216話 いざアルガキア大陸へ(1)
「バッカモーン!!」
精霊レーナの飛び蹴りにより、おれは宙を舞う。
エストローデ戦でボロボロになったおれは彼女の攻撃を避けることができなかった。
そして、地面へと転がる。
「痛ってぇ……。おい、何するんだよ!?」
おれはレーナに向かって声を上げる。
——といっても、怒りの感情はそれほどなく疑問の方が強かった。
それはおれが地面に衝突する前にカシアスかアイシスが魔法で簡易的なクッションを作ってくれたからだ。
おかげさまでそれほど痛みを感じることはなかった。
すると、おれの言葉を聞いたレーナが文句を言う。
どうやらおれに対して怒っているようだった。
「それはこっちのセリフだ! 何がテスラ領にいるから来いだ! 勝手に別の領地に移動しおって!!」
おれたちがテスラ領からローレン領へと移動したことを怒るレーナ。
そういえば、数日前くらいにレーナを召喚して話したな。
おれたちは今、王国ではなくて共和国のテスラ領にいるって。
あれ……。
でも、おれはレーナにテスラ領に来いなんて言ったっけ?
おれの記憶が正しければレーナが勝手にテスラ領に出向いてやるって言ってた気がするんだけど……。
あのとき、まだ彼女たちは王国に向かう船に乗っているみたいなことを聞いていたし、ちょっとくらいテスラ領から離れても問題ないと思ってたんだけどな。
まぁ、そんなことレーナに言ったところでどうにもならないことはわかってる。
ここは素直に諦めよう。
そして、おれはレーナに謝るのであった。
「確かに、それは悪かった。それにしても随分早かったな。この前話した感じだと、今ごろ王国に着いた頃だと思ってたよ」
おれはレーナに謝罪をしつつ、既にローレン領までやってきたことに驚いていることを告げる。
なんたって、レーナは転移魔法が使えない普通の精霊なんだもんな。
どうやってこんな短時間で移動してきたのだろう?
すると、おれの質問を聞き何やらドヤ顔で笑うレーナ。
そして、誇らしげに事の真相を語るのであった。
「あぁ、それのことか! ふっふっふっ……。聞いて驚くなよ!? 実はお前のことを驚かせようと思って嘘をついていたのだ! 本当はあのとき既に王国には着いていたのだ!!」
腰に手を当てて自慢げに話すレーナ。
どうやら彼女は先日会っていたとき既に王国には着いていたと話す。
うん、それだったらやっぱおれ悪くないよね。
だって、しばらくテスラ領には来ないだろうと踏んでおれたちはローレン領に遊びに来たんだから。
おれは自分の中で正当化する。
今回の件は全面的にレーナが悪いんだし、自業自得であると。
「ん……?」
すると、ドヤっていたレーナがおれの側にいるカシアスに気づく。
そして、段々と顔が青ざめてゆくのであった。
この前はトラウマになるほどカシアスにいじめられていたからな。
まぁ、あれもレーナが100パーセント悪いんだけど……。
「あわわわ……」
カシアスを見て震えだすレーナ。
あのときのトラウマが甦ったのかもしれない。
それに、よく見るとカシアスの方もレーナの事をにらんでいた。
あれ……これって前にも見たような展開じゃ?
「ゴメンなさい! アベルを蹴ったのはわざとじゃないんです! 許してください!!」
頭を下げてカシアスに謝るレーナ。
もう顔がぐちゃぐちゃになりながら謝罪をする。
そして……。
「うわぁぁぁぁあん! ゔぁるたぁぁぁあ〜!!」
彼女は契約者の名前を叫びながら逃げ出すのであった。
おれはそれを完全に第三者として冷静に見つめる。
段々と遠ざかってゆく彼女の後ろ姿。
悲しげな背中を見つめる。
あっ、転んだ!
戦場となっていたせいでデコボコになっている地面。
彼女は石につまずいて盛大にコケる。
「うわぁぁぁぁあ〜〜ん!!!!」
そんな彼女の泣き声は遠く離れたおれたちのもとまで聞こえてくるのであった。
「お前、もしかして何かしたのか?」
おれは何か良いことがあったみたいに微笑んでいるカシアスに問いかける。
さっきまでレーナをにらんでいた顔はどこにいっただよ!
「さぁ? 何のことでしょうかね」
静かに笑いながらトボケるカシアス。
おれはそんな彼を見て少しばかりあきれる。
うん、絶対に確信犯だな。
まったく、力のない精霊にそんなムキにならなくても……。
まぁ、別にいっか。
おれもレーナも本気で傷つけられたわけじゃないんだし、今回はこれでおあいこということで。
そんな風にしていると、遠くから馬に乗った男性がおれたちの方に向かってくる。
その男性の後ろには何やらこっちをチラチラと見ながら隠れる少女の精霊もいる。
あぁ、やっぱり戻ってきたのか。
おれは馬に跨る二人を見て納得する。
レーナがいるってことはあの人もいるってことだもんな。
彼らはおれたちの前までやって来ると、ゆっくりと馬から降りる。
「やぁ、久しぶりだね」
相変わらず冒険者ギルドのグランドマスターとは思えない、浮浪者のような見すぼらしい服装にボサボサの頭。
緑色の髪は太陽に照らされて綺麗に光っている。
そして、彼の優しげな声が届いてくる。
独特な雰囲気を醸し出す、ヴァルターさんがおれたちの前に現れたのであった。




