274話 ハワード vs アベル&カシアス(3)
おれたちは互いに傷つきながらも何かに囚われたように剣を交える。
そして、互いに魔力の消費を抑えるため戦いの舞台は空中から地上へと移り変わっていた。
「なぜだ……。お前はもう限界のはずだ。それなのになぜ命をかけてまで戦うんだ……」
ハワードは限界を迎えてもなお戦う意思を表明し続けるおれにそう尋ねる。
どうやらあいつの目にはおれが何の為に戦っているのかがわからないようだ。
「なぜかって……? 大切な者のために戦ってきたお前になら、その意味がわかると思うんだがな……」
そして、おれは改めて言葉にする。
「お前と同じだよ……ハワード。おれも護りたいと思う仲間がいるから戦うんだ!」
こいつは今まで出会ってきたユリウスの手下たちとはどこか違った。
自分の命を賭してでも仲間を救おうてしていたのだ。
そして、その為に自分よりも強いはずのカシアスに立ち向かい続けた。
こいつが今までやってきたを認めるわけじゃない。
だけど、それでもその姿を見ておれの心に訴えかけるものがあった。
だからこそ、おれは卑怯な不意打ちなどは使わずに、真っ正面から誠意を持ってハワードを打ち砕く!
そしておれは身体中にある魔力を絞り出して魔剣を振るい続けた。
「お前はユリウスからこの世界の真理と自身に関わる真実を聞いたはずだ……。そして、諭されたはずだ」
「おれにはわからない……。静観していればお前はあそこにいる少女たちと生き残れる状況にあった。わざわざカシアスの為に身を張る意味が俺にはわからない」
ユリウスに諭されたか……。
「あぁ、あいつには散々にボロクソ言われたよ。お前には資格がない、覚悟がない、力がないってな……。だからそんな夢は諦めろって言われた」
「だけどな、逆なんだよ……。今のおれに足りないモノをひたすら列挙されて、それで何もかも諦めてたまるかっていうんだ!」
段々と、剣を交えているハワードが押されはじめていく。
おれが死にかけていた時——。
『出てこい悪魔! おれに、力を貸しやがれ!』
大切な人を救いたいと思った時に、カシアスはおれに力を貸してくれた。
『アベル様とエルダルフに種族の壁があるというのなら、私がその壁を乗り越えられるようにアベル様を引き上げます。大丈夫ですよ、今のアベル様ならばもう——』
カシアスだけじゃない。
アイシスも、リノもサラも……。
カイル父さん、ハンナ母さん、マルクス父さんにメリッサ母さん……。
それにバルバドさん、ヴァルターさん、アスラさんにドーベル先生、そしてハリスさんにティル……。
それだけじゃない。
おれはここに来るまでに多くの人たちがいてくれて、助けられてここまでやって来れたんだ。
おれ一人じゃ、これまで何ひとつ為し遂げることができなかっただろう。
だから、恩返しがしたいんだ——。
「偽善者だ……? 魂の呪いだ……? そんなものは関係ない!」
遂にハワードは限界を迎えたのか、身体の動きが鈍くなり、おれの攻撃に対処できなくなってくる。
だれかに優しくされた——。
だからおれも、その人たちに優しくありたい。
だれかに優しくされた——。
だからおれも、だれかに優しくありたい。
その優しさを……忘れたくない!
「おれが護りたいと思う人たちがいる。だから護る……それだけだ!」
カシアスたちがおれに何か隠している……?
だからどうした!
そんなもの、今のおれには関係ない。
これが終わってから考えていけばいいことだ。
今おれがしなくてはならないのは大切な恩人を……仲間を護ることなんだ!!
かくいうおれも、ハワード同様に身体の自由が効かなくなってきた。
おそらく、おれも本当の限界を迎えてしまうのだろう……。
『カシアス、お前は最高の相棒だよ。だから、もう少しだけおれと一緒に戦ってくれないか』
おれはカシアスに呼びかける。
《霊体殺し》の影響を受けているのはおれだけじゃない。
融合しても《霊体殺し》の影響を完全になくすことはできないと言っていた。
おそらく、カシアスはおれ以上に苦しい思いをしているだろう。
だが、そんな中でもカシアスは——。
『かつて私は言ったはずですよ。死が二人を分かつまで一緒だと——。アベル様が戦うというのなら、私がここで投げ出す道理などあってはなりません!』
そうだったな……。
そうこなくっちゃ!
そして、おれの答えを聞いたハワードはどこかおかしそうに微笑む。
「そうか……」
「ならば、遠慮はせんぞぉぉぉぉ!!!!」
ハワードはその全てを懸けて聖剣に魔力をそそぐ。
そして、この一撃で勝負を決めにくるのであった。
聖剣は白き輝きをもってして、ハワードの思いと力の強さを表明する。
だが、おれも負けてられない!
『カシアス、いくぞ!』
『はい……。共に、その全てを懸けましょう!』
おれの魔剣も黒き闇を纏って輝きを見せる。
魂が同化しているカシアスから、魔力が送られてくる。
おれの残りの魔力とカシアスからもらった魔力……その全てをもってこの一撃にかける!
「はぁぁぁぁああああ!!!!」
「おらぁぁぁぁああああ!!!!」
聖剣と魔剣が交わると同時に周囲は眩い閃光と爆発に呑み込まれる。
そして、長らく続いた勝負にも遂に終わりが訪れるのであった——。
◇◇◇
互いの一撃により巻き起こった爆風もようやく収まり、辺りは静寂に包まれる。
おれはすべての力を使い切ってしまい、ヨレヨレの状態でその場に立っている。
融合を解除したカシアスに支えられていたのであった。
そして、おれが持つ魔剣はハワードの胸に突き刺さっていた。
握力もほとんどなくなり、今にも魔剣を落としてしまいそうになる。
既にハワードの肉体は半分以上が魔力の光として拡散しており、その身体は半透明に透けている。
そんな彼はどこかもの惜しげな表情でおれたちを見つめているのであった。
そして、彼は最後に言葉にする——。
「カシアス……俺はお前がうらやましい」
「こんなにも配下を想ってくれる者へ仕えることができるなんて……お前というやつは——」
ハワードはカシアスに向けて微笑みながらそう告げるのであった。
そして彼は続けておれに視線を移す。
「どうして、お前のような存在におれは出会えなかったんだろうな……」
ハワードは渇望の眼差しでおれを見つめる。
しかし——。
「いや、違う……。おれも出会っていたはずなんだ。ただ、おれたちがあの人の力になれなかった。それだけの話なんだろう……」
「最後に、それを思い出させてくれて……ありがとうな……」
ハワードはそう言っておれを頭をそっと撫でる。
そして、彼は魔力を完全に失い姿を消してしまうのであった——。




