320話 十傑の襲撃(6)
《セアラ視点》
バロンという悪魔を前に、私は大地に膝をついて息を切らす。
リノを前線にして、私は後方からの魔法支援という形で戦闘に臨んだが、バロンの圧倒的な力を前に私は崩れてしまう。
既に、私の魔力は切れてしまい、戦いに参加できなくなってしまった。
今はリノが一人でバロンと戦っている。
しかし、状況はいまだ劣勢……。
このままでは、リノもやられてしまうだろう——。
澄んだ水色の髪をなびかせ、華麗に宙を舞う上位悪魔バロン。
彼は両手に持つ双剣を使って、リノに襲いかかる。
まるで、舞を踊っているかのような独特のステップと、そこから繰り出される予測不能な攻撃を前にリノは押されてしまっている。
初めこそ、私が後方からリノに防御魔法を常時展開していたこともあり互角に戦えていたが、今のリノはノーガードでバロンと戦いを繰り広げている。
二人の間には明らかに実力差があり、リノが倒れるのは時間の問題であった……。
そして——。
「リノ!?」
バロンの双剣がリノに突き刺さり、彼女は致命傷を受けてしまう。
私は彼女に駆け寄ろうとした。
しかし——。
「ダメッ……! 来ちゃダメよ!!」
リノは身体に魔剣が突き刺さってるのにも関わらず、痛みを我慢して懸命にそう呼びかける。
そして、バロンはリノに突き刺した魔剣とは別の、もう片方の魔剣を私に向かって投げつける——。
投擲された魔剣は綺麗な直前の軌道を描いて私に向かい来る。
今の私にはコレを躱す体力も、防ぐ力も残っていない……。
このままでは、死ぬ——。
だけど、そんなバロンによる魔剣投擲を、リノが魔法を使って軌道を変えるのだった。
私に突き刺さるはずだった魔剣は、私を避けて後方へと着弾し、そして大地を抉るのであった。
「まぁ、あれは後でいいか。それより、君の方が先だ」
バロンは私の様子を見るなり、そうつぶやいてリノの胸を魔剣で抉る。
「ウッ……」
リノの苦痛に満ちた呻きが聴こえる。
どうやら、私の方はいつでも倒せると考えたのだろう。
バロンは明確にターゲットをリノに定めると、彼女の身体に魔剣をさらに深く突き刺す。
「まさか、アンタがここまでやるとは思わなかったよ、大精霊リノ。戦闘に関してはからっきしだと聞いていたけど、決してそんなことはなかった」
「アンタは一人の立派な戦士だった。だからこそ、ここで殺さなければならないのが悔やまれる。麗しき女性を殺めるのとはまた違った躊躇だ」
遠くからでよくは見えないが、それでもバロンの表情が明るくないのはわかった。
どうやら、彼は本心ではリノを殺めるようなことはしたくないらしい。
そして、リノはそこを隙を決して見逃さなかった。
「あら、随分と女性に甘いのね……。だけど——」
「まだ、私たちは終わるわけにはいかないのよ……!」
リノは至近距離からバロンに向かって特大の水属性魔法を放つ。
「何っ……!?」
バロンは急に出現した洪水クラスの水量に圧倒され、リノを逃してしまう。
そして、彼女は転移魔法を使って私の側へとやって来るのであった——。
ハァ……ハァ……。
リノの胸にはぽっかりと穴が空いており、修復不可能な致命的な傷を受けてしまったことを表していた。
そして、彼女は息を切らしながら私に最後の言葉を告げるのであった。
「セアラ、残念だけど貴女ともお別れのようね……」
「ちょっと……。何を言ってるのよ、リノ……?」
リノは真剣な眼差しで私にそう告げる。
もう、時間が残されていないことは私にもわかっていた。
だけど、それでも、この現実を受け入れることなんて……。
そして、リノは私に言い聞かせるように、優しく語りかけるのであった。
「このままでは、貴女までもバロンにやられてしまう……。それだけはさせるわけにはいかないの」
「だから……わかって。もうこれしか、方法はないのよ」
リノはそう告げると、何やら魔力操作をしはじめて、魔法を発動させる。
すると、彼女の胸に空いた穴を中心に、魔力が拡散されていく……。
「そんな……。リノと別れるのなんて、わたしイヤだよ。わたしならまだ戦えるから。だから、そんなことを言うのはやめて……!」
私は必死にリノへと訴えかける。
だけど、彼女が発動した魔法が止まることはなかった……。
「安心して、私は貴女の中で生き続けるのよ。だから、これからも……ずっと……」
そして、リノの声が徐々に途絶えていく。
既に彼女の身体を構成している魔力は光となり、彼女の姿は透けているのであった。
『楽しかったわ、セアラ——。ありがとう』
そんなリノの声が聴こえてきたかと思うと、彼女の姿はもうなくなっていた。
そして、リノの身体を構成していた魔力が少しずつと、私の魂に取り込まれていくのを感じるのであった……。
◇◇◇
《ルシェン vs カインズ》
「あぁ、つまらねぇ……。結局、この程度かよ。《欠格の魔王》と呼ばれているから多少は期待したのに拍子抜けだぜ」
十傑最強の男——ルシェンは倒れる男を横目に、そうため息を吐く。
彼の足元には、《欠格の魔王》と呼ばれるヴァンパイアの男が力尽きて転がっているのであった……。
互いのことは強者と知ってはいても、直接戦うことのなかった両者。
ルシェンは内心、拮抗した勝負になるのではないかと心の中で思っていた。
だが、力の差は歴然であった……。
そこにあったのは一方的な蹂躙であり、ヴァンパイアであるカインズが持つ脅威的な自然治癒能力を持ってしても、ルシェンの怒涛の攻撃を前には耐え切ることができなかったのだ。
そして、そんな戦いを終えたルシェンのもとへ念話によるメッセージが入る。
「んぁ……? あぁ、アンタか。こっちは問題なく終わったぜ……。全く、大したことなかったよ」
ルシェンはメッセージを送ってきた人物に対して、呆れたと言わんばかりの物言いでそう伝える。
そして、相手の人物からはアベルとユリウスの交戦についての情報が告げられるのであった——。
「へぇー、そうか。ユリウスのやつ押され出したか。こりゃ、ユリウスの時代も終わりかな……。あぁ、了解した。今からそっちへ向かう」
そして、ルシェンはそう言い残すなりこの場を後にするのであった——。




