人で人類全てを滅ぼすこともできよう。


  「そうです! よくお分かりで。上位悪魔の力を借りれば死者の復活など容易いこと。どうですか、わたしのお願いを聞いてくれますかね?」


  気づけばバルバドは男の要求を呑み込んでいた。


  男の要求は記憶を失っている少女を数年に渡って教育しろというよくわからないものだった。

  しかし、それでセシルと再び暮らせるのならばお安い御用だと彼は思った。


  セシルを失ってから数年間、バルバドは後悔ばかり浮かんできた。

  今度こそセシルを絶対に幸せにしてみせるとバルバドは決意する。


  こうして、バルバドは男に言われた通りに少女がいるという森へと向かったのだった。

かつてセシルは母親に怒られるときにしか自分の名前を呼ばれることはありませんでした。

バルバドの告白の際、名前を呼んでもらったときに彼女が感じた喜びは言葉に表すことはできないでしょう。


本当はまだまだ書きたいことがあるのですが、ここらへんにしておきます。


次話からは再びアベルがメインで進んでいくのでよろしくお願いします。

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