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236話 ヴァルターの過去(3)

  父であり、現グランドマスターであるドルトンの正式な後継になることが決まったヴァルター。

  彼は次期グランドマスターとして、世界中の重要拠点となる冒険者ギルドを訪れ、挨拶まわりをする旅をはじめたのであった。

  そしてこれは彼らがゼノシア大陸を訪れたときの物語である——。




  ◇◇◇




  従者たちを連れたヴァルターは田舎町にある小さなレストランにいた。


  今はひと仕事が終わったということもあり、各自観光を兼ねた自由時間としている。

  そんな中、ヴァルターは付き添い冒険者である魔法剣士ラース、剣士パトリオット、魔法使いリンクス、そして契約者である精霊レーナを連れて昼食をとりに来たのであった。


  案内された円卓に彼らは座る。

  彼らは服装からしてそれなりにランクの高い冒険者であると周囲には映るのだろう。

  ヴァルターは周りの客たちから尊敬の眼差しが向けられているような気がしていた。


  ウェイターの男にシェフのオススメを頼むと注文をすると彼らは料理が出てくるのを待つ。

  そんな中、飽き飽きとしてしまったのかレーナがヴァルターに話しかけるのであった。


  「それでヴァルター、ここには何をしに来たんだ?」


  レーナはここに来た目的を問いかける。

  実は従者である彼らは何も知らされないまま、自由時間にヴァルターに声をかけられて連れてこられたのであった。


  「あぁ、今回の仕事は次期グランドマスターとしての挨拶巡りだからね。だからこうしてゼノシア大陸までやって来たんだよ」


  ヴァルターはニコニコとしてレーナの質問に答える。


  「それくらいわかっとる! あまりわたしをバカにするでないぞ!」


  「わたしが聞きたいのは、どうして冒険者ギルドがないこんな田舎にやって来たんだということだ!!」


  ここはゼノシア大陸南部ローナ地方と呼ばれるところだ。

  そして彼らはローナ地方のフリントという街の冒険者ギルドと交流をしていた。


  だが、ヴァルターは自由時間であるというのをいいことに、フリントの街を離れて冒険者ギルドのない隣街まで彼らを連れてきていたのであった。

  これから世界中の冒険者ギルドを束ねるグランドマスターとなる男のあまりの自由さに、レーナも最初は言葉が出なかったようだが遂に耐えられなくなったのか疑問をぶつけたのであった。


  すると、ヴァルターは隣街まで連れ出したことについて何の悪びれもなく笑顔で答える。


  「あぁ、そういうことか。それはね、せっかくの旅なんだから君たちとも友好関係を築きたいと思ったからだよ」


  「友好関係だと?」


  レーナは思わず聞き返す。


  「うん! 実はね、さっき冒険者たちにこの近くでおいしい食事ができるところはないかって聞いたらここを教えてくれたんだ! なんでも、知る人ぞ知る隠れた名店らしいよ」


  「昨日、今日とみんなにはいっぱい働いてもらったからね。僕のおごりでみんなにたくさん食べて欲しいんだ」


  ヴァルターの目的は自分と共にいてくれる仲間たちとの友好関係を築くこと。

  今後、彼がグランドマスターとなった後もラースたちとは良い関係を続けていきたいと考えている。


  だが、今回の旅の目的は各地を巡っての挨拶まわり。

  その準備などで旅の道中もヴァルターは仕事が山積みであった。

  本来ならば関係を築いておきたい彼ら護衛の冒険者たちとの交流が中々できなかった。

  そこで、仕事の休憩時間を利用しておいしい食事でも一緒に行こうと彼らをこのレストランへと連れてきたのであった。


  「ヴァルター様……」


  魔法剣士の女性ラースは彼の心づかいに感激する。

  そして、それは剣士パトリオット、魔法使いリンクスについても同様だった。


  「この方に仕えることができて幸せだな」


  「あぁ、きっとヴァルター様ならば素敵なグランドマスターになってくださる」


  少し自由過ぎるところはあるが、彼の周りにはいつも不思議と温かい雰囲気があったのだ。


  「ほぉ〜、そういうことだったんだな。さすがはヴァルターだ……」


  「って、おい! 精霊のわたしは食べることができないのだぞ!? わたしには何もないのか?」


  ただ、精霊のレーナだけは彼に文句を言っていた。

  そんな彼女に対しても、ヴァルターはしっかりと関係を築いていくことを約束する。


  「ごめんね、レーナ。帰ったらたくさん遊んであげるからさ。それで許してくんない」


  「ぐぬぬぬ……。はぁ〜」


  「はい、はい。わかった、わかった。それでよいぞ」


  「何たって、わたしはこいつらと違ってヴァルターの従者ではなく契約してあげている精霊様なのだ。ヴァルターとは同等……。いや、ヴァルターよりも上なのだからあれしきの仕事でご褒美など……」


  ヴァルターの笑顔に押され、レーナもぶつぶつ言いながらも納得する。


  「レーナ様、よかったらこれをどうぞ」


  すると、タイミングを見計らっていたラースが彼女に何かを差し出した。


  「んっ? ラース、何なのだ……これは?」


  「さっき、地龍の寝ぐらを探索しているときに見つけたのです。あの地龍の影響か、この果実には相当な魔力が含まれているようです。ささいな贈りものですがよろしければどうぞ」


  差し出された綺麗な紫色の果実を手に取り、レーナは少し口に含む。

  精霊体の源は魔力であるため、魔力を含んだものならば口にしてエネルギーとすることができるのだ。


  「おぉ〜! これはすごいぞ! 身体が満たされる感じだ」


  レーナは飛び上がるかのように体を揺らし、その歓喜を表現する。


  「ラース! ヴァルターの従者などやめて、わたしの下に付くのはどうだ? 可愛がってやるぞ」


  「おいおい、勝手に話を進めないでくれよ。一応、ラースは僕の護衛の中でも主任なんだからね」


  銀髪の美少女ラースを勧誘するレーナに対し、ヴァルターも口を挟む。


  「冗談というものだ。まったく、お前は父親よりはマシだが冗談が通じない方なのだな」


  「まぁ、よい! これからも楽しくなりそうだな。ニッシッシッ」


  先ほどまでの不満げな様子とは異なり、機嫌がよくなったレーナ。

  そんな彼女も交えて楽しく会話をしていると、ウェイターの男性が料理を運んでくる。


  「お待たせしました! うちのシェフ特製カタリーナ様御用達スペシャルスパゲッティでございます」


  細身ではあるが綺麗な背筋で凛として立つご老人のウェイターは、元気よくそういって料理を彼らの前に並べるのであった。


  「うん! いい香りだ。とってもおいしそうだね」


  「それじゃ、みんなでいただこうか」


  こうして、ヴァルターたちは食事をとりはじめるのであった。

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