30話 魔王ヴェルデバラン
おれは悪魔と契約した。
カイル父さんとハンナ母さんに禁じられていた召喚魔法を使い悪魔を呼び出した。
さらには、国の法律でも禁止されている悪魔との契約を交わしてしまった。
だがおれは何一つ後悔していない。
あの場面で他にサラを救い出す手段なんておれにはなかったと思う。
おれは約束や法律を破ってでもそれをやり遂げたことを誇りに思っているし、後悔などしない。
ただ、サラ一人を残して死ぬことには不安もあるのは確かだ。
おれはまだ生きている。
サラとこれからも暮らしていけたらどれだけ幸せだろう。
もうおれたちには家族が残っていないのだ。
この世界の悪魔が、前世での知識の悪魔と同様ならばおれを生かしているのは、こうやっておれが苦しむのが目的なのかもしれないな。
そして今おれの目の前には悪魔がいる。
彼がおれの命を握っている。
初めて召喚したときとはまた違った絶望感を感じる。
「アベル様お目覚めになられて何よりです。私事で少しの間、席を外しておりましたがただ今戻りました」
カシアスはおれが回復したことを確認すると、頭を下げ建前上の謝罪する。
「カシアスの部下のおかげで回復したよ。ありがとな。それで、おれをどうするんだ? おれとしては早くしてもらいたい」
おれはカシアスに尋ねる。
サラを助けるのをあれだけ手伝ってもらった立場で言える義理ではないが、できれば早くして欲しい。
彼女を悲しませたくないため、彼女の目の前で殺すなんてことはやめてほしい。
「そう言っていただけるなど身に余るほど光栄です。アイシスもアベル様に尽くせて喜んでいることでしょう」
「さて、それでは本題に入りましょうか……」
こいつら悪魔はきっと取り入るのが上手いのだろう。
劣等種であるおれにここまでへりくだる必要などないのにな。
そんなことを思っていると、カシアスが笑顔から突然真剣な顔つきになる。
「こうして直接、貴方様とお話するのはいつぶりでしょう。遠き日の思い出が次々に甦ってきます」
ん……?
何を言ってるんだカシアスは。
おれは周りを見渡すが誰もいない。
たぶん、おれに向けて言っているのは間違いないはずだ。
そして、カシアスは続ける。
「おかえりなさいませ。ヴェルデバラン様」
「おかえりなさいませ」
カシアスが膝をつき、おれにこうべを垂れる。
そして、それにアイシスも続く。
「はい……?」
おれの頭はクエスチョンマークがいっぱいだ。
とりあえず何か食い違いが起きて……。
「アベル様、貴方様は我が主、魔王ヴェルデバラン様の生まれ変わりであられます」
カシアスの言葉を聞き、頭がフリーズした。
おれが……魔王の生まれ変わり?
少しずつ言葉は理解できて……。
『いやいや自分は地球から転生してきた人間なんですけど!?』
心の中でおれは密かにツッコミを入れる。
なぜこんな事態になっているのかわからないが、どうやらこの悪魔たちはおれを魔王の転生者だと思っているらしい。
確かに、おれは転生者だが地球という魔法なんて存在しない星の落ちこぼれの人間だぞ?
『ベルなんちゃら』なんていう魔界で魔王なんかやってるエリート中のエリートの転生者だなんて間違えることすらおこがましいぞ!?
「えっと……」
どうしたらいいんだ。
とりあえず……。
「おれは、お前たちに殺されるんだよな?」
おれは今まで勝手に思い込んでいることを一応確認してみる。
悪魔と契約した者は歴史上七英雄に助けてもらった者以外は殺されたらしいんだ。
「殺すですって!? とんでもございませんアベル様! 私たちはアベル様をお守りするために行動しているのですから」
カシアスはおれの発言に慌てて誤解を訂正しようとする。
おれ……死ななくてもいいのか?
おれはサラとこれからも……。
突然、おれの目の前に希望が見えてくる。
いやいや、こいつらは悪魔だ!
おれをぬか喜びさせてから落とす気なのかもしれない。
騙されてるのかもしれないぞ、おれ。
しかし、どうするんだ。
おれはこれから何をすればいいんだ?
もしも、こいつらが本当におれを魔王の生まれ変わりだと信じ込んでいるのだとしたら、おれが地球からやってきた人間だって話すのは愚の骨頂だ。
せっかく見えてきた生きる希望を捨てるようなものだ。
それに、こいつらの言っていることが嘘だとしても、どうせおれが死ぬことには変わらない。
だとしたら生き残れる可能性にかけて魔王の転生者だと振る舞うのがこの場の正解なのか。
おれの中で結論が見えてくる……。
「そうか。久しぶりだなカシアス、アイシス。会えて嬉しいよ。ハハハッ、ハハハッ」
おれは自然に振る舞うつもりがカタコトで喋ってしまう。
ヤバい、不自然過ぎる。
失敗したのか……。
「ふっ……。アベル様、記憶が戻ってらっしゃらないのですよね? 無理に演じられなくても結構ですよ」
カシアスは笑って気づかいをしてくれる。
ヤバい、速攻でバレた。
そりゃあんだけ知らないテイで話してるんだしバレるよな。
ここは、最初から記憶を失っているテイで話すのが正解だったのか?
「ヴェルデバラン様。転生することで高い話術を身につけジョークなるものを覚えてらっしゃるとは流石でございます」
アイシスが真剣に感服しましたみたいなノリで言ってるけど本気なのかよ!?
さっきのやつのどこがジョークなんだよ。
異世界クオリティわからねぇ。
それに、これで高い話術って魔王様どんな口べたキャラなんですかい!
おれはこの事態に困惑している。
どうしよう、上手く状況が整理できないぞ。
「そうか、すまないな二人とも。おれ何も覚えてないんだ」
とりあえず、ここはお茶を濁しておくのが最善だろう。
それでおれはどうなるのだろうか。
魔王というからには魔界に連れていかれてしまうのだろうか?
そうしたら結局サラとはお別れしてしまうことになる。
せっかく生きられる可能性が出来たのにそれはつらい。
「それについては構いません、アベル様。これからのことは私とアイシスにお任せください」
「えっと……おれはその……魔界に連れていかれたりするのか?」
おれはカシアスに尋ねてみる。
魔界とはおれのイメージだと恐ろしいなんてレベルではない世界だ。
少し気を抜いたら死ぬような世界なのだろう。
カシアスやアイシスが怯えながら暮らす世界……あれだけ強かったエルダルフですら誰かに仕えているような口ぶりだった。
おれは絶対に魔界になんか行きたくないぞ!
「それも悪くはありませが、アベル様には命を懸けて救うほどの大切なお方がいられるようですからね。今の彼女を魔界に連れていけばすぐに絶命するでしょう。ですので、しばらくはこの世界で暮らすのはいかがでしょうか?」
カシアスからのまさかの提案を受ける。
えっ?
本当にそんなんでいいのかよ。
悪魔との契約ノーリスクハイリターンじゃんか!
「それがいい! それで頼むよ、おれ——」
「もちろん……」
おれの言葉をカシアスが遮る。
「私もアベル様に仕えるためにこの世界に残りますがね」
おれの思考が再び停止する。
カシアスが一緒に……人間界に?
「それって何日くらいだ?」
おれはすぐさまカシアスに尋ねる。
「もちろんアベル様がその命をまっとうされるまでで御座います。アベル様と私は死が二人を分かつまで契約をして結ばれているのです。一緒に行動するのは至極当然のことです」
死ぬまでだって……?
おいおい冗談じゃないぞ!?
おれは死ぬまで自分が魔王の転生者じゃないってことを隠しながらカシアスと過ごさないとならないのかよ!?
ストレスで先に死んじまうぞ。
「カシアス様。探し求めていたお方が見つかり本当に嬉しそうです」
「えぇ、アイシス。それはそれは、長い間探していたのですからね……」
悪魔たちがおれの目の前で笑っていやがる。
おれは死ぬことと引き換えに恐怖に怯えながら生き続ける運命を背負うこととなった。
さらばおれの異世界スローライフ。
ようこそおれの異世界ストレスライフ。




