307話 ユリウスの過去(3)
それはよく晴れた穏やかな昼下がり。
果てしなく広がる砂漠の上におれはカシアスと2人でいた。
そして、おれたちの目の前には巨大なワニの姿をした魔物が襲いくる。
その魔物——デザートアリゲイルは強靭な牙と頑丈な皮膚をもつ大型獣である。
体長は4メートルを超え、普段は砂漠の中に隠れて獲物が近づくをジッと待つ魔物だ。
そんなデザートアリゲイルが勢いよく砂の中から飛び出してきて、大きな口をおれたちに向けてガバッと開くのであった——。
おれは迫り来るその魔物に右手を向ける。
そして、静かに攻撃魔法を詠唱するのだった。
「雷撃」
すると、鋭い電撃が宙を切り裂きデザートアリゲイルを貫通する。
そして、デザートアリゲイルは一瞬にして丸焦げとなり、大地に崩れ去るのだった。
その様子を目の当たりにしていたカシアスがおれの側へと寄ってきて、はしゃぎ出す。
「すごいよ、ユリウス! やっぱり、ユリウスはおれの自慢の兄貴だよ」
「本当か、カシアス!? まぁ、おれも弟の前でカッコ悪い姿を見せるわけにはいかないからな!」
魔物を無事に退治したことでおれもひと安心し、にこやかな表情でカシアスと会話をする。
今おれたちは、かつてのおれのように一人孤独に生きている悪魔を保護して、コミュニティに迎え入れるための探索を行っている。
この探索は数人一組に分かれて行うため、おれはカシアスと一緒にいるというわけだ。
昔はグスタフやユリアンにべったりだったおれも、上位悪魔へと昇格できたことで彼のもとを離れてひとり立ちした。
特に、ユリアンはおれが上位悪魔になるまで教育係としてよくしてくれたいたのだ。
そして、今のおれは弟分であるカシアスと一番長く時間を過ごしているのであった。
「今のユリウスはこの若さにして、既に上位悪魔の中でも群を抜いた実力を持っている」
「おれたちのコミュニティで今のユリウスに対抗できるとしたらグスタフくらいか? 数年前までお前の教育係であったおれも、今では全く敵わなくなってしまったな」
カシアスと2人行動をしていたわけだが、魔物との戦闘を察知したのか、おれたちの元へとユリアンが駆けつけてくる。
そして、彼は倒れている魔物と、2人して仲良くはしゃぐおれたちを見るなり、声をかけるのだった。
「ユリアン!!」
おれは彼の姿を見て声をあげる。
今でこそ、共に過ごす時間は少なくなってしまったが、おれがコミュニティに迎え入れられてから一番長く時を過ごしたのがユリアンなのだ。
おれはそんな彼を尊敬していたし、大好きであった。
「おれがここまで強くなれたのもユリアンのおかげだよ! 教育係ではなくなっちゃったけど、これからも同じコミュニティの仲間としてよろしくな!」
おれはユリアンに改まって感謝の言葉を告げる。
だが、彼の口からは芳しくない言葉が漏れるのだった。
「仲間か……。そう言っていられるのもあと少しかもしれないがな」
「えっ……。どういうことだよ……?」
おれはユリアンの言葉を受け、そう尋ね返す。
すると、ユリアンは彼が発した言葉の意味を語るのだった。
「お前も知っているだろう。一つのコミュニティにいる上位悪魔は基本的に2人か3人、最大でも4人までだ。それを越えればコミュニティを分割する必要が出てくるのだ」
それは悪魔たちの世界で決められている絶対原則。
コミュニティに関する決まりごとに関するものであった。
「じゃあ……」
「そうだ。おれとグスタフ、そしてお前で3人……。あと2人上位悪魔へと昇格すれば、おれたちは別れなければならないのだ」
ユリアンがおれの後に教育係として世話をしているシエラも上位悪魔へと昇格できる才能を秘めていた。
つまり、いずれシエラは上位悪魔へと昇格して、おれたちのコミュニティには上位悪魔が4人になる計算だ。
それだけならば問題ない。
一つのコミュニティには最大4人まで上位悪魔がいてもよいことになっているからだ。
しかし、カシアスについてもシエラ同様に上位悪魔へと昇格できる才能があるのであった……。
つまり、この2人が上位悪魔に昇格すれば、やがておれたちのコミュニティは分裂することになる。
「どういう組み合わせで分割するか、いずれ話し合う必要が出てきそうだな」
ユリアンはカシアスを見つめてそう語るのだった——。
また、ユリアンはおれをじっくり見るなり、考え事をしながら静かに語り出す。
「お前は他人にモノを教えるのも上手そうだ。カシアスの教育係になるのも悪くないかもしれないな……」
「ほんとうか!? ユリウスがおれの教育係になってくれるのか!!」
カシアスはおれが教育係になるかもしれないと聞き、嬉しそうにしてユリアンに尋ねる。
「グスタフでも問題はないと思うが、お前はユリウスとの相性が良さそうだからな。上位悪魔になりたいのなら、ユリウスに教えを乞うがいい」
ユリアンはおれたちの様子を微笑ましそうに眺めながらそう語るのであった。
すると、カシアスは興奮した様子ではしゃぎまわる。
「おれ、ユリウスみたいな上位悪魔になりたい! それで、2人で最強のタッグを組んで魔界中に名をとどろかすんだ!」
「何だよそれ、どうせ目指すのならおれよりグスタフとかにしろよ。おれなんて、一つの属性しかまともに扱えない尖った悪魔なんだぜ」
「いいんだよ! ユリウスはそれで! 兄貴のユリウスは最強の雷属性、弟のおれは最強の氷属性魔法を扱う兄弟なんてかっこいいじゃんか!!」
カシアスはスキルを見るなり、氷属性魔法が得意そうであった。
だからこそ、こう豪語しているのだろう。
おれは生まれたばかりのこの小さな弟を心から可愛がっていた。
無邪気におれに懐き、そして思いきりはしゃぎまわる。
生まれてから、ずっと魔物たちから逃げる生活を送り、孤独に育ったおれからすれば、カシアスには幸せに育って欲しいと思っていた。
だからこそ、いい兄貴でいたいと思ったんだ——。
「ふっ、2人とも楽しそうだな」
仲良く話すおれたちを見て、ユリアンがそうつぶやく。
そして、おれはカシアスの頼みを嫌がるふりをしながら、内心は喜んで受け入れるのであった。
「わかった、わかった。じゃあ、明日からおれがビシバシとお前を鍛えてやるよ! その代わり、途中でやめたいなんて言うなよ」
おれはニヤリと笑みを浮かべてカシアスに微笑みかける。
「もちろんさ! おれ、ユリウスの弟として名乗るのに恥じない上位悪魔になるよ!」
カシアスはその瞳をきらきらと輝かせ、おれたちの前でそう宣言する。
とても幸せな毎日だった……。
大好きな仲間たちに過ごす日々。
大好きな弟に、魔法の指導をする日々。
だが、そんなおれの日常は少しずつ変化していくことになる。
カシアスはみるみる力をつけていき、着実に上位悪魔になる道を歩んでいった。
それについては、おれも心から喜んでいた。
しかし、問題はその内容であった……。
カシアスの成長速度はおれの比ではなかった。
気づけば、おれよりも魔力感知や防御魔法が得意になっており、おれができないこともカシアスは難なくこなすようになっていくのだった。
そして、カシアスはおれたちの予想を裏切り、先輩であるシエラよりも先に上位悪魔へと昇格してしまう。
カシアスの成長っぷりは悪魔の常識からもかけ離れているらしく、あっという間に上位悪魔になったことをコミュニティの皆が驚いているのであった。
その時の様子をおれは今でも覚えている。
皆に祝福されて、本当に嬉しそうに喜ぶカシアスを見て、おれは彼を遠い存在なのかもしれないと感じてしまったのだ……。
いい兄貴でありたい、かっこいい兄貴でありたいと思う気持ちと、既に弟よりも格下となってしまった頼りない兄貴であるという現実のギャップ。
自分とは違う天才のカシアスに、おれの心が彼を拒絶してしまったのだ。
それからおれは、自分よりも魔法の素質が優秀であるカシアスに、嫉妬の念や劣等感を抱くようになってしまうのだった……。




