248話 それぞれの試練へ
今回は複数視点の話となります。
《セアラ視点》
わたしたちが暗闇に隠れてヴァルターさんたちを監視していると、彼らの前には二人の悪魔が現れる。
赤髪の女の悪魔と青髪の女の悪魔だ。
やつらは魔力を隠しているようだが、それでも只者ではないということは伝わってくる。
おそらく、二人とも魔界で名の知れた上位悪魔なのだろう。
わたしの隣にいたアイシスがあの二人の悪魔こそが、先日ティアさんを連れた馬車を尾行していた際に現れた者たちであると語ってくれた。
つまり、間違いなくエトワールさんのもとを離れた子どもたちはあの悪魔たちの手によって支配されているといっていいだろう。
その後、わたしたちが隠れていることは悪魔たちに見抜かれ、アベルを先頭に彼らの前に姿を現すことにする。
そして、悪魔たちが発動した魔法によって、わたしたちは光に包まれた。
急いで防御魔法を発動しようとしたが、どうしてか上手くいかなかった。
だが、側にいたアイシスが何も狼狽えていないところを見ると、それほど心配することではないのだろうと少しだけ安心することができた。
そして、わたしたちは悪魔たちの手によって未知の場所へと転移させられてしまうのであった。
◇◇◇
燃えている……。
燃えさかる炎がわたしの視界いっぱいに入ってくる……。
わたしにとって、嫌な光景だ……。
足もとを見ると、青く茂った草むらがある。
やはり、先ほどの荒野とは別の場所らしい。
周囲を見渡すと、どうやらここは炎に囲まれている森の中のようであった。
炎の奥には高くそびえ立つ木々も見受けられる。
そして、わたしの隣には白銀の悪魔であるアイシスだけがいた。
他には誰もいない。
アベルも、カシアスも、ハルも、ヴァルターさんたちの姿もここにはなかった。
「我々以外は別の場所へと転移させられたようですね……」
アイシスもわたし以外の者がいないことに思うところがあるらしい。
わたしたちは明らかに分断させられてしまった。
これではみんなの安否がわからない。
アベルたちは大丈夫だろうか……。
そんなことを心配してしまう。
そして、もうひとつわたしは心配していることがあった。
それは彼女は本当にアイシスなのかということ。
彼女は……アイシスは本物なのだろうか……。
先ほどの悪魔たちが見せている幻影や偽物なのではないか。
そんなことを思ってしまう。
だが、わたしは微かにではあるが慣れ親しんだ魔力を感じている。
この魔力は彼女固有のものであり、わたしの隣にいてくれているのはアイシスであるということを教えてくれる。
そして、炎の中から赤髪の悪魔と青髪の悪魔が姿を現すのであった——。
「どう……? この場所は気に入ってもらえたしら」
ハワード直属の配下の登場に、わたしは戦闘態勢へと移る。
先ほどの光に包まれていた時とは違って、しっかりと魔力操作もできる。
これなら問題ない。
「やはり、貴女方は趣味が悪いですね……。流石、あの男の配下だというだけのことはありますね」
アイシスが二人の悪魔に向かって挑発をする。
すると、彼女たちは血相を変えて怒りを露わにするのであった。
「貴様……。私たちのことだけでなく、ハワード様のことまでも侮辱するとは……。絶対に殺す……」
「アイシス……あまり調子に乗るんじゃないわよ……。この間、無様な姿で逃げていったことを忘れたのかしら?」
悪魔たちの魔力がどんどんと上昇していく。
あまりに強大に膨れ上がっていく魔力を感じて、わたしは背筋が震えてしまうのであった。
そんなわたしの姿を見て、悪魔たちは惨虐な笑みを浮かべて楽しそうに微笑む。
「あら、そんなに怯えなくていいのよ? 私たちが可愛がってあげるわ。ハーフピースの子猫ちゃん……」
「えぇ……。あなたには、とっておきのプレゼントを用意してるんですもの……。楽しんでもらわなくちゃね。ふふふっ……」
こうして、わたしはアイシスと共に冷酷非道な上位悪魔たちと戦うことになるのであった。
◇◇◇
《ヴァルター視点》
どうやら、僕たちは悪魔たちのあの魔法によって転移をしてしまったらしい……。
どうしてそう思ったかというと、眩しい太陽、そして蒼く輝く大海が僕たちの目の前に広がっていたからだ。
僕たちは先ほどまで、月だけが夜空を照らす真夜中の荒野にいたはずだ。
それがどういうわけか僕たちは大海に浮かぶ船の甲板にぽつりと立っていた。
「ヴァルター様……ここはいったい……?」
不安そうな表情でラースが僕に寄り添ってくる。
僕の側には、ラースにパトリオット、リンクス、レーナ、そして少し離れたところに魔族のハルという女がいた。
他の者たち……つまり、アベル君たちの姿は見当たらなかった。
「僕にもわからないよ。ただ、どうやら答えを知ってそうな者たちもいるようだ」
僕たちが状況に困惑していると船の物陰から人間たちがぞろぞろと出てきて僕らを囲むようにして近づいてくる。
彼らが着ているのはゼノシア大陸のギルド職員の制服だ。
つまり、ギルド街を襲った者たちで間違いないだろう……。
「おい、ヴァルター! こいつら、正気じゃないやつもいるぞ! 何をしでかすかわからない、気をつけろ!!」
レーナが僕にそう忠告してくる。
確かに、彼女のいう通りだ。
よく見てみれば、何人も目が虚ろな者たちもいる。
彼らには戦闘のセオリーが通用しないかもしれないな。
囲まれた上に、じわり、じわりと少しずつ距離を詰められていく。
僕たちは一つの円になるように背中を合わせて、武器を抜いた。
姿を見せた大勢の裏切り者の職員たちに対し、僕たちは焦りを見せる。
そう、ただ一人ハルという魔族だけを除いて……。
◇◇◇
《アベル視点》
真っ暗だ……。
深い闇のなかにおれは一人でいた。
状況はよく覚えている。
ハルに誘われて、ヴァルターさんたちを追った。
そして、カシアスたちと合流して彼らに追いついたんだ。
そこには十傑の悪魔ハワードの配下と思われる悪魔たちがいて、そいつらが魔法を発動して……。
おそらく、あれは一種の転移魔法なのだろう。
ここがあの荒野でないことはおれ自身がよくわかっていた。
そんな真っ暗闇のなかへと放り出されたおれであったが、突如としてこの暗闇に一筋の光が差し込むのであった。
目の前には一本の道が照らされる。
どうやらここを真っ直ぐに進めということなのだろう。
罠かもしれないがここは進むしかない。
光が照らされていない場所を歩けばどうなるかわからないからだ。
もしかしたら、この一本道の外側は底のない崖となっていて永遠に落ち続けてしまう。
そんなこともあるかもしれない……。
おれは暗闇のなかを道だけが照らされる薄い灯りを頼りに進んでいく。
一歩一歩、前に前にと進んでいくのであった。
だれかいる……?
この道の先にぼんやりと何者かがいるようにシルエットが浮かぶ。
だが、薄暗い光であんな先までちゃんと見えるはずもなく、目の錯覚かもしれないとも思える。
おれは歩くペースを少し緩めて、警戒するようにじっくりと先を見据えながら進んでいった。
徐々に、徐々にそのシルエットの形がはっきりと見えてくる。
あれは錯覚などではない。
この道の先には何者かがおれを待ち構えている……。
おれは足を止めて、全神経を集中させて奥にたたずむ人物を見つめる。
暗いため、はっきりとはしないがおそらく男のようだ。
金色の髪をしており、カシアスのような黒を基調とした服装で身を固めている。
すると、この暗闇に男の声が響き渡るのであった。
「どうした少年。早くこっちへ来いよ」
男はおれに、そう呼びかけるのであった……。




