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313話 ユリウスの過去(9)

  おれは逃げ出した。

  それこそ、魔界の果ての果てまで向かうつもりで——。



  もう、おれには生きている資格なんてない。

  くだらない願望のせいで本来の目的を忘れ、最愛の弟をこの手にかけてしまった……。


  この罪は決して許されることのない大罪だ。

  仲間を大切に想う悪魔として、消えることのない十字架を背負うことになってしまった。


  だからこそおれは、かつてこんなおれを温かく迎え入れてくれたコミュニティを捨て、どこまでも逃げたのだ。

  誰もいない場所で、ひっそりと息を引き取るために……。



  だが、おれは自分の甘さを再び痛感されられることになる。

  ()()()から逃れることなど、そもそもできるはずがなかったのだ。



  「逃げても無駄ですよ。もう貴方は私から逃れることなどできないのですからね……」



  気づくと、おれの前には行く手を阻み、立ちはだかる精霊体の姿があった。

  ローブを身に纏ったこいつはおれの前に現れるなり、静かにそう告げるのだった。

  そして、おれはこいつの姿を見るなり感情に身を委ね、怒りを露わにする。



  「シャロン……。貴様ァァァァ!!!!」



  おれは右手に意識を集中させて魔力をかき集める。

  目の前にいる憎き精霊体を葬ろうと雷撃を放とうとしたのだ。


  だが、おれの右手に集められた魔力は一瞬で拡散してしまう。

  それから次の瞬間、胸に激痛が走るのであった。



  「グッ……」



  おれは思わず、胸を押さえてその場に倒れ込んでしまう。

  そして、そんなおれの醜い姿をあざ笑うかのようにシャロンは語りかけてくるのであった。



  「おや、何をそんなに怒っているのです? これは貴方自身が望んだ現実ではないですか」



  「どうして……。どうして、カシアスを……!!」



  おれは悔しさのあまり、思わずそう嘆きの声をあげる。


  昨日までおれに向けてくれていたあの笑顔を、こいつのせいで二度と見ることができないと思うと言葉にできない悔しさが込み上げてくるのであった。



  「おや、わざわざ私の口から説明する必要があるのですか……?」



  すると、おれに向けられたシャロンの手が輝き出す。

  そして、次の瞬間おれの頭にとある映像が流れ込んでくるのであった——。



  それはかつて、おれが魔物たちから身を潜めて暮らしていた地下都市の映像。

  そこには、一人で苦悩して葛藤するおれの姿があった。



  『こんなんじゃダメだ……!!』



  『もっと強く! 誰よりも……カシアスよりも強くなるんだ!!』



  がむしゃらに魔法を放って、強くなりたいと願っている男の姿がそこにはあったのだ。



  間違いない……これはおれの姿だ。

  そうだ、確かシャロン(こいつ)と出会って契約を交わす直前の……。



  「これは……」



  思わず、おれの口から声が漏れる。



  「そう——。ユリウス、以前に貴方が心の底から願っていた望みですよ。だから貴方の願いを叶える為に、手っ取り早くカシアスから魔力を略奪して貴方に譲渡しました」



  ちがう……。


  おれが本当に望んでいたことは、こんなものじゃないんだ……。



  「よかったですね。これで貴方の願いは叶いましたよ。もっと強くなりたい。カシアスよりも強くなりたいという夢がね——」



  「カシアスからあれだけの魔力を奪いとったのです。カシアスは転生したとしても、劣等種並みの力しか持てないでしょうね」



  楽しそうに語っているシャロンの声が、おれの胸に突きささる。


  おれが悪いのか……?

  強くなりたいと、そう願ってしまったおれが悪いっていうのかよ……。



  「かえせ……」



  「はい……?」



  おれのつぶやきにシャロンが反応する。



  「カシアスを……弟を返せぇぇぇぇ!!!!」



  そして、おれは今もっているありったけの魔力を一気に放出して、目の前にいるシャロンに解き放つ。

  カシアスから奪った魔力の影響もあり、今までとは桁違いの威力の電撃がシャロンを襲うのであった。




  ドオォォォォーーーーッッン!!!!!!




  一瞬にして、シャロンは真っ白な光に包まれ、直後に激しい爆発に巻き込まれる。

  これほどの威力の電撃を受けては、まともに生きていられるはずがない。


  攻撃魔法の破壊力を見た瞬間はそう思っていた……。

  しかし、なんとシャロンは無傷の姿で現れるのだった。



  「醜い……。本当に醜い男ですね」



  そして、シャロンがそう告げるなり、再びおれの胸が締めつけられるように苦しくなる。

  思わず、おれは再びその場にうずくまってしまうのだった。



  「お前は本心を隠し、理想を語るペテン師でしかない。お前が望んでいたのは、悪魔たちの平和などではなく、己の見栄や虚栄から来る承認欲求を満たすことなのだ」



  「それを自覚しろ、偽善者めが——」



  おれはシャロンの言葉を受け、己の甘さと醜さを痛感させられた。



  確かに、おれは見栄を張っていた。

  カシアスよりも強くありたかった。

  それは理想の兄貴でありたかったからだ。


  弟にかっこいい姿を見せたい、尊敬されたい。

  そう思っていたことを認めよう。



  だけど、それでもグスタフやユリアンたちに助けられた時に感じた幸せは嘘じゃなかった。

  絶望するしかなかったこの人生で、救いの手が差し伸べられたことが何よりも嬉しかった。


  だから、おれは国家を創りたかったんだ。

  それでおれのように苦しむ悪魔たちを救いたかった。



  だけど、もう遅い。

  もうおれは……。



  「さぁ、それではこれから私の為に働いてもらおうじゃないか。共に、理想の世界を創ろう」



  おれの胸が締めつけられる。

  シャロンの言葉に逆らうことはできなかった。



  「まずは仲間を増やしましょうか。人手は多ければ多いほどいい。ただし、それなりに有能な者たちに限りますけどね。ふふふっ……」



  「新たに芽生えたその力があれば、造作もないことでしょう。そして、私の為に《不完全な魂(ハーフピース)》を探してもらうとしましょうか……」



 《不完全な魂(ハーフピース)》……?



  はたしてそれが何かはわからないが、それでもシャロンの計画におれが利用されるというのだけは確かなようだ。



  それと、自分の中ではっきりとわかることがある。

  もはや、今のおれは自分の意思で命を絶つことができない。

  死ぬまで、シャロンの操り人形として生きるしか道はないというのだろうか……。



  いや、そんなことは絶対にさせない……!



  この恨みは決して忘れることはない。

  どんな形でもいい。

  いつか、カシアスの仇を取ってやる。



  おれは心にそう誓うのであった——。

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