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196話 ディアラ vs カシアス

  薄暗い部屋でぶつかり合う赤髪の悪魔と漆黒の悪魔。

  二人は狭い地下空間の中で互いの魔力を魔剣に込めて激しく戦っていた。


  宙を舞い、勢いをつけて斬りかかる赤髪の悪魔。

  漆黒の悪魔はそれを躱し、彼女の一撃で床は粉砕する。


  互いに譲らぬ攻防を繰り広げる二人。

  そんな中、赤髪の悪魔ディアラは息を切らしはじめていた。


  「あら、なかなかやるじゃない。私と剣技で張り合えるなんて、アンタ剣もそれなりに使えたのね」


  息を整えるため、彼女は一度攻撃をやめて漆黒の悪魔カシアスに声をかける。


  すると、カシアスの方も一旦攻撃を止めるのであった。

  先を急いでるカシアスではあったが、ディアラから何か聞き出せるかもしれないと思い、話に乗ることにしたのだ。


  「はい。剣の扱い方はまだ慣れませんが、それでも貴女程度の者とやり合うくらいは容易いですよ」


  ディアラは上位悪魔の中でも強い部類。

  その実力は魔王ユリウスも認めているほどだ。


  しかし、カシアスはそんな彼女の相手をするなど容易いと表現した。


  「へぇ……。アンタも言うようになったのね」


  カシアスの言葉を冷静に受けとめるディアラ。

  そんな彼女にカシアスは聞き出したい疑問を投げかける。


  「貴女がここにいるということは、エストローデもここに来ているのですか?」


  カシアスにとって一番気になっていること。

  それはアベルたちの心配だ。


  先ほど、アベルは人質となっていたメルを連れてセアラの待つ応接間へと戻っていった。

  しかし、魔力感知の範囲を広げてみても悪魔の気配は見当たらない。

  魔力感知に引っかかったのは最初から怪しいとにらんでいたエトワールのものだけだったのだ。


  つまりこれはカシアスの予想が外れたということ。

  もしくは、悪魔が魔力を潜めており魔力感知では確認できないということ。


  もしも悪魔がその気配を隠しているとして、それがカシアスの魔力感知に引っかからないとしたらその悪魔は相当の実力者である。


  アベルに念話で確認してもいいのだが、魔力だけでなく姿さえも潜伏して隠れているのだとしたらアベルには悪魔の存在を感じ取れない。

  むしろ、念話をすることによって気を逸らしてしまうことを考慮して、カシアスは目の前にいるディアラに尋ねることにしたのであった。


  すると、ディアラは隠す気などさらさらなくカシアスの疑問に答えるのであった。


  「そうよ、エストローデ様も一緒よ。今頃、アンタのお仲間たちと遊んでくれていると思うわ。ふふふっ……」


  不敵な笑みで微笑むディアラ。


  これはカシアスにとっては最悪の事態とも言えた。


  エストローデといえば十傑序列第2位の上位悪魔。

  その圧倒的な力はカシアスにも匹敵すると噂されるほどであった。


  そんなエストローデを相手にアベルやセアラだけでどうにかなるとは思えない。

  カシアスは一刻も早くアベルたちのもとへ向かう必要があった。


  「まぁ、アンタはここで私に殺されちゃうからどっちにしろ関係ないんだけどね」


  心配するカシアスを見て、ディアラは特攻してくる。


  雷属性と火属性の複合魔法を放ち、カシアスを翻弄する。

  燃えさかる電撃がカシアスを貫こうと宙を切り裂く。


  そして、カシアスがそれを防ぐことに気を取られていると、転移魔法で彼の目の前に現れたディアラが魔剣で襲いかかる。


  そんなディアラに、カシアスは一歩一歩後退しながら対応していた。


  「ほらほら! 逃げな、逃げな〜!」


  「アンタ、最上位悪魔の魔王って言ったって所詮はその程度なんだ! ユリアン様を倒したのだって、ヴェルデバランに手を貸してもらったんだろ!?」


  激しい猛撃を受け続けるカシアス。

  その間も、カシアスはただ考え事に没頭していた。


  アベルたちのもとにいるであろうエストローデは彼らだけでは手に負えないバケモノだ。


  しかし、彼にも欠点はある。


  それは十傑の中で一番……。

  いや、悪魔の中で一番単純な男であるということだ。


  頭のキレるアベルならばエストローデを手玉にとって時間を稼いでくれるだろう。

  カシアスはアベルの事を信頼してそう考えていた。


  そして、いま目の前のいるディアラ。

  彼女は単純なエストローデを補佐する優秀な悪魔だ。

  武力面でもそうだが頭も相当キレるとアイシスから聞いている。


  彼女がこれまで仕掛けてきた様々な罠。

  それはこれで終わりなのだろうか。


  自分をアベルたちから引き離し、バラバラとなった所を襲撃する。

  果たして、これだけなのだろうか……?


  そんな考え事の最中、カシアスに念話をしてくる者がいた。


  カシアスに対し、リノを経由してアイシスからのメッセージが届いたのであった。


  アイシスからの報告。

  それはカシアスが想定していた以上のスケールであった。

  想像を上回る十傑たちによる人間界の支配を示すものがアイシスから報告されてくる。


  「なるほど……。この計画は貴女一人で立てたものではなさそうですね」


  この事を聞き、思わずカシアスはつぶやく。


  「あら、どうしてもそう思うの? まぁ、否定はしないんだけどね!!」


  ディアラはカシアスの言葉に反応しつつ、魔剣でカシアスに襲いかかる。


  「答える義理はありませんね。ただ……貴女から聞き出せそうなことはもう無くなったので終わりにしましょうか!」


  カシアスはその手に持つ魔剣でディアラの事を振り払う。


  先ほど出現したエストローデの魔力をカシアスは感じ取ったのだ。

  その魔力の量からしてアベルが危ない。


  そして、ディアラはそんなカシアスの一撃に危機を覚え、一瞬で距離を取った。


  「そうね……。それは賛成よ。終わりにしましょうか!!」


  ディアラは複合魔法を使ってカシアスをかく乱させようとした。

  しかし、これによって自身が知らなかった真実を知ってしまうこととなる。


  カシアスから逸れたいくつかの電撃が壁を破壊する。

  すると、そこには防御魔法と思われる氷の結界が張られていたのだった。


  ディアラは最初、これが何なのか理解できずにそれを見つめていた。

  この屋敷はディアラにとってはホームであるはず。

  それなのに、こんな氷の結界が壁の奥にあったことなんて知らない。


  そして、頭のキレる彼女は気づくのであった。


  「嘘……。貴方、もしかして周囲にこれだけの防御魔法を発動しながら戦っていたとでもいうの……?」


  「それにこれって……」


  ここでディアラは結論にたどり着く。


  カシアスは周囲に被害が及ばぬよう、防御結界を張り巡らせながら戦っていたということに……。

  そして、ディアラがこの場から転移で逃げられないようにと時間稼ぎの結界まで張られているのであった。


  ディアラは昔のカシアスをよく知っている。

  確かに魔王となれるほどの実力はあったし、魔王序列第4位となったことにも疑問などなかった。


  しかし、所詮は十傑以下の実力。

  ユリウスが認めてスカウトしてきた十傑たちには及ばない存在。


  さらにディアラは魔剣を扱える分、この空間での戦闘となれば自分の方が相性的に優位でありカシアスに勝てると思っていた。

  それなのにカシアスは同等の魔力を扱った同レベルの剣技を持ち合わせていることに驚かされた。


  それに加えて、カシアスは周囲に防御魔法と結界魔法を展開するほどまだ魔力に余裕があるということ。

  しかも、本気を見せていないという可能性すら出てきた。


  そこで彼女は気づくのであった。

  もしかしたら、情報を引き出すために自分は生かされていただけではないのかと……。

  そして今、カシアスはもう終わりにすると告げた。



  「結局、アンタは私たちの知らないうちに強くなっていたということなのね。完敗よ……」



  ディアラは目の前にいる魔王カシアスに敗北を認める。

  遥か昔、遠くから見ていた弱者だった男は本物の強者へと成長したのだと。



  「さようなら、ディアラ。来世でこそは貴女とも仲良くしたいものですね」



  カシアスはディアラに別れを告げる。

  そして、彼女は最後の力を振り絞ってカシアスに抗おうとする。


  しかし——。



  「エストローデ様……。わたしは先に……向かいます……」



  カシアスの放った氷塊がディアラの胸に貫き、彼女を壁に張りつけにする。

  そして、カシアスは追撃するかのように幾つもの氷塊を宙に浮かべる。

 

  「もしもあのとき……あんたが今くらい強かったらね……」


  ディアラがカシアスに向けて嘆きの言葉をかける。


  「これは忠告よ……ハワード様には気をつけなさい……。あのお方は……エストローデ様と違って容赦がないわよ……」



  これが上位悪魔ディアラがカシアスに告げた最後の言葉であった。

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