217話 いざアルガキア大陸へ(2)
「お久しぶりです、ヴァルターさん!」
おれは遥々ゼノシア大陸からやってきてくれた彼に挨拶をする。
ヴァルター=カルステン。
特殊な雰囲気を醸し出す彼は人間界の三つの大陸に存在する冒険者ギルドを統べるグランドマスターという存在だ。
ヴァルターさんは冒険者ギルドの創設者である七英雄ロベルトの末裔であり、偉大な魔法使いらしい。
ちなみに、偉大な魔法使いというのはレーナが言っているだけなので本当かはわからない。
そんな彼には人間界でトップクラスであるグランドマスターという権限を使ってもらって、おれたちの追っている十傑の悪魔について調べてもらっていたのだ。
まぁ、その追っていた十傑の悪魔は先ほど倒すことに成功しちゃったんだけどな。
その事についてもヴァルターさんに話さないとならないだろう。
おれは事情を説明するためにヴァルターさんに声をかけようとする。
だが、ヴァルターさんはおれよりも周りにいる者たちに興味を持ったらしく、サラに向かって話しかける。
「もしかして、君がセアラなのかい?」
「はい、貴方がヴァルターさんなのですね。はじめまして、セアラ=ローレンです」
ヴァルターさんに挨拶をして、お辞儀をするサラ。
服装こそボロボロになってしまっているが、その態度や振る舞いは気品溢れるものだった。
すると、サラの事をひと目見たヴァルターさんはニヤリと笑う。
「へぇ〜、可愛い子じゃないか。よく、レーナを通してアベルから聞いているよ。彼の初恋の人だってね……」
「ぶはっ!」
おれは突然のヴァルターさんの発言に吹き出してしまう。
そして、あわあわと慌てふためくのであった。
「ちょっと! ヴァルターさん、何を言ってるんですか!? 」
「って、おい! レーナ、お前の仕業なのか!? 」
おれはヴァルターさんとその背中に隠れる黄色髪の少女の精霊に問い詰める。
そんなこと、ひと言も言ってないのに勝手に決めつけやがって!
すると、そんなおれを見たヴァルターさんがおれをクスクスと笑うのであった。
「ふふふっ、やっぱり君は魅力的だ。可愛がってあげなくなっちゃうんだよね〜」
おれの反応を見て楽しげに笑うヴァルターさん。
そういえば、魔物の死体を買い取ってもらったときも破格の値段で買ってくれたよな。
やっぱあれっておれが好かれてたからなのか……?
まぁ何にせよ、あの時のヴァルターさんのおかげで友人のケビンを助ける事もできたんだ。
ありがたく思って感謝しないとだよな。
——っていうか、本当によくこんな人が全世界の冒険者ギルドをまとめてるよ。
人は見かけに寄らないっていうけど、本当にこの人は仕事をしているのだろうか……?
まったく想像ができないんだよな。
そんな事を思いながら、おれはヴァルターさんを見つめる。
すると、彼はおれと目が合うと一つ提案をしてきたのであった。
「それじゃ、こうして会うのも4年ぶりなんだし、どこかでゆっくりと話そうか」
「どうしてここがこんなに荒れているのかも聞いておきたいしね……」
ヴァルターさんの瞳が突如キリッとなって真剣な表情になる。
彼は戦場となっていたこの場の説明を求めることもあってか、おれたちに対してそう提案するのであった。
すごい切り替えだ。
まるで二重人格。
今のヴァルターさんはおちゃらけた不審者という雰囲気ではなく、会社なんかにいるお偉いご老人のような風格があった。
ただ、おれとしてもヴァルターさんの提案を素直に聞けない訳がある。
おれは悪いと思いながらも彼の提案を断るのであった。
「悪いんですけどヴァルターさん! おれたち、今緊急事態なんです! これから女の子を助けていかないとなんですよ」
そうだ。
今は和んでいる場合ではない。
悪魔たちに囚われているティアさんを助けないとなんだ!
「おや? そんな状況だったのかい。それは急がないとだね」
「残念だよ。せっかく重要な情報を掴んだっていうのにさ……」
おれの意見に文句を言うわけでも、追求するわけでもなく、ただヴァルターさんは優しく納得してくれるのだった。
ただ、おれとしても一つ気になるワードはあった。
重要な情報……?
そういえば、この前レーナを召喚したときにヴァルターさんが何か情報を掴んだと話していたな。
もしかしたら、その事についてなのかもしれない。
そんな事を考えていると、ヴァルターさんの後ろに隠れていた黄色髪の少女の精霊が顔をひょっこりと出して、おれに告げるのだった。
「そうだぞ! ヴァルターの頑張りによって、裏切り者のセルフィーたちの居場所がわかったのだ!」
顔に涙の跡をつけている彼女がそう話す。
セルフィーというのは4年前にカレンさんを嵌めて奴隷に落とそうとした元冒険者ギルドの職員だ。
おれやアイシスたちをゼノシア大陸で指名手配したやつでもある。
そして、レーナは続けておれたちに話すのであった。
「驚くでないぞ! なんと、あいつらアルガキア大陸にいたのだ!!」
どうだと言わんばかりに自分の手柄でもないのにドヤるレーナ。
そんな彼女の言葉におれたちはポカーンっとするのであった。
アルガキア大陸にセルフィーたちがいる。
彼女たちはエトワールさんから子どもたちを買い取って利用していた。
そして、アイシスが追跡して見つけてくれたアルガキア大陸にあるという敵の本拠地。
もしかして、ヴァルターさんが見つけてきたそれってアイシスが見つけてくれた所と同じなんじゃ……?
「ちょっと! 何なのだ、その反応は!? もっと声を上げて驚け!!」
あまりにも反応しないおれたちを見て、レーナが声を上げる。
そこで、おれはヴァルターさんにアイシスから聞いたことを話すのであった。
「ヴァルターさん、実はおれたちがこれから助けに行く女の子もアルガキア大陸にいるんです!!」
「しかも、上位悪魔が絡んでいるらしくって、このままだとその子は奴隷にされちゃうみたいなんです!!」
おれたちはティアさんを助けるために急がないといけない。
だからこそ、同じ目的を持つヴァルターさんと早めに情報を共有する必要があるのだ。
ヴァルターさんも、裏切り者のセルフィーたちを懲らしめるために探していたみたいだからな。
「おや、もしかして僕が教える前に彼女たちの居場所を突き止めちゃったのかな? まぁ、僕の方は正確な居場所まではわからなかったから役に立てなかったかもしれないけど……」
「えっ!? 何よそれ、そんなのひとっ言も聞いてないんですけど!!」
おれの言葉に驚く二人。
どうやら、彼らもそこまでの情報までは手に入れていなかったようだ。
ティアさんを取り返す事に意気込むおれ。
そんなおれを見ていたカシアスが声をかけてくる。
「アベル様、大変お急ぎのようですが今日は一日休んだ方が良いですよ。残念ですが今の我々ではハワードとその配下には勝てません」
今日中には救出は不可能だと話すカシアス。
そんな彼におれは問いかける。
「そんな……。それじゃ、ティアさんはどうなるんだよ!?」
確かにカシアスのいう言葉も理解はできる。
おれもサラもボロボロだ。
カシアスだってエストローデ戦で膨大な魔力を使っただろう。
アイシスはまだまだ元気そうだが、彼女の話では十傑の一人であるハワードの配下が現れて逃げてきたと話していた。
ハワード自身もそうだが彼の配下も大変な実力者だと聞く。
配下すらからも逃げてきたアイシスにハワードと戦ってくれなんていうのも無茶がある。
つまり、ここは身体を休めて回復するのが優先。
それはわかるんだけど、ティアさんが……。
そんな風に悩んでいるとカシアスが続けて話してくれる。
「エトワールの話が本当だとして、奴隷にされるとしてもすぐにどうなるわけではないでしょう」
「以前、アイシスが調べてくれたゼノシアの貴族たちの場合ですと、奴隷オークションなるものをしていたようです。ですので、アルガキアの方も少し猶予があると願って身体を休ませた方が良いと思います」
そっか。
確かに、連れ去られたとしてすぐに奴隷にされるとは限らない。
カレンさんのようなケースだってある。
それに、エトワールさんも『このままでは』と話していた。
まだ、少しなら猶予はあるのかもしれない。
おれの中で少しずつ希望が見えてくる。
「おれとしては今すぐにでも助けに行きたいけど、確かにカシアスのいう通りだな。ただ、明日には絶対向かうぞ!」
「はい……。それでは、決戦の準備を整えておくとしましょうか」
カシアスはそう言っておれに頭を下げる。
彼が頭を下げて表情が見えなくなる瞬間、おれにはカシアスが少し笑っているように見えた。
そして、ヴァルターさんがおれたちに告げる。
「それじゃあ、君たちがどうやって悪魔の場所を突き止めたのか。それに、この悲惨な状況の説明をしてもらおうか」
「そして、明日僕たちも一緒にアルガキアに向かおうじゃないか!」
こうして、おれたちには強力なスケットであるヴァルターさんが加わり、共にアルガキア大陸を目指すこととなったのだ。
さぁ、待ってろよセルフィーにハワード!
カレンさんやバルバドさん、エトワールさんたちを苦しめたお前らを追いつめてやる!!




