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279話 ハルの帰還

  一週間もの間、悩みに悩んでうつむいていた心も、サラのおかげで霧が晴れたようにスッキリとする。

  もうおれは大丈夫だ。

  仲間たちと共にまっすぐ歩んでいける!


  そんなことを思いながらサラとギルド街の散歩を終えて宿に戻ると、そこにカシアスとリノの姿があった。

  どうやら二人とも魔界から帰ってきたらしい。


  おれの部屋に集まるハルとアイシス、それにカシアスとリノ。


  いったい、どうしたのだろう?

  なんだかいつもの雰囲気が違うようだ。


  そんな彼らはおれとサラが戻ってきたことを確認すると話を切り出すのであった。


  「突然だが魔界に帰ることになった。今回の家出はなかなかに良いものだったぞ」


  ハルがおれたちにそう告げる。

  彼女は褐色の肌にエルフのようなピンっと立った長い耳が特徴的なダークエルフの王女である。


  魔界から人間界に家出をしてきていたようたが、どうやらそろそろ帰ることにしたらしい。


  「随分と急な話だな……。もっとゆっくりしていけばいいのに」


  おれは余りにも急な報告をしてくる彼女に対し、さみしさを感じていた。


  最初の出会いこそ最悪なものであったが、ハルには色々と世話になったし、なんだかんだ楽しくやってきたという思いがある。

  だからこそ、急な別れを受け入れ難い気持ちがあるのだろう。


  するとハルはため息をつきながら魔界に帰る理由を教えてくれる。


  「そうも言ってられんのだ。あのババア、このままではアタシではなく妹に魔王の座を譲ると脅してきやがった。それだけは勘弁だからな」


  彼女がババアと呼んでいるのは彼女の実の母親であり、ハルが生まれ育った魔王国を治める魔王様である。

  ハルは彼女の結婚相手に関する喧嘩を母として家出をしてきたらしい。

  どうやら母から勧められた男はどれもこれも彼女のお気に召さなかったようだ。


  しかし、このまま家出を続けるのなら魔王の座は妹に譲るなんて、彼女の家も色々と複雑な事情がありそうだな。


  「そっか、それは仕方ないな。ハルは魔王になりたいんだったものな」


  おれはハルの想いを知っている。

  だからこそ、彼女の意思を尊重して見送ることにした。


  それに、なんだかんだまた家出をすることになり、おれたちに会いにくるじゃないかとおれは思っている。

  そんな彼女の姿が想像ができてしまうのが微笑ましかった。

 

  そして、そんなハルとは別にカシアスもおれに語りかけてくる。


  「アベル様……。私からもお話があります」


  急に話を切り出してくるカシアス。


  なんだよ、急にかしこまっちゃって。

  おれはカシアスの言葉を待つのであった。


  「私とリノ様で責任を持ってハル様を魔王国へ送り届けることとなりました」


  王女であるハルを魔界まで付き添って届けるというカシアス。


  なんだ、そんなことか。

  別にそれくらい大したことない。


  おれはそう考えていた。


  「そして、ここからが本題です。私とリノ様はしばらく魔界で仕事をしなくてはいけなくなりました。申し訳ないのですが、ハル様を魔王国へ送り届けた後も魔界に残ります」


  えっ……。


  突然のカシアスの報告におれの中で何か胸に引っかかるものがあった。


  「アベル様とセアラ様のことはアイシスに全て任せてありますのでご安心ください。彼女なら御二人の安全は確保できると思われます」


  カシアスの言葉を受けておれとサラに頭を下げるアイシス。

  どうやら彼ら三人の中で既に話はついているようであった。



  おかしい……。

  今までのカシアスとは何かが違う……。



  おれはカシアスの言葉と態度に違和感を感じていた。

  カシアスもリノも、おれやサラのことを案じてくれている。


  だからこそ、これまで徹底しておれたちの身を守るためにあれこれ動いてくれていたのだ。


  思い返せば、アイシスとともにカシアスかリノのどちらか一人は常に人間界にいてくれた。

  それはおれとサラの身を守るため。

  魔界からやってくる魔族や悪魔の襲撃に備えてのことだと彼らは言っていた。


  それなのに、ここに来ておれとサラのことはアイシス一人に任せて二人とも魔界へ帰ってしまうのか……?


  急にそんな変更をするなどおかしいではないか!



  可能性として考えられることは二つだ。



  一つはおれとサラのことがどうでもよくなったということ。

  だからこそ、おれたちの護衛を辞めて魔界に帰るというのだ。


  だが、おれたちの命に価値がないのだとしたらアイシスを人間界に残す意味がわからない。

  つまり、これではなくもう一つの可能性……。



  魔王ユリウスの標的は人間界から魔界へと移り変わったということだ——。



  これまでに魔王ユリウスの策略で、十傑の悪魔の三人と交戦することとなった。

  彼らはみな人間界で悪事を働いており、おれやサラを標的に剣を交えることもあった。

  そして、カシアスたちの協力もあり、おれたちは十傑たちを倒すことができたんだ。


  しかし、まだ魔王ユリウスの勢力はかなり残っている。

  魔王クラスの実力を持つ十傑の悪魔だけを考えても七人もいるのだ。


  今後、彼らと人間界で衝突することもあるだろう。

  しかし、おれとサラとアイシスでは明らかに負け戦にしかならない。


  それなのにカシアスとリノが人間界から手を引く理由……。

  考えられるのは、既に魔王ユリウスは人間界での目的を果たし、次は魔界で何かを企んでいるということ。


  だとしたら、カシアスたちとリノが二人して魔界へ帰る理由にも納得がいく。


  「カシアス、おれもお前たちについて行きたい!」


  すかさず、おれはカシアスにそう告げる。


  「アベル様、それはアベル様ご自身が魔界に来られるということですか……?」


  あまりに突然こう言うものだからリノが少しばかり戸惑ってしまう。

  どうやら、おれの発言は予想外のようであった。


  「そうだ! ダメなのか?」


  そんな彼女におれは尋ねる。

  だが、その質問に答えてくれたのはリノではなかった。


  「アベル様は何の目的で魔界へ向かいたいのですか? 申し訳ありませんが、理由によっては許可することはできません」


  カシアスがおれに厳しくそう告げてくる。

  どうやら、この言い方からするとおれには来て欲しくないようだ。


  理由だと……?


  お前らはおれに何か隠しているだろ!

  おれの知らないところで何をするつもりなんだ!?


  そう言えたら良いのだが、おそらく無理だ。

  カシアスもリノもおれよりずっと賢い。


  きっと、適当な嘘でおれは言いくるめられてしまうのだろうと、そんな未来が見えている。


  だからこそ、おれは言葉に詰まる。


  おそらく、人間界はもう安全なのだろう。

  だから4年前のときのように魔界から新たな護衛をおれたちに付けるような提案もしてこない。


  今危機が迫っているのは魔界だ。

  そして、そんな中でカシアスとリノは戦おうとしている。


  おれにとって大切な仲間が危険な目に遭うのかもしれない。

  そんな中で、おれだけ安全地帯で祈っているなんてできるものか!



  そんなの……絶対にあとで後悔するだけなんだ……。



  おれの中で葛藤が生まれる。


  やはり言った方がいいのか……。

  おれに何かを隠すのはやめてくれって。


  でも、おれがカシアスたちにそんなことを言う権利はない。

  これはあくまでおれの身勝手な言い分だ。

 


  そんな葛藤に苛まれる中、おれに助け舟を出してくれるのは意外な人物であった——。


  「なんだ、そんなにアタシと結婚したかったのか? それでアタシが魔界に帰ってしまうのを寂しがっていたんだな」


  ダークエルフの王女ハルがおれをそうからかってくる。


  そういえば、出会ったときにそんな話をしたんだっけ。

  魔王の婿にならないかみたいな話を……。


  「アタシとしてはお前のことは嫌いじゃないんだぞ、アベル。劣等種に対する認識も、今回の家出でだいぶ変わったからな」


  ハルはそんな言葉をつらつらと述べる。


  いったい、急にどうしたのだろう。

  ハルはこんなキャラじゃないはずなのに……。


  「だけどな、アタシの一任だけじゃ結婚は認められないんだ。だから、これは提案だ! うちの国家に来てババアに挨拶しないか?」


  ここでおれはハルの話の意図を理解する。

  これは彼女なりの優しさなのだと……。


  「ババアに許可がもらえれば、お前とも結婚できるからな。どうだ、アタシのことが諦められないんなら魔界に来いよ!」


  おれはハルに感謝する。

  そして、おれはその提案に乗っかるのであった。


  「あぁ、ハルの母上殿に挨拶させてくれ!」


  こうも都合のいい建前を作ってくれるなんて、本当ハルには感謝しきれないぜ。


  王女ハルの提案に表立ってノーを突きつけられないカシアス。

  そこで彼は妥協案を示すのであった。


  「そういうことでしたら、私たちと一緒にハル様を見送るところまではいいでしょう。ただし、それが終わったらこちらの世界に戻ってくださいね」


  渋々と魔界に連れて行ってくれることを許可するカシアス。


  こうして、おれたちも魔界へと向かうことになるのであった——。

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