45話 カトルフィッシュ vs アベル
アイシスと言い争いをした結果、彼女はどこかへと消えてしまった。
別におれは間違ったことをしたつもりはない。
おれたち人類とあいつら悪魔は絶対に分かり合えない存在なのだ。
そんなことを思っていたときにカレンさんの悲鳴が聞こえた。
おれはアイシスの言葉が頭をよぎりながらも、必死にそれを否定してカレンさんたちがいる一階へと向かった。
そして、たどり着いたおれが見たのはカレンさんを守ろうとして血を垂れ流すバルバドさんと、武装した四人組の男女だった。
おれは一瞬で状況を理解する。
四人組の三人はバルバドさんと対していた。
そして一人、魔法使いのような女がカレンさんに近づこうとしていた。
「おい!!」
自然とおれは大声を発していた。
おれの声に一階にいる全員がおれの方を向く。
「お前ら一体何してやがる……」
やつらはきっとカレンを追ってきたギルドの連中だ。
おれはあの四人組と戦う覚悟を決めた。
「アベルくん……」
カレンさんは顔をくしゃくしゃにしながらおれの名前を呼ぶ。
「何をか……。そこの女は逃亡者だ。だから捕まえにきた。それだけさ」
白髪の剣士が答える。
パッと見たところあいつが一番危険そうだな。
「あんなクソッタレギルドから逃げて何が悪い!そもそも事情を知らないお前らが口を出すな」
おれは一階に飛び降りる。
そして、バルバドさんの近くへと向かい魔道具を使って回復魔法をかける。
「バルバドさん、後はおれに任せてゆっくりと休んでください」
これはカシアスからもらった魔道具の一つであり、使い捨ての巻物である。
これに魔力を通すと低位の回復魔法が発動するのだ。
それを魔法の収納袋から取り出しておれはバルバドさんに使った。
「事情を知らないか……。小僧、お前の方こそこの件に関する事情をどれだけ知っているんだ?」
剣士の男はおれに問いかける。
「そうだな……確かにおれは本当は何もわかっていないのかもしれない。だからこそ、何か知ってそうなお前たちから聞き出すことにしようかな」
おれは魔力を解放して全力で制御する。
想定外を魔力を持つ、不敵に笑う子どもを見て四人組はおれに対する意識を変える。
「あなた、ただの子どもじゃないわね……」
魔法使いの女がつぶやく。
それに対して戦士と修道士も意見を出す。
「だが、所詮は子ども。戦闘経験は少ないのである」
「確かに、子どもにしては高い魔力を持っている。しかし、私たちの敵ではない」
戦闘態勢に入る四人組とおれ。
ここで、バルバドさんが口を挟む。
「アベルくん……。こいつらはAランクパーティーの冒険者たちだ。気をつけろ」
こいつらがAランクパーティー?
なるほどな。
確かに言われてみれば今まで出会った人間たちの中では一番強そうだ。
だが、おれが知っている魔族にも悪魔にもその力は遠く及ばないだろう。
「まぁ、やりすぎないように気をつけますよ」
おれはバルバドさんの忠告に返事をする。
おれの一言に腹を立てたのか剣士の男が前に出てくる。
「自らの力に驕っているな小僧……。お前ら、ここはおれに任せてくれないか。Aランク冒険者パーティー『カトルフィッシュ』の名にかけてこの小僧に現実っていうやつを教えてやるよ」
剣士がおれの方に向かって剣を突きつける。
そして、剣士の雰囲気が変化した。
魔力感知の苦手なおれでもわかる。
魔力を解放したのだろう。
「おれとしては四人まとめてかかってきてくれてもかまわないぞ」
「ぬかせ小僧……」
剣士が床を蹴り、人間離れした速度でおれに向かってくる。
だが、おれに反応できない速度ではない。
おれは収納袋から剣を取り出して対処する。
ガギッッッッン!!!!
おれと剣士の刃がぶつかり合ってギリギリと音を立てている。
剣士は少しだけ驚いた素振りを見せる。
そして、おれは強引に剣士を振り払う。
剣士は後ろに飛び抜き距離を取る。
「まさか、今のを止められるとはな……」
剣士はぼそりとつぶやいた。
「コウガのスピードに対応した? いや、それだけじゃない……あの子、全く力負けしている様子もなかった」
修道士の女が驚きを表す。
そして、何やら魔力を操っている気がするな。
あの女にも一応注意を払っておこう。
剣士の男は態勢を立て直すと再びおれに向かって剣を振るってきた。
おれはそれを丁寧にさばいて受け流す。
ガキッン! ガキッン! ガキッン!
剣士は何度も剣を振るうが、一度もおれに当てることはできない。
正直、この男は剣術に関してカイル父さんよりも長けている。
しかし、おれの訓練にいつも付き合ってもらっているアイシスには遠く及ばない。
「クソッ、クソッ……。お前、一体何者だ! その若さでなぜそれほどの力を……」
剣士は今までとは違って乱暴な口調で話す。
剣士が攻撃をやめたそのときだった。
音も無く、土の弾丸がおれの目の前に飛んできた。
おれは何も反応することは出来ずにたたずむだけ……そう思われていたのだろう。
土の弾丸が迫ってきておれの頭蓋骨を粉々に砕こうとする直前、その弾丸の方が破裂して辺りに土が撒き散らされる。
「えっ……」
修道士の女が唖然とする。
彼女は無詠唱魔法で土弾を使い、不意打ちでおれを攻撃した張本人だ。
先ほど、あの女が何かを企んでいると気づいたおれは闇の壁をいつでも発動できるようにしておいた。
そして、彼女の攻撃に対してピンポイントで闇の壁を発動して防いだのだ。
彼らからしたら一体何が起こっているのか理解できないだろう。
身体中を闇で覆ってもよかったのだが、闇属性魔法はやたらむやみに見せびらかす物ではない。
「おれが何者かって? 残酷な現実を生き抜いた、ただの子どもだよ」
修道士の女は足がガクガクと震え出している。
戦士の男は剣士の男にいつでも助太刀出来るように態勢を整えている。
魔法使いの女は……特に今のところ動きは見られない。
「どうした? まとめてかかってきてもいいんだぞ」
おれは挑発するように彼らにそう告げる。
すると、剣士の男が大きな声で叫ぶ。
「残酷な現実だ……。ふざけるな! お前みたいな小僧がそんなこと知るはずがない。舐めるなよ!!」
剣士の男がおれに突撃してくる。
今までで一番力強く速い一撃だった。
しかし、おれは剣に魔力を流し込んで一振りで彼の剣を叩き斬る。
彼の剣は真っ二つに折られ、破片が宙に舞う。
そして、おれは剣士の腹を目掛けて一突き拳を撃ち込む。
剣士は正面から床に倒れこんだ。
ふぅ……とりあえず一人は倒したぜ。
「すごい……」
バルバドさんの側に駆け寄ったカレンさんが言葉をもらす。
「「コウガ!!」」
戦士と修道士の声が重なる。
そして、一人の女が動き出す。
「ルメイ! あたしにバフをかけなさい!!」
先程まで何も動かなかった魔法使いの女が叫ぶ。
魔法使いは鬼の形相でおれを睨んでいる。
仲間がやられたことに対してだろうか。
「魔力強化!」
魔法使いに対して修道士が何やら魔法をかけた。
そして、三人で襲いかかってくる。
まずは、魔法使いの遠距離からの無詠唱魔法で炎の渦がおれに向かって放たれた。
熱気を帯びたその炎はフロアに転がるテーブルなどを焦がしながら向かってくる。
おれはそれを闇の壁で完璧に防ぎ切る。
そして、息つかぬ間に僧侶から放たれる土属性の無詠唱魔法。
先程もそうだが、おれの実力ならば躱すことなど容易い。
しかし、そうするとバルバドさんやカレンさんに魔法が直撃してしまう。
あいつらの目的はカレンさんではなかったのか?
おれはそんなことを考えながら魔法を発動する。
「氷弾!」
おれは複数の氷の塊を生成して、修道士の撃ち出した土の塊に、氷の塊を一発ずつ命中させて彼女の魔法を粉砕する。
そして、二人の魔法の後に戦士の男が飛び込んできてオノを振り下ろす。
おれはそれをあえてギリギリで躱して男にローキックをする。
すると、戦士の男も床に倒れ込んだ。
「何よ……あいつコウガやドウより強いくせに、氷属性魔法まで使えるの?」
「あたしの火撃が全く効いていない……」
修道士の女は震えだし、魔法使いの女は現実を受け入れられていないようだった。
まぁ、これだけ肉体的にも精神的にも四人組を叩きのめしたんだ。
これで無事に終わっただろう。
どうにかカレンさんを守ることができたな。
「まだだ……。まだ終わってねぇ」
しかし、コウガと呼ばれていた剣士が床にうつ伏せになりながらそう口にしていた。
今回のエピソードを読んで「Aランク冒険者たち瞬殺とか弱くない?」と思った人も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、彼らは強いです!
ただ、同じ人間で比べるとアベルとサラの強さが規格外なだけです。
アベルの説明は省くとして、サラに関しては第一章のカイルの発言で「○○魔術学校○年生レベル」のようなものがありましたが、あれはカイルがついていたウソです。
サラの本当の実力は既にソロのAランク冒険者よりも圧倒的に強く、アベルを除けば人間界最高峰の魔術師になれる素質を持っています。
今後、サラの秘密も追々明らかになっていくので楽しみにしていてください。