43話 人類と悪魔
おれはアイシスの言葉が理解できなかった。
「おい、バルバドさんが黒幕っていったいどういうことだよ!」
おれはアイシスを軽く怒鳴る。
この部屋は一階から一番離れていることもあり、おれたちの声も聞こえないだろう。
「すみません、アベル様……。あくまで可能性の話です。出会ったばかりで何の情報も知らない彼の言葉を全て鵜呑みにするのは愚かなことです」
アイシスは冷たくそう言い放つ。
「確かにおれたちはバルバドさんのことはよく知らない。だが、カレンさんがバルバドさんのことを家族同然の存在だって言っているだ! カレンさんが今までバルバドさんに育ててもらったって言っているんだ!!」
おれはアイシスに反論した。
それにカレンさんのことを抜きにしたってあのおじいさんは優しい人だ。
まるでおれが育った村人たちのような雰囲気で、温かい心を持っているのだ。
彼女の言うことは間違いではないのかもしれないが、その言い方がムカつくのだ。
「しかし、カレンには記憶がないのですよ?」
「だからどうしたんだ!? そんなカレンさんを家族同然に育ててくれたんだぞ!」
おれとアイシスの口論は段々と激しくなる。
「カレンの記憶喪失の原因にあの男が関わっている可能性はないのですか?」
アイシスはとんでもないことを言い出した。
「おい、いい加減にしろよ!」
おれは初めて本気でアイシスにイラついている。
思わず怒鳴り声を出してしまった。
だが、彼女もおれと同様に発言がとどまることはなかった。
「なぜカレンは記憶喪失の状態で馬車に乗せられていたのですか? なぜ偶然にも馬車から逃げ出したカレンはあの男と出会い、一緒に暮らすことになったのでしょうか? あの男が黒幕だとしたら全部つじつまが合いませんか?」
やはりおれはアイシスの言うことが理解できない。
どうしてカレンさんの記憶喪失でバルバドさんが黒幕となるんだ。
「いったい、どういうことだ?」
おれはアイシスへのイラつきを一度抑え、話を聞くことにした。
「まず、バルバドは何らかの方法でカレンの記憶を消し、奴隷商人のゲゼルにカレンを奴隷として売り払うことにした」
「しかし、馬車に乗せて運ぶ途中に魔物に襲われてしまった。そして、カレンは馬車から逃げ出して辺りをさまよった……」
「そうだな。だが、それだけが理由か?」
おれはアイシスに尋ねる。
「いいえ、最後まで聞いてください。馬車ということは従者も乗っていたはずです。従者はカレンが逃げたことをバルマにいるバルバドに伝え、バルバドは商品であるカレンを迎えに向かった」
「従者の顔は見られていてもバルバドのことは記憶にないはずですから、バルバドはカレンに自然な形で出会うことができます」
アイシスの言う通りだ。
記憶のないカレンさんが馬車を操縦するわけがない。
おれは従者の存在を見落としていた。
だけどおれは……。
「そして、バルバドは再びカレンの記憶を再び消す、または記憶を消す方法が二度目は使えないのならばカレンの心を巧みに掴み、カレンを再びゲゼルに奴隷として売る方法を考えた」
たとえ、仮の話だとしてもおれは心がムシャクシャとしていた。
そんなことあるはずがない。
「しかし、馬車から逃げ出したカレンは衰弱仕切っていた。回復魔法が使えないバルバドは街に戻り医者に見せることにした」
「だが、このことによってカレンの存在が街の住民たちにバレてしまう。密かに奴隷として売るためには施設には預けられない。そこでカレンと一緒に暮らすことにした」
アイシスの話には筋が通っている。
可能性の話だがおれにはそれを論理的に否定することができない。
「そして、バルバドはセルフィーを使ってカレンを奴隷にする計画を実行する。カレンがバルバドに懐き、家族として認めてくれた頃にセルフィーを差し向けた」
「セルフィーの要求を断れないカレンは不当な契約の下にギルドで働くこととなり、今日計画通りに奴隷となるはずだった」
アイシスは相変わらず真剣なまなざしでおれを見つめている。
「そんなはずはない! バルバドさんがそんなことをするはずがないだろ! それになんでセルフィーとバルバドさんが繋がっているんだよ。おかしいだろ」
おれはアイシスに感情的に訴える。
「バルバドは元Aランク冒険者と言っておりましたね。ローナ地方の副ギルドマスターであるセルフィーとの接点はないと考える方が難しいと思いますが」
確かにそうだ……。
だけど……。
「お前はなんでそんなことが言えるんだ! バルバドさんの家族を失った悲しみをカレンさんが癒してくれたんだ!」
「行く宛のないカレンさんをバルバドさんは引き取ってくれたんだ! なんでお前はそんなことを……」
おれはやっぱり悪魔のことを好きになんてなれない。
こいつらは魔界で生まれたときから一人ぼっちだったんだ。
こいつら悪魔はおれたち人類のように家族で支え合って生きることを知らないからそんなことが言えるんだ。
「その話も信用できませんね。本当にバルバドに妻は存在したのですか? アベル様が信頼なさっているカレンを含め、誰も見たことがないんですよね?」
「遺品があると話していましたが、それだけではその妻が存在した証明にはなりません。バルバドの嘘の発言であるとも考えられます」
アイシスは淡々と自分の考えを語る。
「……」
今のおれは黙ることしかできない。
論理的な意見を語るアイシスに感情的な意見をぶつけても問題は解決しない。
それでも……。
「それになぜ転移魔法が使えるのに今すぐに逃げないのですか? 一日待つ理由は何でしょう? 本当に妻が存在したとしてカレン一人だけでも転移魔法で逃すのが普通ではないのですか? この一日の間に別の計画を——」
「やめろ……」
おれの口から言葉が漏れる。
「アベル様……?」
アイシスはここで初めて表情を変える。
どうかしたのかと首を傾げる。
「いい加減にしろよ……。さっきから全部お前の妄想だろ。お前におれたち人類の何がわかるっていうんだよ!」
「いえ、アベル様。わたしが言いたいのは——」
「黙れ!!!!」
アイシスがびくりとする。
おれがアイシスの前でここまで激怒したのは初めてだ。
しかし、アイシスもめげない。
「いいえ、黙りません。アベル様は疑うということを知らなさすぎます。このままでは!」
「黙れと言ってるのが聞こえないのか!!!!」
おれはアイシスに再び怒鳴り散らす。
「お前ら悪魔には人と人との繋がりっていうものがわからないんだろうな。魔界で一人で生まれて生きていくお前たちにはな! だけどな、おれたちは違うんだよ。家族っていう繋がりがあるんだよ……」
おれはこの世界で幸せな繋がりがあった——。
「楽しいときは一緒に笑って、苦しいときは一緒に乗り越えて、苦楽をともに過ごす大切な存在なんだよ。例えそこに血の繋がりなんてなくったって家族として支え合っていくことはできるんだよ! 幸せに暮らしていくことはできるんだよ!」
血は繋がってなくても、あの日々はおれの宝だ——。
「だけど、悪魔のお前にはさっきの二人の姿を見ても、そういうことは何も感じなかったんだろうな。醜い欲望があって、損得の感情でしか繋がれない関係だって、お前はそう思って二人を見ていたんだな!」
おれの感情が爆発する。
そして瞳からは涙が溢れる。
こいつら悪魔にはおれたち人類のことなんて決して理解できない。
「わたしは決してそのようなことを言っているつもりはありません!」
アイシスが反論する。
だが、おれの感情は収まらない。
「いいや、違う! お前はハッキリとそう言ったし、そう思っているだ! だからあんなことが言えるんだ!! もうお前とは話したくない。どこかへ消えろ!!!!」
おれの言葉を聞きアイシスは震え出す。
少し言い過ぎたか。
いや、そんなことはない。
「申し訳ありませんでした……」
そう一言残してアイシスは突然消えた。
アイシスが消えた部屋でおれは一人孤独となる。
やっぱりおれは悪魔たちと仲良くやっていくことなんてできないんだ。
正体がバレないようにしながらあいつらを利用していくしかないな。
とりあえずアイシスがいないと転移魔法は使えない。
それはあいつだって賢いんだしわかっているはずだ。
明日になれば戻ってくるだろう。
そんなことを考えていたときだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
カレンさんの悲鳴が聞こえてきた。
彼女の身に何かあったのか?
まさか……本当にバルバドさんが!?
いや、そんなことあるはずがない。
違うだろおれ!
何をそんなこと考えているんだ。
原因はともかく今はとにかくカレンさんを助けるんだ!
おれはカレンさんの悲鳴が聞こえた一階へと急いで向かった。




