23話 魔族 vs 英雄の末裔(2)
カイル父さんが死んだ……。
ハンナ母さんが死んだ……。
サラが死んだ……。
村のみんなも死んだ……。
おれは強いから……。
だからおれはみんなを助けられるからって……そんなことを少し前までは思っていた。
だが、現実は全くもってそんなことはなかった。
目の前にいるバケモノ相手に何もできずにサラを殺され、これからおれも殺される。
世界は理不尽だ……。
そう思っていつも生きてきた。
この10年間忘れていたが別の世界に来てもそれは変わらなかったってことだ。
仮に今、おれが生き残れたとして何が残るんだ。
愛する人たちを誰も守れなかった世界で、愛する人たちを全員失った世界で、悠々と生きて何になるんだ。
もう……いいや。
死にたい……。
「ころしてくれ……」
思わず感情が漏れる。
この世界に絶望したおれは自ら死を望むのであった。
「あぁ? ハッハッハッ……。何言ってんだお前は、これからお前をゆっくりといたぶってから殺すって言ってるだろうがよぉお!」
ニタニタと笑みを浮かべながらバケモノがおれに声をかける。
やつはすぐにおれを殺すことはなく、じっくりといたぶろうとしているらしい。
「もう……さっさと殺しやがれぇバケモノ!!」
おれはもう死にたい。
こんなクソッタレな世界に居たくないんだよ……。
「はぁあ、つまんねーよ……。お前さぁ!!」
狼のバケモノが一瞬で消える。
いや、正確には消えたのでなくおれが反応できない速度で動いた。
そして、おれを殴りつける。
ドンッ!
鈍い音がしておれは吹き飛び木に直撃して叩きつけられた。
痛いなんてもんじゃない。
意識が飛びかける。
骨を何本持っていかれたのだろう。
今までで味わったことのない激痛が身体中を駆け巡り脳を刺激する。
もう……無理。
それでも無意識に防御魔法を張ってしまったのは、死にたくないと思う人間の本能によるものなのだろうか。
ああ、そんなことをしなければもう楽に死ねたのにな……。
おれってこの世界ではそこそこ頑張れたよな。
苦手だった他人と関わるのをがんばって仲良くなって、嫌いだった運動も訓練でがんばってさ。
本当に……幸せだったな。
もし、また転生できるなら……この世界で家族みんなで……暮らしたいよ……。
「せっかく憎ったらしい闇使いをいたぶれると思ったのよぉ、拍子抜けだぜ。これならさっきの紫野郎の方がよっぽどましだったぜ!」
バケモノは勝ち誇ったかのようにおれを見下ろしながら、カイル父さんのことを口にする。
「家族を守るだの、大切な人を守るだのって何にも守れねぇゴミカスだったけどよぉなあ、おい。ハッハッハッ……」
その瞬間、狼のバケモノの顔を闇の弾丸がかすめる。
そして彼の頬からスーッと血が流れた。
「父さんを……侮辱するな……。ゴミ野郎はテメェの方だ!!」
おれは最後の力を振り絞って闇弾を狼のバケモノに放った。
しかし、狙いを外してしまう。
身体中が痛い。
動かそうにも動かせない。
意識が朦朧としている。
だが、おれには最後にやり残しておきたいことができた。
カイル父さんは……ハンナ母さんは……。
カイル父さんもハンナ母さんもサラも。
おれにとって最高の家族だった。
おれは……尊厳の為に戦う!
狼のバケモノに勝てるとは到底思えない。
だけど、どうせ消えるこの命をおれはみんなの尊厳のために使ってやる!
動けよ、おれの身体!!
出てこい、おれの魔力!!
すると、おれの身体を黒い霧のようなものが覆う。
身体の痛みは消えないがそれでもなんとか動く。
おれにはわかる。
これが最後の力だと。
この力が尽きたときにおれは……死ぬ。
「はぁ? オレは魔界の魔族の中で上位クラスに君臨するライカンのエルダルフ様だぞ。下界の中でも劣等種ごときのお前がそんなセリフ許されねぇんだよ!!」
魔界の魔族だと……?
なるほど、これが魔族とやらの強さなのか。
正直こんなやつらが攻めてきたらこの世界は滅びるな。
だがエルダルフとかいうやつに見せてやるよ。
かつて魔族を討ち破ったという、人間の強さってやつをな!
エルダルフは無詠唱で火球と土刃を連発してくる。
身体能力で躱せる速度でないと判断したおれは防御魔法を発動する。
「闇の壁!」
エルダルフの強力な魔法を相手になんとか防ぐことができる。
だが、もう何発も防ぎきる自信はない。
「同じ劣等種の闇使いっていってもあいつとはレベルが違うなあ。ハッハッハッ。よえー、弱すぎるぞお前は!!」
エルダルフは続けて魔法を打ち込んでくる。
おれは防戦一方で反撃することができない。
ダメだこのままじゃ……ただ無駄死にするだけだ。
集中力が欠けたせいか、エルダルフの放った土刃が一発防ぎきれずにおれに直撃する。
「ぐわぁっ……」
痛みが広がっていく。
やばい……もう限界が近い。
「あぁ、スッキリするぜぇ。下界の劣等種どもはクソ雑魚って聞いてたけどここまでとはなあ、おい」
「なんで……なんで殺したんだ。父さんを……母さんをサラを。どうして!!」
おれには何もできない。
魔族のエルダルフ相手に一撃頬をかすめただけ。
エルダルフの攻撃ももう防ぎきれなくなってきた。
おれは行き場のない怒りをぶつける。
「なんで殺したかだって……? ハッハッハッ、こりゃ笑っちまうぜ」
エルダルフが突然声を上げて笑い出す。
そして、しっかりとおれの目を見つめて語るのであった。
「そりゃ弱いからだよ! 強いやつが弱いやつの命を支配する。それがこの世界の常識だろ? 下界の劣等種はそんなこともわかってねえのかよ。ハッハッハッこれは傑作だぁ!」
何を言ってるんだこいつは。
そんな意味のわからない理由でおれたちは……。
「おれはこの世界をあるお方に捧げるんだ。それに逆らうやつは用なしだ。それにおれやあのお方が憎むべきやつも要らない。だから、殺す。おれたちは強くお前らは弱いからだ。わかったか劣等種!」
エルダルフがまた消える。
魔法ではなく物理攻撃。
おれは防御魔法を……。
いや、違う攻めるんだ!
「闇撃!!」
おれに迫り来るエルダルフを竜巻のように渦巻く闇の衝撃波が襲う。
これは今のおれが使える最大級の魔法だ。
「何!?」
エルダルフはおれの渾身の一撃にその身を呑まれる。
「ぐわぁぁぁあああああ」
エルダルフの悲鳴が森に轟く。
やったか!?
「なんて展開になると思ったかバァーカ!」
しかし、瞬く間に闇は消えて、中からは平然として立つエルダルフが出てくる。
衣服に汚れはあるのもの身体にダメージは入っていないように見える。
「たぁく。痛えじゃねーか」
なんで?
どうしてエルダルフは平然としているんだよ……。
「闇属性魔法だぞ。なんでそんな平然としているんだよ……」
おれの渾身の闇属性攻撃魔法を受けてもぴんぴんとしていることに理解が追いつかない。
「ぷっ……ハッハッハッ! こりゃおもしれーや。お前、闇属性魔法は最強だとでも思っているのか?」
「なっ……」
「なんで下界の劣等種のお前が闇属性魔法を使えるか知らねぇがな。闇属性魔法っていうのはそれ自体は普通の魔法と変わらねーんだよ」
「魔王や上位精霊体が使うから強く感じるんだ。お前みたいな劣等種が使ってもおれ様には意味がねぇんだよ」
かつて魔族を討ち破った七英雄でも使えなかった闇属性魔法をおれは使えるんだ。
おれは闇属性魔法を使えるから。
七英雄のような選ばれし人間だから。
だからおれは誰よりも強いんだ。
だからおれは魔族とも戦えるんだ。
そう……思っていたのに。
闇属性魔法がただの魔法だとしたら……おれはどうやってあいつと戦えばいいんだ……。
「あれあれ〜? ガッカリしちゃったのか。ハッハッハッおもしれえ。最高に気持ちいいぜ。お前、もしかして自分は魔王クラスの強さだとでも思ってたのか? 劣等種の分際でよぉ? えぇ!?」
その通りだ。
おれは魔王かもしれない存在なのだ。
この世界に仇なす存在になるかもしれないと……。
おれは強すぎる危険な存在なんだって……。
「おれは……魔王……。魔王に……」
おれは闇属性魔法の使い手。
魔王になる存在じゃないのか……。
「お前……冗談が過ぎるぞ。おれはあの方を魔王にする。劣等種ごときが……図にのるなよ」
エルダルフの表情から笑みが消える。
さっきまではどうやら遊びだったようだ。
エルダルフが再びおれに物理攻撃を仕掛けてくる。
彼の本気の速度におれは付いていけなかった。
一方的に殴られ、蹴られ、叩きのめされ……。
おれは闇の壁を張って抵抗したがあまり為す意味を持たなかった。
だって、この防御魔法も普通の魔法なんだもんな。
最後に振り絞った力でもエルダルフには遠く及ばない。
結局エルダルフに一矢報いることすらおれはできなかった。
意識が遠のいてゆく。
もう痛みを感じる限界を超えた。
ああ、寒いな。
もうすぐ死ぬ。
「お前、そういえば父さんとか言ってたな? ってことはあの丸焼きの女はお前の母親ってことか? 悪かったなあ全員殺しちまってよ」
もう……ダメだ。
ごめんよカイル父さん、ハンナ母さん、そしてサラ……。
おれ……何もできなかったよ。
「あいつらよー。おれが悪魔の手下だのなんだの言ってくるからムカついて殺しちまったぜ。だれがあんな薄汚え腰抜けどもの下になり下がるかっていうんだよ」
おれ……どこで間違えちゃったのかな……。
サラと一緒に逃げるべきだったのかな……。
二人が村へ行くのを止めるべきだったのかな……。
もっと早くに二人を追うべきだったのかな……。
それとも……。
「……べる……」
懐かしい声が聴こえる。
おれの大好きだった人の声が。
おれが守るべきだったのに守ることのできなかった人の声が。
「……あべ……る」
違う!?
幻聴じゃない。
サラ……?
弱々しい声の方向を見る。
もう首を動かすのも苦しいが力を振り絞る。
そこにはおれを呼んでる倒れているサラがいた。
互いにぼろぼろになったおれたちは目が合う。
ああ、本当に……よかった。
生きていて……くれた。
おれの瞳から涙がこぼれ落ちる。
本当に……。
でも……おれは……もう。
——今までの人生が走馬灯のように駆け巡る——
カイル父さんに初めて剣術で勝った。
サラと二人で熊の魔物を倒した。
魔法の訓練初日に精霊たちを驚かせた。
サラがおれに魔法を放って家族会議になった。
ハンナ母さんと二人でサラの誕生日プレゼントを作った。
初めて魔法を使った。
サラが誕生日に怒られて……。
おれに新しい家族ができて……。
サラ……おれは……。
きみだけでも……絶対に……。




