226話 冒険者ギルド総本部(1)
おれたち一行は、カシアスとアイシスによる転移魔法で、ひとまずアルガキア大陸にある冒険者ギルド総本部に無事到着する。
ここはヴァルターさんのホームグラウンドである仕事場で、普段はこの総本部にいながらグランドマスターとして、世界各地に散らばっている冒険者ギルドに指示を出しているようだ。
まぁ、他人任せにできない性格であるらしく、ちょくちょくヴァルターさん自らが現場に乗り込むことも多いらしいんだけどな。
ちなみに、数年前にゼノシア大陸でおれと遭遇したときも、本来は彼の右腕である人物を派遣する予定だったそうだが、急に自分が行くと言い出して強行したらしい。
契約している精霊のレーナも自由気ままにやっているが、ご主人様と似たもの同士だったってことか……。
もちろん、ここ冒険者ギルド総本部は今回の目的地ではない。
これは敵陣に乗り込む前に、一旦体制を整えるという意味合いがあって寄ったのだ。
先日、アイシスは連れて行かれたティアさんを追って敵陣の場所はある程度特定したと言っていた。
だが、正確な位置まで詳細にわかったわけではないし、罠が仕掛けられていたり、既に逃げられていたりするかもしれない。
ここからしばらくはカシアスとアイシスに任せるしかない。
先日、アイシスがティアさんを追跡した際にハワードの手下と交戦したという場所がある。
二人にはそこを基点にしながら、転移魔法と魔力感知を使って敵陣を探してもらう。
正直、おれも転移魔法が使えるし参加したいが、二人のように魔力感知に優れているわけではない上に、十傑の悪魔を擁する敵の勢力が予想以上だった場合に戦闘、逃亡どちらにしても足手まといになってしまう。
既におれたちはユリウス側の配下を二人も倒しているのだ。
ハワードだって危機感を覚えて仲間の十傑たちを呼んでいるかもしれない。
ここは一旦我慢して、敵勢力の分析をしてからおれやサラがティアさん奪還作戦に役立つのかを考える必要があるのだ。
悔しいが、参加できないのは力のないおれが悪いのだ……。
さらに、ティアさん奪還作戦を立てた上で、人間たちの力でも何か役に立てそうなことがあれば、ヴァルターさんがコネを使ってギルドの優秀な人材を貸してくれるそうだ。
なんでも、現冒険者ギルド総本部で職員として働く者の中には元AランクやSランク冒険者たちもいるようで、ヴァルターさんの権限を使えばいつでも現場での救援活動に参加できるようだ。
正直、多くの子どもたちが奴隷として囚われているのだとしたら、彼らを保護するために多くの人が必要となるだろう。
ヴァルターさんのこの助力は非常に助かる。
そのこともあって、一度冒険者ギルドの総本部にやってきたのだ。
もちろん、カシアスやアイシスが悪魔というのは他の職員たちには黙っておく必要がある。
なんでも、ここアルガキア大陸は800年前に起きた魔族の人間界侵攻の際、悪魔の被害にあった唯一の大陸であり、今でも悪魔に対してのトラウマが強く植え付けられているというのだ。
だからこそ、ギルドの職員さんたちの力を借りるとしても、カシアスやアイシスが悪魔の姿で戦っているところは極力見られないようにしないとな。
あくまで、戦闘面ではなく人命救助のところでのサポートをしてもらいたい。
そんなことを考えながら、おれは新たなる大地へと足を一歩踏み出したのだった。
◇◇◇
おれたちが転移したのは巨大な門の前。
おれの視界には、数十メートルはあると思われる巨大な門が立ちはだかっており、その規格外の大きさに一瞬ひるんでしまったほどだ。
これは凱旋門なのだろうか?
色彩こそは地味で、ベージュ一色の石門のようだが、よく見ると門の所々に繊細な模様が描かれているようにも見える。
あれは剣や杖をもった人間たちが戦っているところだろうか……?
もしかしたら、本来は華やかな門だったのかもしれないが月日が経ち、雨風に打たれて風化してしまったのかもしれないな。
おれはかすかに見える門に刻まれた模様を眺め、そんなことを思っていた。
そんな巨大な門の前に転移してきたおれたちだったが、それとはまた別に人混みの多さに驚いた。
何やら、冒険者ギルドの職員と思われる制服を着た者たち、商人と思われる馬車で荷物を運ぶ者たち、貴族と思われる身なりのいい服装をした者たち。
他にも、騎士や学者と思われる者たちなど、様々な身なりの者たちがこの巨大な門を出入りしていた。
彼らは皆、門の入り口にいる武装したギルド職員たちに書類を見せては中に入ってゆく。
その様子をしばらく見ていたおれは隣にいるヴァルターさんを見つめる。
もちろん、おれらも書類があって中に入ることができるのだろうなとアイコンタクトで訴えているのだ。
そんなおれを様子をみたヴァルターさんはニコッと笑ってひと言つぶやく。
「ごめん、悪いけど君たちの身分を証明する通行許可証は持ってないよ」
へぇ?
おれは口にこそ出さないが、心の中でそうつぶやいた。
もしかしたら、少しばかり表情には出てしまったのかもしれない。
つまり、ヴァルターさんは中に入れるがおれたちは外で待ってろってことなのだろうか?
おれがそう質問しようとしていると、先にヴァルターさんが口を開く。
「正確には、僕の権限で作ることはできる。それがあれば問題なく君たちはこの中を自由に歩ける。だけど、それには少しばかり時間がかかっちゃうんだ。それに、今日は混んでるみたいだし……」
ヴァルターさんは少し困ったような顔をしておれたちに向かってそう話す。
確かに、通行許可証を作るのに時間がかかるというのは困る。
それに、どうやらこの人混みはヴァルターさんも予想していなかったようだ。
この人混みの列に並び、順番を待ってからさらに中に入るための手続き……。
だいぶ時間をくってしまうかもしれない。
だが、それでも……。
「だからさ! ここは君たちの転移魔法でささっと中に入っちゃおう!!」
ヴァルターさんは何の悪びれもない様子でそう語る。
「はぁい……??」
思わず、今度は口から言葉が出てしまう。
この人は正気なのだろうか。
自分の組織で定めている安全に関する通行許可を自らが率先して破ろうとしているのだ。
「まぁ、真面目なアベルくんの気持ちもわかる。だが、今は急がなければならない状況なのだろう? これは緊急事態なんだ、仕方ない!」
「なぁに、大丈夫! 僕が責任を持つから」
そんなヴァルターさんの発言に、カシアスとアイシスが口を挟む。
「どうやら外部から内部への侵入を防ぐような、転移魔法阻害がなされていますね……。ただ、もう劣化していてほとんどその役目を果たしていませんが」
「この程度の阻害なら問題なく内部へと転移できますね。私もカシアス様も問題はありません。ただし、アベル様は念のため、よしておいた方が良いかもしれません。転移に失敗した場合、腕の一本程度は持っていかれるかもしれませんので……」
何やらアイシスが怖いことを言い出す。
転移魔法阻害だと?
そんなものがここには張られているというのか……。
「おや、そんなものがあったのかい? それは先祖からも聞いたことがなかったな」
ヴァルターさんは驚いたように二人の話を聞き、何やら考えているようだった。
「まぁ、何はともあれ問題なく中へ行けるのならお願いしたい! アベルくんもそれで問題ないだろう?」
「あっ、はい! ヴァルターさんが責任取ってくれるならいいですよ」
「よし、決まりだ!!」
テンポよく会話は進み、正規の手続きではなく、転移魔法を使って冒険者ギルド総本部の内部へと侵入することになる。
おれとしても、好きにやってくれという気分だ。
それと……。
「あと、カシアス! その……。一応、おれを転移魔法で運んでもらっていいか?」
アイシスの言葉にびびってしまったおれは顔を赤らめてカシアスに頼み込む。
「えぇ、構いませんよ」
カシアスが少し笑っていたのには多少ムカッとしたが、まぁいい。
そんなこんなでおれたちは再びカシアスたちの転移魔法にお世話になることになるのだった。
◇◇◇
再び転移したのは冒険者ギルド総本部の内部。
内部と言っても、建物の中ということではなく街の中といった印象だ。
ここは今まで見てきた冒険者ギルドとはまた違った感じであり、小さな街のようになっている。
一つの建物が総本部ということではなく、ここに広がる街全体が冒険者ギルド総本部ということなのだろう。
なんたって人間界に散らばっている全ての冒険者ギルドをまとめ上げる総本部なのだ。
これくらいの規模でもおかしくはないだろう。
「ずいぶんと広いんですね。ヴァルターさん、本当にこの組織のトップなんですか?」
おれは冗談混じりの言葉をヴァルターさんに投げかける。
これほどの組織を本当にこの自由な人がまとめているのだろうか?
おれが半信半疑にもなってしまうのも仕方ないだろう。
「はははっ。アベルくんは手厳しいね〜。まぁ、どちらかというと部下たちが優秀だっていうのが大きいかな。あくまで、僕は七英雄ロベルト様の末裔だっていう組織の象徴みたいなものだし」
笑ってそう受け答えするヴァルターさんをみて、彼の契約している精霊のレーナも口を挟む。
「まぁ、いつも一緒に私からみてもヴァルターは頼られてるって見えないもんね〜。どっちかっていうと、ラースの方をみんなは頼ってる感じだよね〜」
レーナはヴァルターさんと話すときだけはフランクに友達のように話す。
おれたちと話すときは偉そうな大精霊のような口調で話すくせに。
やはり、契約しているだけあって友達のような関係なのだろうか。
それとも、前に話していたように伝説の精霊ハリスさんに憧れているというのがあるからだろうか……?
ハリスさんもおれたちと話すとき以外は随分と固い話し方をしていたからな。
「まぁ、彼女は優秀な上に頼られるのが好きみたいだからね。僕よりもトップが似合っていると思うよ」
ヴァルターさんはからかわれていることに一切嫌な顔はせず、むしろ部下が褒められていることを喜んでいるかのようだった。
おれはそんな彼をみて、やはりこの人はこの人なりに部下たち慕われるよきリーダーなのだろうと考えるのであった。
そんなことを話していると、一人の男性がこちらに向かって走ってくる。
眼鏡をかけた細身の男性で、どうやら相当慌てているようだった。
その表情からは恐怖といったような恐れの感情が見え隠れしていた。
「おや、あれはルイスじゃないか」
こちらに走ってくる細身の男性を見たヴァルターさんはそうつぶやく。
そして、その男性はおれたちの前に来ると、ヴァルターさんに向かって声を上げるのだった。
「はぁ、はぁ……。ヴァルター様!! いつ、お帰りになったのですか!?」
血相を変えて走ってきた男性、ルイスはおれたちの元へきて立ち止まるとそう叫ぶ。
「やぁ、ルイス。ちょうど今帰ってきたばかりなんだ。こちらにおられる方々は僕の知人でね……」
少しばかり、バツが悪そうに話すヴァルターさん。
おそらく、正規の手続きを踏んでいないおれたちをギルド職員に紹介することに抵抗があるのだろう。
まさか、違法に侵入してわずか数分でバレることになるなんて……。
これでは、時間をくってしまうかもれない。
ヴァルターさんはすかさず話題を変えた。
「それより、そんなに焦ってどうかしたのかい?」
「うっ……。それが……」
「あぁ、大丈夫だよ。こちらの方々は信頼に足る人物だ。本当に機密にしておくべきこと以外ならここで話してくれ。急いでいるのだろう?」
ルイスという男はヴァルターさんに紹介されたおれたちを眺めると、どこか観念したように諦めて一つため息をつく。
「はっ、はい……。それではどうか驚かないで聞いてくださいね」
その言葉に対し、静かに頷くおれたち。
ルイスという男はそう前置きをすると、表情を歪めて語り始めるのだった。
「魔族が……。魔族が現れた模様です!!」
おれの脳裏には様々な記憶が甦る。
かつておれの村を破壊し、家族を殺したライカンのエルダルフ。
そして、カルアの大森林を巻き込み、ハリスさんやアイシスを圧倒し傷つけたヴァンパイアのカインズ。
あのとき感じた絶望や深い悲しみがフラッシュバックする。
「既に、数十人の腕利き冒険者とギルド職員がやられた模様です!! 現在、ラース様を中心に討伐隊が再度組まれているところです」
「しかし、おそらくラース様をもってしても魔族相手では……」
おれの頭が真っ白になっていく。
そして、バクバクと鳴り始めた心臓の音だけがよく聴こえるのであった。




