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197話 復讐の相手

  「そうか……。ユリウス様にバレなければいいんだ。アベルを殺すなとは言われてないんだし、証拠ごと消してしまえばいいのか……」



  さっきまで慌てふためいていたエストローデは表情を変えて微笑む。


  やばいな。

  エストローデが気づいてしまった。


  単純そうなやつだから何とかなると思っていたのだが、甘く見過ぎでいたらしい。


  手加減しているエストローデ相手におれは苦戦しているのだ。

  本気で殺しにくるエストローデをおれ一人でどうにかできるとは思えない。



  考えろ……。

  どうやったらエストローデから身を守れる……?



  おれは必死に考える。

  そして、一つの賭けにでることにした。



  「本当に……そんなことしていいのか……?」



  おれは低い声でエストローデに問いかける。

  真に迫るよう、硬い表情で語りかけるのであった。


  そして、それに対してエストローデが尋ね返してくる。



  「どういうことだ……?」



  よし!

  まずは乗ってきてくれた。


  おれは感情を顔に出さないように気をつけながら言葉を続ける。



  「お前如きがおれを殺せるのかって言ってるんだ。忠告しておいてやるよ、エストローデ」


  「おれが本気を出したら、お前なんて一溜(ひとたま)りもないぞ。それでもいいのか……?」



  おれは強気でエストローデを威嚇する。



  そう、これがおれのでた賭け。

  ハッタリだ!



  おれは嘘をつくのが苦手である。

  しかし、単純そうなエストローデならば騙せるのではないかと思い、ハッタリをかますことにしたのだ。


  どうやらエストローデの主人である魔王ユリウスはおれを高めに評価してくれているらしい。

  それならば、それを利用してやるのみだ!


  おれがエストローデすら上回る実力者だとしれば諦めてくれるかもしれない。

  そんな淡い希望を持っておれは演技をした。


  すると、そんなおれの演技に対してエストローデが反応する。



  「なに!? アベル、お前はおれを軽く凌駕(りょうが)する存在だとでもいうのか……」



  突如、エストローデは驚いた表情でおれを見つめ出す。


  おいおい、本当に信じてくれちゃったよ。

  あんな猿芝居で騙されるなんて、本当にエストローデって単純やつなんだな。


  おれは目の前で起きている状況に満足して内心ほくそ笑む。


  だが、おれの異世界ライフにおいて思った通りに物語が進んでいくなんてこと、基本的にはないのだ——。



  「おもしろい……」



  んっ……?


  おれはエストローデの言葉に反応する。

 


  「おもしろい! ならば、おれとお前どちらが上なのか次の一撃で決めようではないか!!」



  興奮して、一気にテンションが上がるエストローデ。

  おれはこの状況に対して(まだた)きを繰り返すことにしかできない。



  「おれは強いやつとやるのが好きなんだ! それで負けたとしても後悔はしない」



  エストローデが楽しそうにしながらそう告げる。



  どうしてだよ……。

  さっきまで上手くいってたじゃないか。



  どうしてこうなるんだよ……。



  だが、おれはまだ諦めない。

  希望を捨てずに抵抗をする。



  「まっ、待て! お前とはもう少しお話がしたいんだ」



  演技など忘れ、素のおれで説得しようと試みている。


  すると、エストローデの口から気になる言葉が発せられた。



  「どうして止めようとする。お前はおれを恨んでるんじゃなかったのか?」



  突然告げられたエストローデを恨んでるという言葉。


  どういうことだよ。

  おれはお前と会うのが今日で初めてなんだぞ?


  まだ理解ができていないおれに、エストローデはにんまりと笑いながら話しかけてくる。



  「もしかして、アベル。まだおれの正体に気づいてなかったりするのか……?」



  それで改めておれは思い返す。

  エストローデは魔王クラスの実力者である十傑の悪魔だ。


  そう、十傑の悪魔の一人であるのだ——。



  嘘だろ……。


  もしかして、エストローデの正体がアレだとしたらエトワールさんは……。



  おれは自分の中で何かが崩れていくような感覚に襲われたのだった。




  ◇◇◇




  アベルがエストローデと空中で話している間、地上ではセアラとエトワールが戦いを繰り広げていた。



  エストローデの魔法により地上はぐちゃぐちゃになったものの、彼の魔法は二人を傷つけるようなことはなかった。

  これはエトワールがセアラへの復讐を果たしたいと話していたことによる、エストローデなりの配慮だったのかもしれない。


  そして、地上戦において魔剣を片手で操るエトワール。

  セアラは防戦一方でエトワールの攻撃を耐え忍んでいた。


  セアラにとってエトワールは亡き両親の恩人であり、よき友であった。

  彼は悪魔に操られているだけ。


  だからこそ、下手に手を出せずにいた。

  魔剣という武器で傷つけてしまわぬようにと——。


  そんなセアラに対し、エトワールは魔剣を振るいながら声をかける。



  「どうした? 武闘会の時とは違って随分と大人しいじゃないか!」



  まるでセアラの武闘会を観ていたかのような口ぶり。

  この言葉にセアラは違和感を覚える。


  そして、彼女はエトワールの魔剣を払い退けた。

  純粋な力では劣っている分、魔力を込めてエトワールに対抗した。


  その影響で二人の間に魔力が(ほとばし)る。



  「まるで、私のことを随分までから知っていたような口ですね」



  セアラがエトワールに答える。


  二人が出会ったのは二日前。

  エトワールはそこでセアラを認識したはず。


  それまでは名前や経歴しか知らなかったはずなのに、まるで彼女を直接観ていたかのような口ぶり。

  セアラはそんな違和感を持ったのだった。


  すると、エトワールが攻撃を一度やめて答える。



  「まぁ、おれもヨハンに付いて行って武闘会を観させてもらったからね」


  「成長した君の姿をじっくりと観させてもらったよ……」



  エトワールは驚いた顔をしているセアラを見つめて微笑む。


  そうだ。

  アベルやセアラの考えでは、エトワールは二人と別れた後に悪魔に利用されたことになっている。

  それはカシアスやアイシスがエトワールと悪魔の繋がりは見えないと判断したからだ。


  つまり、二日前にみんなでローレン領へとやって来た時点ではエトワールは正常だったということになる。

  そんなエトワールが武闘会でセアラを観て知っていたのに、どうして初めて出会ったかのようなふりをしていたのかと彼女は考える。


  そして、気づいてしまったからこそ顔にそれが表れてしまっているのだ。



  「そうだ! 君の考えている通りなのさ」



  エトワールはセアラの心を読んでいるかのように答える。



  「おれは悪魔に思考を操られているわけも悪魔に身を委ねているわけでもない。自ら進んであいつらに協力しているんだよ……」



  そう語るエトワールの瞳はひどく険しく、ハウスで暮らす孤児たちを優しく見つめていた瞳とはまるで別のモノであるようだった。


  セアラは今だに信じられない。

  いや、信じたくないと思いながらエトワールに向けて声をかける。



  「そんな……。どうして貴方のような人が悪魔に手を貸すんですか!? あいつは御伽噺(おとぎばなし)で語られている残虐な悪魔なんですよ!!」



  セアラは上空にいるエストローデの事を指差し、エトワールに呼びかける。


  エストローデはローレン家の領主の息子ヨハンを操って色々としていたみたいだ。

  それに、エストローデ自身も周辺の事など気にかけることもなく破壊の限りを尽くしている。


  彼のせいで、無関係な屋敷の者たちが何人死んだかもわからない。


  そんな悪魔に自分の愛する両親たちの大切な人が利用されている、ましては協力しているなんて信じたくはなかった。


  すると、セアラの言葉を聞いたエトワールは感情をあらわにする。



  「何も知らないで好き勝手言いやがって……。おれには悪魔(あいつら)の力が必要なんだよ。おれの目的の叶えるためにはな」


  「それと言ったろ……? 復讐したいのさ! おれを大切な者を奪ったらお前らにな」



  エトワールの瞳には憎悪が宿っており、セアラに対しての明確な殺意がうかがえる。


  何を言っても通じない。

  そんな断固たる決意すらエトワールからは感じ取れた。


  「カイルやマルクス殿たちから聞いてないみたいだから教えてやろう。セアラ、君がどんな存在かということをな……」



  そう言って、エトワールは彼女に語り出すのであった。


  孤児院で話した過去の続きのお話を……。

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