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241話 ハルのひとりごと

  おれたちの助けは受けられない。

  そう言い残してヴァルターさんとレーナは部屋を出て行ってしまった。


  もしかしたら、ラースさんの口から出た『宝具』というキーワードが関係しているのかもしれない。

  だが、それでも今回のギルド街襲撃の首謀者であるセルフィーを相手にするは無防備過ぎる!


  あのセルフィーのことだ。

  どんな汚い手を使ってくるかわからない。

  どうにかしてヴァルターさんに付いていこう。


  おれがそう考えているとカシアスがアイシスに向けて言葉を発する。


  「アイシス!」


  「はい! かしこまりました」


  アイシスはその言葉を受けて即座に返事をする。

  そして、彼女は主人に一度頭を下げてから足速に歩み出すのであった。

  おそらく、ヴァルターさんの跡をつけろということなのだろう。


  ラースさんは二人が悪魔だということをまだ知らないはすだ。

  彼女の前で転移魔法は使えないと考えたであろうアイシスは歩いて扉へと向かうのであった。


  あのひと言だけで二人の意思疎通は十分。

  それだけ二人は長く深い付き合いがあるのだろう。


  すると、そんな二人の姿を見たラースさんはアイシスに向かって声を上げる。


  「お待ちください! いったい、どこに行かれるというのですか?」


  アイシスの様子をみたラースさんは足を引きずりながらも彼女の方へと向かい、その歩みを止める。


  「これは我々の問題です。貴方たちには関係ないことなのです。どうか、ヴァルター様の後を付けるのはお止めください」


  「いや、ラースさん! いくらなんでも……」


  おれはアイシスを行かせるために、ラースさんを(なだ)めようとする。

  いくらなんでも準備満タンで待ち受けているセルフィーを相手にヴァルターさんとレーナだけでは危険すぎるだろう。


  セルフィーが今回の襲撃で指揮していたのは魔術師と騎士だけだというが、彼女の背後にはおそらく悪魔たちもいる。

  二人で彼女が待ち受ける場所に向かうなんて無謀だ!


  しかし、そんなおれの思いもラースさんには届かないのであった——。


  「なりません!! もし、貴方々が行くと申すのなら、私が相手となりましょう」


  彼女は背中にある剣を手をかける。


  「この件は賢者ロベルト様の末裔であり、グランドマスターであられるヴァルター様に課せられた一つの使命。それを邪魔するのだとしたら、命をかけて私は阻まねばなりません!」


  決して冗談などではない。

  真剣な眼差しでおれやアイシスに敵意を剥き出しにして言っている。


  おいおい、どうしてこうなるんだよ。

  今はラースさんと揉めている場合じゃないんぞ……。


  彼女は手負いの状態だ。

  とても戦える体ではないはずなのに闘志を剥き出しておれたちを阻もうする。


  少しでも体を動かせば傷口が開いてしまうだろう。

  ヴァルターさんの部下である彼女にそんなことさせたくはない。

  いったいどうすれば……。


  「仕方ありませんね」


  ため息を吐くカシアス。


  「アイシス、我々はここで大人しくしているとしましょう」


  カシアスはそう提案をするのであった。


  『いいのか? せっかくのチャンスなんだぞ……』


  おれはすかさず念話を使い、直接声に出すことなくカシアスに尋ねてみる。


  エトワールさんの話では、子どもたちを奴隷や冒険者として売り払う際にはゼノシア大陸にいるセルフィーが関わっていたという。

  だが、おれたちが彼女の計画を一回潰してからはゼノシア大陸から事業を引き上げ、アルガキア大陸でも色々と悪さをしていたようだ。


  そして、そこではエトワールさんたちが関わっていたエストローデやディアラとは別の悪魔たちが彼女と手を組んでいたと話していた。

  つまり、今回の襲撃の首謀者が本当にセルフィーなのだとしたら、彼女を突き止めさえすれば十傑の悪魔ハワードの居場所もわかるかもしれないし、売り飛ばされた子どもたちを救出できるかもしれないのだ!


  ラースさんと交戦した襲撃の首謀者はセルフィーと名乗っていたらしい。

  そして、彼女が新たに向かった先にヴァルターさんたちも向かった。

  セルフィーと名乗った人物が本物だとすれば、ヴァルターさんの跡をつければ解決への糸口となる!


  カシアスはそのことをわかっていて尾行を諦めようとしているのか……?


  おれの不安そうな表情と発言を見てか、カシアスはおれを安心させるように念話でメッセージを送ってくる。


  『安心してください。尾行はリノ様にお任せしました。すぐに魔界からこちらに来てくださるそうです。リノ様から何か報告があれば私とアイシスで転移をしますので、アベル様はご心配なさらず』


  おれはカシアスのこの言葉を受けて安堵する。


  『そっか、そういうことなのか。助かるよ、カシアス』


  安心して少し落ち着くと、視野というものは自然と広がるものだ。

  サラやハルのことも視界に入ってくる。

  この時、ハルが何やら神妙な顔つきでラースさんをジッと見つめている姿がとても印象的だった。




  ◇◇◇




  ラースさんはまだ怪我が完治していないようで、おれたちがヴァルターさんの跡を付けるのを諦めたのを確認すると、治療室へと戻って行った。

  彼女がいなくなったからといって、ヴァルターさんを追いかけるような真似はしない。

  ヴァルターさんの方はリノがなんとかしてくれるだろう。

  おれは部屋にある席に座り、深く息を吐き出す。


  「それじゃ、おれたちは大人しくハワードの拠点を探すとするか」


  改めておれはカシアスたちに提案する。


  今回のギルド街襲撃を受けてヴァルターさんと色々と話そうと思ったが肝心のグランドマスターがいないのだ。

  ならば、ここアルガキア大陸にやってきた当初の目的である十傑の悪魔ハワードがいる場所を突き止めることをしようと思ったのだ。


  「はい、それで問題ないと思います」


  「幸い、アイシスもいますしハワードを追うことに問題はないでしょう」


  「うん、今できることをやりましょう」


  アイシスにカシアス、そしてサラも賛成してくれた。

  それでは、ハワードの配下たちの足取りを追っていたアイシスを中心にして彼らの居場所を炙り出そう。

  そう思っていたときだった。


  「ハワード……? あぁ……なるほど。そういうことだったのね」


  ここ中央指令部にやってきてから基本的に静かであったダークエルフの王女ハルがおれたちに聞こえる声でつぶやくのであった。


  あっ……。

  もしかして、今おれ言っちゃいけないことを言ってしまったのか?


  確か、カシアスは一国の王女であるハルを魔界でのいざこざに巻き込まないようにしたいんだっけ。

  十傑の悪魔って魔界でも有名な存在なんだよな。

  口にしちゃマズかったか……?


  おれはカシアスの顔色を伺いながらビクビクとしていると、ハルがおれに話しかけてくる。


  「アベル、王女であるアタシは残念ながらお前に協力することはできないんだ」


  改めてハルの方からおれたちの案件に関わることはできないと釘を刺される。

  もしかして、遠回しに協力を要請しているように捉えられてしまったとかか……?

  それならば急いで訂正しないとな。


  「ん……? あぁ、わかってるよ、ハル。おれたちもお前に迷惑をかけてしまうのは本望じゃない。さっきのおれの言葉は忘れて……」


  「だから、これ話すのはあくまでひとりごとだ! そう思ってくれ!」


  彼女はおれの言葉を遮って強くそう告げる。

  いったい、ハルのやつどうしたんだ?


  おれは疑問に思いながらも彼女のひとりごととやらを聞くことにした。


  「アタシがこの下界にやってきたのは確か数週間くらい前だったかな。うちのババアと喧嘩してね。とりあえず、どこか下界に向かおうと思ったんだ」


  ハルはおれだけでなく、カシアスたちにも聞こえるような声で話す。


  「その中でアタシが目をつけたのはダークエルフの亜種だと言われている種族——エルフがいるとされているこの人間界(下界)だった」


  「エルフという種族は劣等種だが、その中からは時々ハイエルフという優等種が生まれてくるというじゃないか。そこで、ハイエルフのいい男がいないかと思ってこの人間界(下界)に降り立ったわけだ」


  だからいったい何だと言うのだ。

  そんなひとりごとをおれたちに聞かせてどうしたいんだ?


  彼女の話し方は何やら芝居くさいし、どこか変であった。


  「だがな、実際に下界に降り立ってみたがエルフなんていうのは全然見かけなくてな。とりあえず、しばらく魔界に戻るつもりもないし、姿を隠しながら気長に探そうと思っていたわけだ」


  ハルとは今日初めて出会ったわけだが、彼女が愚かでないことは既に知っている。

  だとしたら、きっとこの話にも何か意図があるのだろう……。


  「それで、ダークエルフのアタシとしては洞窟を拠点に生活をしたかったわけよ。でもな、そこには既に先客たちがいてアタシは諦めたんだ」


  先客……?

  洞窟で暮らしているやつらがいたってことか?


  人間界で暮らす種族は人間、獣人、そしてエルフの3種族のみ。

  洞窟で暮らす種族なんていない気がするんだけどな……。


  そして、次のハルの言葉におれは強く反応する。


  「あれは十傑の悪魔ハワード直属の配下、上位悪魔ラズとリズに随分と似ていたんだよなぁ……」


  「数百年前に開かれた魔王総会で見かけたそいつらに、それはそれはそっくりな悪魔たちが洞窟にいたんだ」


  ハワードの配下たちが洞窟にいただと……?


  そして、ハルは笑い話でもするかのように軽く笑いながらその続きを話す。


  「まぁ、でもそんなわけないよな……。十傑直属の配下がこんな下界にいるわけがない。それも劣等種の子どもたちを大量に働かせているんて、あり得るわけがないもんな」


  おれは勢いよく席を立つ。


  子どもたちがいたのか?

  それって何人くらいだ!


  人間の子どもだったのか?

  場所はどこなんだ!


  本当は今すぐにでも聞きたい。

  だけど、聞いちゃダメなんだ……。


  これはあくまでハルのひとりごと。

  ここでおれが質問をして、ハルが答えてしまえば王女である彼女を巻き込んでしまうことになる。

  今はじっと、ハルの言葉を待つしかないんだ……。


  そして、彼女は再び語り出す。


  「それを見たアタシは関わりたくないと思ってその地を離れてきたってわけよ」


  「確か、ここより北の地方で細長いパンが有名なところだったな……。魔族として姿を隠す必要がないのなら、一度あのパンも食べてみたかったな」


  場所はアルガキア大陸でここよりも北部。

  細長いパンが有名な地方にある洞窟。


  おれはカシアスとアイシスに視線を向ける。

  すると、アイシスはおれと目が合うと静かに頷いた。


  よしっ!

  この情報でアイシスには場所が伝わったようだ!!


  「これでアタシのひとりごとはお終いだ。どうだ、おもしろかったか?」


  何やら言いたいことがありそうな笑みを浮かべて彼女はそう問いかけてくる。


  「あぁ、とてもおもしろかったよ。そうか、ハルはそんな経緯でおれたちと出会ったんだな……」


  おれは建前上、そんな当たり障りのない返事をする。


  「だけど、悪いな。おれとしてはハルとおしゃべりしたい気持ちなんけど、どうやら行かなきゃいけないところができちまったみたいだ」


  「ハル、少しの間ここでお留守番してくれないか? あとでおれもカシアスたちとの出会いを話すからさ」


  おれは彼女に感謝の気持ちを込めてアイコンタクトをする。


  「仕方ない……その頼み聞いてやるとするか。その代わり、帰ってきたらお前がどうしてカシアス様やアイシス様と一緒にいるか、しっかりと教えてくれよ」


  「わかった。それじゃ、ちょっと人助けをしてくるよ」


  おれはそういってカシアスの前にやってくる。


  「カシアス! 行くぞ!!」


  「えぇ、参りましょうか。私としても、早く戻ってきてハル様とお話をしたいことですし」


  ついに、助けにいけるんだ。


  もうすぐですよ、エトワールさん。

  おれが絶対に子どもたちを連れて帰りますから。

  だから、みんな無事でいてくれよな……。


  こうして、おれたちはハルとアイシスの情報を照らし合わせ、目的の地へと向かうのであった。

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