314話 ユリウスの過去(10)
コミュニティを捨て、おれはシャロンと共に新世界を創ることになった。
奴にはやつなりの理想の世界というものがあるらしく、その為におれの力が必要なのだと話していた。
ただ、だからといっておれを使い捨ての道具のように扱っているわけではなく、あくまでも一人の仲間として尊重して接してくれていた。
だからこそ、魔王となって悪魔たちの国家を創りたいというおれの夢を叶えることを約束してくれたし、その為の協力は惜しみなくしてくれるということだった。
もちろん、その代わりにおれが協力すべき事はしっかりと協力するという条件が付いてはいた。
例えば、シャロンは《不完全な魂》という呪われた魂を持つ者を探しているらしい。
そして、その存在を探すには多くの人手がいるという。
そこで、おれが国家を創る協力をしてくれる代わりに、国民として招き入れた悪魔たちにも《不完全な魂》を探す手伝いをして欲しいというものであった。
特におれは断る理由もなかったので、これを承諾することにした。
そして、そんなおれは魔界中に散らばっている悪魔たちのコミュニティを訪れていたのだった——。
◇◇◇
「たっ……助けてくれ」
男の悪魔は怯えた表情で命乞いをして訴えかける。
これは魔界でも類をみない異様な光景であろう。
上位悪魔である彼はコミュニティ内では絶対的な権力を持っており、このような姿を晒すことはまずない。
それに、彼ほどの実力があれば魔界に生息する魔物であろうと、放浪している魔族であろうと、力でねじ伏せることができる。
しかし、今回ばかりはそうはいかなかった——。
怯える彼の瞳には、顔色ひとつ変えずに圧倒的な力を振るう冷酷な男が映っていた。
彼の右手には魔王の攻撃魔法すら凌ぐような威力を持った雷撃が込められている。
そして、そんな男からこの上位悪魔に向けて最後の宣告がなされた。
「では、もう一度聞こう。お前らはおれの軍門に降るか?」
このコミュニティには男を含めて、3人の上位悪魔がいた。
だが、誰ひとりとして突如現れた男に歯が立たないのであった。
「そっ、それはできない! 俺たちがいなくなれば、あいつらが生きては——」
上位悪魔たちは男からの誘いを断固として拒み続ける。
もしも男の軍門へと降ってしまえば、残された一介の悪魔たちが生きてはいけないからだ。
「ならば、ここで死ね」
その宣告と共に、男の右手からは白き閃光と雷撃が繰り出された。
そして、彼らの断末魔の叫び声が辺りには響き渡る。
「「「ギャァァァァア!!!!」」」
そして、3人の上位悪魔たちは消し炭と化したのであった——。
◇◇◇
おれは長い年月をかけて、悪魔たちのコミュニティを訪れては、そこにいる上位悪魔たちの勧誘をしていた。
そして、彼らがおれの配下に加わらないと決断するのであれば、そいつらを容赦なく殺してきた。
もちろん、上位悪魔たちを失ったコミュニティに存続の未来などない。
残された悪魔たちもやがて息絶えるであろう……。
おれがこんな悪行とも呼べる行動を取っているのにはわけがあった。
かつておれが願った、魔界にいるすべての悪魔たちを救いたいという気持ちがなくなってしまったわけではない。
本当ならば、おれはこの魔界に生きるすべての悪魔たちを今すぐにでも救いたい。
だが、それは叶わぬ夢だと知った。
この新たな力を得ても尚だ。
だからこそ、おれはシャロンの助言を受けて別の選択肢を選ぶことにしたのだった——。
おれが魔王となり国家を創れない理由は、魔族の魔王たちや天使たちが新たな勢力の出現を認めないということであった。
つまり、話し合いや説得などという手では決して魔王になどなれない。
だからこそ、おれはシャロンに与えられた力を——。
カシアスから奪いとった力をもってして、武力行使で他の魔王たちをねじ伏せて認めさせるという決断をした。
しかし、現段階ではすべての悪魔たちを国家でかばうことはできない。
一つの国家に属すことのできる人数の問題もあるし、力のない悪魔たちを外敵から護り切ることができないというのがあった。
武力行使をもってして、他の魔王たちを認めさせるということは、他のすべて魔王たちにとっておれが共通の敵となることだ。
つまり、60人もいる魔界の魔王たちすべてを敵に回すということでもある。
一対一の勝負であれば、どんな魔王だろうとおれは負ける気がしない。
それほどまでに、今のおれは圧倒的な力を手にしていた。
もしも、これが一対多になったどうであろう。
おれ一人で魔界にいるすべての魔王たちを相手にする……。
いや、それでも負ける未来はあまり想像できない。
しかし、彼らの手が他の悪魔たちにまで伸びるというのならば話は変わる。
仲間の悪魔たちをかばいながら、魔王の群勢を相手にするのは無理だ。
それに悪魔たちをかばってしまえば、弱みを晒すようなものだ。
他の魔王たちによって、多くの力のない悪魔たちが人質に取られて苦しむことになってしまうだろう……。
だからこそ、おれは自分の心を殺して今のこの行動に出たのだ——。
もしも、おれが上位悪魔たちを勧誘する過程で、従わない者たちを容赦なく粛清していくと魔界中に知れ渡れば、おれの冷酷無慈悲で惨虐なイメージが広がり、他の悪魔たちが魔王たちの標的となることはないだろう。
そうなれば、おれが本心としてはすべての悪魔たちを救いたいということが明らかになることはなく、他の悪魔たちに人質としての価値が生まれないからだ。
それに今は戦闘能力の高い上位悪魔たちだけを配下に加えておくことで、もしも他の魔王たちから攻められたとしても、おれの保護は最小限度で済む。
いずれ、この手ですべての悪魔たちを救ってみせる。
だが、今はそのためにこの手で多くの悪魔たちを殺めなければならない……。
後悔なんてしない——。
罪悪感など持ちはしない——。
これはおれの我儘で行なっているエゴだ。
誰かに頼まれたわけではないのだ。
恨まれ、憎まれ、蔑まれることはあっても、感謝させることなどない。
それでも、おれは働き続けないといけないのだ。
そうでなければ、おれはカシアスの死を無駄にしてしまうことになるのだから——。
◇◇◇
「ユリウス……。お前、正気なのか」
いつかこの時が来るとは思っていた——。
コミュニティを訪れ、上位悪魔を勧誘するとは、かつて俺のいたコミュニティにも出くわすということ。
ユリアンたちと対峙するということなのだ……。
「そうだ。選択肢は二つに一つだ。生きて俺に仕えるか、ここで死ぬかを選べ」
俺はかつての家族に再会しても、他のコミュニティでしてきた事と何も変わらずに仕事をこなす。
天秤にかけた結果、本当に護りたいものをこの手で壊し続けた末に、俺の心は荒んでしまっていたのだった。
もしも、ここでユリアンがこの誘いを断るというのならば、表情ひとつ変えずに彼を殺す自信があった。
最初こそ、悪魔をこの手にかけることには覚悟を持ってしてきていたが、いつからかそのような躊躇いは消え、殺せるという自信のような確信だけが残っているのだった。
「ユリアン……?」
俺の知らない悪魔がユリアンに呼びかける。
おそらく、俺がこのコミュニティを捨ててから新たに加わった家族なのだろう。
まだ幼い彼はユリアンがどのような決断を下すのか不安に思っているようであった。
そして、ユリアンは深く悩んだ末に結論を出す。
「わかった……。お前に……ついて行こう」
ユリアンは静かにそう告げる。
「そんな! それじゃ、おれたちは……!?」
上位悪魔ではない、他の悪魔たちの表情が曇る。
そして、彼らはユリアンに抗議をする。
だが、ユリアンがその決定を覆すことはなかった——。
「上位悪魔はおれとシエラ、マルチェロの3人だ」
「そして、あの日にお前とカシアスが助けたという少女アイシス。彼女もやがて上位悪魔へとなるだろう。この4人がこれからお前の配下となろう」
ユリアンは淡々とそう語る。
彼からは、コミュニティに属している他の悪魔たちとの別れを惜しむという様子は見られなかった。
アイシス……。
そうか、あの時の少女がユリアンの手によって保護されていたのか。
俺はアイシスと紹介された少女に目を向ける。
彼女は不安そうな瞳でおれをジッと見つめているのであった。
俺の脳裏にあの時の悪夢がフラッシュバックする。
消し去りたい記憶が鮮明に脳裏に過ぎるのであった。
この少女を助けるために、俺とカシアスは魔物たちと戦った。
そして、その後、俺はカシアスをこの手で殺めたのだ……。
「何か問題はあるか?」
ユリアンが俺にそう尋ねてくる。
「いや、ない」
俺は無機質にそう返答した。
そして、すれ違い様にユリアンは静かにささやくのであった。
「お前の身に何があったかは知らん。だが、俺が必ず救い出してやるからな。このままでは、カシアスのやつが報われん……」
このとき、俺の心の中で何かが揺れ動いた。
そして、枯れ果て荒みきった心ながら改めて誓うのであった。
絶対に、俺がお前たちを救ってみせる——。
ローブ姿の人物シャロンによって、ユリウスは自害することができないよう操られています。
ここでユリウスが何もしないのであれば、カシアスを殺めて魔力を奪いとってしまったこと自体が無意味となり、カシアスは無駄死にしたことになってしまいます。
だからこそ、彼は心を押し殺してかつての夢を叶える決意をしました。
もちろん、そこにはカシアスの救済も含まれています。
ユリウス編が長引いてしまいましたが、次回から再びアベル視点になります。
もうすぐ完結なので、最後までお付き合いよろしくお願いします。




