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3話 二人だけのひみつ(2)

  サラの制御できなくなった魔法が暴走した。

  抑えきれなくなった炎の塊がおれに向かって来る。

  そのとき、おれは死を覚悟した。


  目の前に炎が迫ったとき、おれはとっさに構える。

  無意識だったのかもしれない。


  おれの身体中に力が入って……。

  そして、目の前の真っ赤に染まった景色は一瞬で黒く染まる。



  おれは漆黒の世界に包まれたのであった——。




  ◇◇◇




  何も見えない。

  何も感じない。



  全てが無の世界。

  まるでそんな感じだ。



  さっきまでは、サラの放った火球(ファイヤーボール)とともに熱風が押し寄せてきていた。

  その熱風により感じていた熱はいつのまにか消えていた。


  今、おれの目の前に広がるのは漆黒の闇だけだ。

  もしかしたらおれは死んだのかもしれない。


  焼けつく炎に身体を(むしば)まれ、ここは死後の世界なのかもしれないと思いはじめた。

  もしかしたらそれは、この闇に包まれる感覚がとても心地よいものだったからかもしれない。


  自分ではどれほど時間が経ったのかはわからない。

  死を目の当たりにした時間はとても長く感じた。

  しかし、実際には数分しか経っていないのかもしれない。


  おれは目の前に広がる闇を振り払うように左手を前に伸ばし、そして振り払う。



  すると、光が差し込んできて視界が開けたのであった——。




  ◇◇◇



  あぁ、おれは生きながらえたのか。



  目の前にはうつむき泣き崩れているサラがいた。

  ひと目見た瞬間におれは彼女に泣かないで欲しいと思った。


  なぜ一番初めにそう思ったのかは自分にもわからない。

  けれど、きっとおれは彼女が悲しむ姿を見たくはないのだろう。


  「あべる……ひっぐ、あべる……」


  両手で顔を覆い俯いている彼女のもとへおれはそっと近寄る。

  おれが近づいたが彼女はおれに気づいていないようだ。


  「サラ。ぼくは平気だよ。だから次は気をつけてね」


  おれは優しい声で彼女に話しかけて髪を撫でた。


  なんと声をかけるべきなのかおれにはわからなかったが、おれ自身は彼女に対して怒ってはいなかった。

  そしてなにより元気になって欲しかったのだと思う。


  サラは顔をあげてこちらを向く。


  「うそ……。アベルなの? 生きてた。アベルが生きてた。うわぁぁぁああん」


  彼女はおれに抱きついてきて再び泣き始める。


  「ごめんね。お姉ちゃんが悪かったの。ほんとうにごめんね」


  サラは自分の行いを悔やむようにおれの胸に顔を埋めて懺悔を繰り返す。


  「ぼくはもう大丈夫だから。サラも泣くのはやめてよね」


  「ひっぐ……ひっぐ……。うん、わかった」


  サラを落ち着かせおれはこれからのことを考えた。

  今日のことは父さんたちに話した方がいいのかな。


  それと、おれを包み込んだあの闇はいったいなんだったのか。

  おれの中で様々な思考が繰り返されるのであった。


  「ねえサラ。今日のことは父さんに——」


  「やっ、やめてよアベル!」


  おれが話終わらないうちにサラが言葉を遮る。


  よっぽど父さんやハンナ母さんが恐いんだろうな。

  まあ、二人とも怒るとおれでもビビるレベルだし、6歳のサラにはしょうがないだろう。


  「わかってるよ。ぼくのそのつもりさ。今日のことは二人だけのひみつだね」


  「二人だけのひみつ」


  サラがなんだかニンマリと笑った気がした。


  まあ、今日こんな体験をしたんだ。

  サラだって反省しただろうし、大好きな両親に怒られてこれ以上悲しい思いをする必要もないだろうしな。


  「そういえば……。ねえ、アベル。さっきなんでわたしの魔法を受けても平気だったの?」


  「うーん、なんだろう。ぼくにもわからないんだけど闇の力が守ってくれたんだ」


  「はぁ? なによそれ!! アベルのくせに天才のお姉ちゃんの魔法を防ぐなんて生意気よ!! いいわ、明日からアベルを特訓してあげるわ」


  おやおや、きみはさっきまで泣いて反省していたんじゃないのかい?


  おかしな方向に話が向かいつつあるし、いったい何の特訓なんだよ。

  サラの魔法を防いだんだからおれの方が強いんじゃないのか?

  なんて言葉サラに言えるはずもない。


  「はぁ、じゃあお父さんかお母さんが見てる前でやろうね」


  「ええー!? そっそれはダメよ。パパとママにはその……。弱いアベルがもっと強くなったら見てもらいましょう」


  もしかしてサラは大好きな両親の前で弟のおれに負けるのを見られたくないのか?

  これを可愛いところがあるとみるのか、生意気なワガママなところがあるとみるのか。


  まあ、いいや。

  というかさっきの闇の力が使えるテイで話しているけど本当に使えるのか?


  よし、断っておこう。


  「でも、また闇の力が使えるかわからないし怖いからやめておくよ」


  「確かに。そっ、そうだよね。ん? 何を言ってるのよ! そのための特訓なんじゃない!」

 

  こいつ、今とっさに思いつきやがったな!

  おれを殺す気なのか?

  殺す気なんだよなきっと。


  それにドヤ顔がちょっとムカつく。

  まぁ、可愛いんだけどね。


  いや、おれはロリコンってわけじゃないぞ。

  おれは年上のお姉さん属性なのだ。


  あれ、でもこの世界ではサラは年上で……。

  あー、おれの中で色々と葛藤が起きている。


  話を戻そう。

  父さんの話で聞いたんだが、どうやらこの世界には魔物といった存在がいるらしい。


  見たことはないがおれに戦う力があるのならば自己防衛のためにそれを伸ばす必要はあるよな。


  「わかったよ。でも、それって父さんに頼んじゃダメかな?」


  「うーん。わたしと特訓して強くなったらいいわよ! まだダメだからね」


  この娘は自分が一番でないと気が済まないのかもしれないな。

  自分より強いかもしれないおれが父さんやハンナ母さんに褒められる姿を見たくはないのだろう。

  きっとそうだ!


  前世に友だちがいなかったおれは相当考えがひねくれている。


  「わかったよ。じゃあ、ぼくがひとりで闇の力を使えるように練習するよ。使えるようになったら一緒に訓練しようよ」


  「もうしょうがないわね。それでいいわ」


  サラは一瞬ニンマリと頬を緩めてからいつものように上から目線で許可をしてくれた。

  これでなんとかサラの魔法に殺されることはなさそうだ。


  あれ、サラとの特訓っておれが闇の力を使えるようにするためじゃなかったのか?

  おれが自分で闇の力を使えるようになったら必要ないじゃないか。


  いったいサラの目的はなんなんだよ!

  だけど、ご満悦状態のサラお姉さんにそんなこと口が裂けても言えないよな。


  おれは渋々とサラの条件を飲むのであった。


  「あとね。その……。さっきわたしのことサラって呼び捨てにしたじゃない?」

 

  おれは何のことか一瞬考えた。

  そういえばさっき泣き崩れているサラを見てとっさに呼び捨てで呼んでしまった気がする。


  「あの、ごめんなさいサラお姉ちゃん」


  おれは怒られないように即座に謝る。


  「べっ、べつにいいのよ。そのね、言いづらいんだけど……。うーん。わたしの魔法を一度は防いだんだし特別にサラって呼んでいいわよ」


  なんか、サラの様子がおかしい。

  どうしたんだ急に。

  おれはこの事態が理解できない。


  「いやいやダメだよ。これからもぼくはサラお姉ちゃんって呼ぶよ」


  そうサラに伝えると急にムスッとして不機嫌そうになる。


  「ちょっとアベル。あなたわたしの言うことが聞けないわけ? 呼び捨てにしてもいいって言ってるのよ! わかった?」


  「わかったよサラ……」


  サラに催促されて実際に口に出してみると少し違和感を感じる。

  今までお姉ちゃんと敬称を付けてしか呼んでこなかったからかもしれない。


  「そっ、それでいいのよ」


  サラは少し驚いた顔をしてすぐに後ろを向いてしまった。

  なんだが変な空気が流れる。


  「サラ。じゃあ、そろそろお家に戻ろう」


  「う、うん」


  そろそろお昼ご飯の時間となる。

  ハンナ母さんが家で待っているだろう。


  サラの手を引っ張りおれは森を抜けて家を目指す。

  サラはそっぽを向き顔を見せてはくれなかった。


  そしてこの日からおれは両親に隠れてひとりで魔法の練習をするようになるのであった。

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