224話 悪魔の企み
これはアベルたちが冒険者ギルドのグランドマスターであるヴァルターと合流した日のお話。
つまり、十傑の悪魔の一人であるエストローデを撃ち破り、エトワールを長年に渡り苦しめてきた呪縛から解き放った日の夜の出来事だ。
その場所は、アベルたちがいるフォルステリア大陸のローレン領から遥か遠く——。
海を渡った先にあるアルガキア大陸の山脈の一つ、カロライナ山脈の一角にある不思議な亜空間の中での出来事だった。
この世界——つまり、人間界ではない魔界からやってきた一人の悪魔ハワード。
彼は人間界には存在することがない亜空間の中でひっそりとその身を隠していたのだった。
彼が作り出したその亜空間の中は、まるで無限に広がる宇宙のような見た目をしており、所々に光る星のような粒が散らばめられていることによって、ハワードの姿がぼんやりと照らされている。
そんな亜空間の中で立っているハワードは、まるで無重量の宇宙に浮いているようであった。
「わかりました。それで、エストローデはやつにやられたのですね……」
悲しそうな表情をして、そうつぶやくのは《冥界の悪魔》ハワード。
長い緑色の髪を肩まで垂らす男性の悪魔だ。
彼は《天雷の悪魔》ユリウスが従える最強の上位悪魔の集団《十傑》の一員であり、同じく十傑の一員である、今は亡きエストローデの友人だ。
そんな友人の死を思いながら、ハワードは言葉を続けるのであった。
まるで、そこには彼の他にも誰かいるかであるように……。
「はい……。では、私がカシアスを迎え討つことにしましょう。彼女たちがアイシスを利用して、こちらの場所に誘き出すことはできたみたいですからね」
絶えず、一人黙々と誰かに向けて何かを報告しているハワード。
だが、そんな一人の会話も終わりを告げる。
「それでは、貴方様に朗報を届けられるられるよう、私も動きはじめるとします」
彼はまるで、自分の目の前には自らの主人がいるのであるかのように、深々と頭を下げて告げるのであった。
◇◇◇
それからどれくらいの時が経ったのであろう。
しばらくすると、ハワードは下げていた頭を上げて肩から力を抜く。
そして、緊張が解けたようにゆっくりと深くため息を漏らすのであった。
「はぁ……」
ハワードの頭には今、様々な想いが駆け巡っていた。
エストローデとは違い、悪魔たちの中でも知的な部類に入るハワード。
彼は自分に与えられた使命について、しっかりと理解していた。
だからこそ、これから起こる出来事を考えれば少なからず犠牲が出ることもわかっている。
そして、ハワードはかつて自分の思い描いていた未来と異なる現実に眉を潜めてため息を漏らす。
「なぜ、こんな事になってしまっている。俺はただ……。いや、今はそれを考えるときではないか」
「はぁ……。どうやって、あのバケモノに勝てというのだ。転生したばかりのエストローデはともかく、ユリアンまで倒したとなるとあいつの成長は測りしれないぞ……」
ハワードがカシアスと初めて会ったのは今から3000年ほど前のこと。
その時は、彼の主人であるユリウスに対して手も足も出ないカシアスの姿がそこにはあった。
ただの悪魔であるカシアスは、どう足掻いても最上位悪魔であるユリウスに勝てるわけがない。
冷静なハワードは当時そう思っていた。
だが、生き残ったカシアスはそれからグングンと力を付けて上位悪魔へと成長し、再びユリウスに挑んだ。
それでもまだ彼には及ばなかったが、その時のカシアスの実力は《十傑》と比べても遜色のないものであった。
それからさらに時は流れ、今やカシアスはユリウスと並ぶ最上位悪魔へと進化しており、魔王としてもその名を魔界に轟かせていた。
そして今、自分の仲間であるユリウスとエストローデを倒して自分の目の前に立ちはだかろうとしている。
彼らの間で、特別な存在であるとささやかれているアベルという少年と共に……。
カシアスは3000年前と比べ、驚くほどの成長を遂げた。
今の彼を相手に犠牲なしで戦うことはできないだろう。
そこで、ハワードは何かカシアスに対抗する作戦をじっくりと考える。
一人であれこれと悩むハワード。
そんなとき、彼の頭にはとある記憶が掘り起こされる。
「そうだ……! エルダルフの件の報告のときに、確かあのお方が……」
今から4年前、アベルたちの元へと送られた捨て駒の一人、ライカンのエルダルフ。
彼がアベルに与えた影響についての報告を受けた時のことをハワードは思い出す。
そして、彼は静かに微笑むのであった。
「できることは全てやっておくとしようか。|エストローデの仇、取らせてもらうぞ」
カシアスたちへの対策として、これからの作戦を考えるハワード。
そんな彼のもとに、配下の悪魔たちが戻ってくる。
ハワードのいる場所の近くの空間が歪み、一人の女の悪魔が入ってくる。
彼女は無理やり亜空間をこじ開けて入ってきたのであった。
「あら、ハワード様。こんな所でどうかされたのですか?」
赤髪の女の悪魔がハワードに問いかける。
どうやら、彼女からすれはまハワードはここではないどこか他の場所にいると思っていたらしい。
そんな彼女の疑問に答えようとすると、すかさず亜空間が歪み、もう一人の悪魔が入ってくる。
「あっ! ラズったら、やっぱりハワード様に言い寄ってるじゃない!?」
赤髪の女の悪魔にそう訴えるのは、青髪の女の悪魔であり、彼女もまたハワードの配下である。
「何よ、リズだってこの前、私に隠れてハワード様に迫ってたじゃない!!」
どうやら、赤髪の悪魔ラズはハワードがこの場所にいるとわかっており、青髪の悪魔リズを押し退けて亜空間へと急いでやってきたようだ。
この事態に、ハワードは毎度の事ながら少しばかりあきれてしまう。
だが、不思議とこんなやり取りが微笑ましく感じるのであった。
「お前たちに一つ、頼みたいことがある」
互いの肩を掴んでいがみ合っている二人の配下に声をかけるハワード。
「はい! ハワード様、何でしょうか!? リズなしで、私ひとりでやりますよ!!」
「ちょっと、ラズ!? 何ひとりで手がらをもっていこうとしてるのよ!! ハワード様、私ひとりにやらせてください!!」
我先にと、相手を押し退けてハワードにアピールをする上位悪魔のラズとリズ。
そのアピールの激しさは段々とエスカレートしていていき……。
「またアイシスですか? それなら私一人でも……。ボゲェェェ!」
「アイシスごときならお任せを! あの程度の女、ラズ抜きでも……。ブファァァ!」
二人は互いの顔を押して、物理的に妨害を加える。
上位悪魔の二人が本気で取っ組み合っているのだ。
「「ちょっと!? アンタ何するのよ!!」」
ここが亜空間でなければ、周囲の地形が崩壊してしまうだろうというくらい、その行為は激しくなってきた。
そんな二人に対し、ハワードは冷静にひと言だけ告げる。
「いや、俺としてはお前たち二人で協力してやってもらいたいと思う……」
このひと言にラズとリズは動きを止め、ハワードの言葉に耳を傾ける。
ハワードの表情と声色から、二人の配下たちは彼の真剣な頼みだということをはっきりと察したのであった。
そして、静かになったところでハワードは二人に自身の計画について語るのであった……。
◇◇◇
「はぁ……。どうしてこんな事になってしまったんだ」
ラズとリズがいなくなり、再び一人となった世界でハワードがつぶやく。
ハワードは決して愚かな男ではない。
準備としてどれだけやれることをやっても、それで全てがいくわけではないことを理解している。
カシアスの背後には魔界でも恐れられている大魔王ヴェルデバランがいるのだ。
一体、今までどれだけの強者たちがヴェルデバランの策略によって葬られてきたのか……。
「だが、これでいい」
ハワードは配下たちがいなくなった世界で一人つぶやく。
「大丈夫……。この計画なら、死ぬのは俺一人で済むはずだ」
それだけを言い残すと、ハワードは亜空間から抜け出して外の世界へと出て行くのであった。
今日から第五章です!
そして、初回はアベルサイドのお話ではなく敵サイドのお話でした。
新しい登場人物はもちろん、再登場の人物も多いので楽しみにしてもらえるとうれしいです!!
また、第四章完結にともなって活動報告も更新したのでよかったらご覧になってください。




