47話 バルバドの物語(1)
今回から4話分はバルバドの過去編となります。
バルバドの人間に対する考え、冒険者時代の話、今は亡き妻との暮らし、そしてカレンと出会うまで。
それではお楽しみください。
その少年はゼノシア大陸のラーナ地方という場所のエルフたちの暮らす村に生まれた——。
少年の名はバルバド。
その村では唯一の人間とエルフのハーフだった。
村のエルフたちの認識は、人間とは愚かで弱く醜い劣等人種であり、七英雄様のように立派な人間もいるがほとんどの人間は生きるに値しない動物であるというものであった。
そんなこともあってか、人間の血を引くバルバドは幼い頃から事あるごとに村のエルフたちから嫌がらせを受けていた。
この村で唯一のハーフエルフだったバルバドだったが、それでも彼は純血のエルフである愛する母と、日々幸せに暮らしていたのであった。
しかし、少年も年齢が上がってくると色々なことを考える。
なぜ自分はハーフエルフなのか?
なぜ愚かな人間の血を半分も受け継がなくなくてはならなかったのか?
人間である父親は今どこにいて何をしているのか?
そんな疑問を持ったまだ幼いバルバドに、村のエルフたちは残酷な現実を突きつけた。
『人間であるお前の父親は、エルフである母親を口説いて一晩で捨てたのさ』
バルバドはとてもショックを受けた。
それまで彼は、父と母は愛し合って結ばれたが何らかの事情があって離れて暮らしていると思っていた。
例えば、この村の人間を蔑む雰囲気に耐えきれなかったとか、人間としての短い寿命を終えたとか……。
しかし、現実はどうやら純粋無垢な母親を人間である父親がたぶらかして捨てたというものだった。
おそらく、己の欲求に身を任せ、気高く美しい母を弄んだのだろう。
このとき、バルバドの心の中で何かが変わった。
人間とは短い寿命の中で、子孫を残すためにあらゆる種族に欲情する醜い動物。
エルフのように魔力に優れているわけでも、獣人のように肉体能力に優れているわけでもない。
ただ、七英雄を六人輩出したという過去の栄光に浸ってこの世界で威張り散らす弱者でしかない。
人間なんて……。
人間なんて……。
そんな人間の血を半分も受け継いでいることが憎たらしかった……やるせなかった。
バルバドは涙を流しながら心の底から思った。
エルフに生まれたかった——。
エルフとして生まれればこんなに差別されることも、自分自身を嫌うこともなかった。
しかし、母を恨んでいるわけではない。
それに母はとても優しくバルバドがこの村で生きていくための心の支えだった。
ある日、父親のことを知ったバルバドは母にこう尋ねた。
「お母さんは父親のこと、憎んでいないの?」
バルバドの母は息子が真実を知ってしまったこと知る。
そして、深く悩んでからこう答えた。
「あなたにつらい思いをさせてしまってごめんなさいね……。でも、お母さんはあの人のことを憎んでなんていないわ。だって、わたしにかけがえのない幸せをくれたんですもの」
バルバドは母の言葉に嘘偽りがないと感じた。
どうしてそんなことを思えるのか自分にはまだわからないが、母が本当に幸せそうな笑顔でそう答えているのを見てそう感じたのだ。
それから、バルバドは村の中で差別と戦いながらも母と幸せに暮らす生活を送っていた。
バルバドは純血のエルフと比べても魔力に優れており、なおかつ自分の身を守るために身体も鍛え上げた。
そして、村では狩りの仕事を任せられるようになる。
そんなバルバドが他のエルフたちから実力を認められはじめたときにそれは起きたのだ。
ある日、バルバドの母が体調を崩した。
バルバドは仕事を休み母の看病をしたがそれでも母の体調は良くならなかった。
村の医者も原因がわからず、どうすることもできなかった。
そこでバルバドは村から出て、母を治せる医者や治癒術師を探すことにした。
しかし、彼は村の外の色々な街で医者や治癒術師を探して絶望感に苛まれる。
母の治療をするには莫大な金が必要だというのだ。
それもそのはずで、医者や治癒術師をバルバドの村へ連れて行って、原因不明の症状に対して付きっきりで治療をしてもらうこととなるだ。
だが、村で狩りをして自給自足の生活をしていたバルバドにそんな大金を払える宛などない……。
そんなある日、街で治癒術師を探していたバルバドは冒険者ギルドという存在を知る。
冒険者となって魔物退治をしたり、市民の依頼をこなせばお金が手に入る。
難易度の高いクエストをこなせば大金が簡単に手に入ることを彼は知る。
そして、バルバドは自らの高い戦闘力で母を助ける資金を手に入れる決意をするのであった。
それからバルバドはすぐに冒険者ギルドで冒険者の登録をした。
登録料と年間費は払えなかったのでギルドに肩代わりしてもらって、まずは借金の返済から始めた。
市民からの依頼より、魔物を狩った方が時間効率がいい。
村で狩りをしていた頃の経験もあって、借金の返済は5日で終わらせた。
ほとんど不眠不休で活動したのだ。
しかし、借金の返済が終わってからはギルドからもらえる報酬は減ってしまった。
なので、まずは冒険者としてのランクを上げて報酬を上げることにした。
パーティーを組めば報酬の取り分は減ってしまう。
バルバドは一人孤独に冒険者として活動をしてラーナ地方では過去最短の1ヶ月でソロのCランクまで登り詰めた。
それからさらに3ヶ月間クエストをこなして母の治療ができるだけの資金を集めることに成功した。
バルバドにとって母は生きるすべてだった。
つらいことがあっても、母がいてくれることによってどんなことも乗り越えてこられた。
人間の血を半分引く自分のことは嫌いだったが、この人の血を半分引く自分のことは誇らしかった。
本当にこの人が母でよかったと思っていた。
そんな母を自分の手で助けることができるのだ。
バルバドは優秀な治癒術師二人を引き連れて母の治療をするために村へと帰還した。
しかし、村に着いて彼を待っていたのは亡くなった母の墓であった——。
聞けば、バルバドが村を去ってから母の症状はどんどんと悪化していったらしい。
本当に苦しそうでいっそ殺してあげた方が良いのではないかという意見も出ていたようだ。
比較的に症状が落ち着いているときに、母は常にバルバドのことを心配して帰りを待っていたそうだ。
しかし、母の身体はもたなかった。
バルバドの帰りを待ちながら彼女は静かに息を引き取ったそうだ。
バルバドは嘆き悲しんだ。
母の助けることができなかった。
母の最後を看取ることができなかった。
母に伝えたいことがたくさんあった。
バルバドに今残っているのはソロのCランク冒険者ということと、それによって手に入れた大金だけだった。
そんなくだらないものなど彼にとってどうでもよかった。
村のみんなはなんだかんだバルバドを心配してくれた。
バルバドの母の死を嘆き、バルバドに同情してくれた。
しかし、中には空気の読めない者もいて、人間と交わった天罰が下ったと陰でささやく者もいた。
バルバドは愛する母のいなくなったこの村にもういる必要はなくなった。
この日、バルバドは故郷であるこの村を去ることにする。
そして彼は二度と、この地に戻ってくることはなかったのだった——。




