187話 ターゲット変更
「何をしてるの!? 早く、その小僧を捕まえなさい!!」
ヒステリックを起こしたヴァレンシアが騎士たちに命令する。
だが、彼らはおれを捕らえることができない。
華麗な体さばきと転移魔法で彼らの攻撃を躱していく。
魔導師に至っては、屋敷内ということで魔法を使うこともできず、たどたどしく戸惑っていた。
ヴァレンシアはともかく、ローレン家に仕えるみなさんはカイル父さんを侮辱したわけではない。
寧ろ、尊敬の念さえ感じた。
かといって、おれに襲いかかってくるのは避けられないし、気絶くらいで勘弁してやろう。
骨を折ったり、命に関わるケガをさせるようなことはしないでおいてやるか。
こうして、おれは闇属性魔法もフルに使って彼らを鎮圧していく。
騎士の剣を破壊し、腹部に軽く魔力を当てて気絶させる。
複数人で一気に襲いかかってくることもあるが、遅すぎて話にならない。
普段、アイシスやサラと稽古をしているおれをなめるなよ!
そうして一人一人、おれが気絶させて放り投げていると騎士たちの顔に不安がにじみ出る。
聞いていた話と違うではないかといったところだろうか?
所詮は貴族の子ども。
領主に仕えるために訓練されている自分たちが万が一にも負けることなどない。
そんなところだろう。
まったく……。
サラに注目するのは仕方ないかもしれないが、おれだって武闘会ではそれなりに活躍したんだぞ?
ちゃんと、こいつらに教えておかないとダメじゃないですかヴァレンシアさん。
おれは悔しそうして歯を食いしばるヴァレンシアを見つめ、心の中でつぶやく。
騎士たちだってもうとっくに気づいている。
おれには束になっても勝てないと。
だが、ヴァレンシアの命令には逆らえない。
大人しく降伏すればいいものの、彼らもどうにかしてこの場を凌ごうと考える。
そんなとき、葛藤を抱えているであろう一人の騎士の表情が変わる。
何かに気づいたようだ。
そして、彼は周りの仲間に向かってこう叫ぶ。
「あの執事だ! この小僧がダメなら、執事の方を人質に取ればいいんだ!!」
男はカシアスを指差して叫ぶ。
その表情は、活路を見いだしたという喜びで先ほどまでの不安は消し飛んでいた。
周りの者たちも男につられて騒ぎ出す。
「そうだ! わざわざこのガキを相手にする必要はねぇんだ!!」
まるで、既に主導権を握ったかのようなお祭り騒ぎ。
彼らの中には勝利を確信して歓喜の声をあげる者すらいる。
サラに言うことを聞かせたいのであれば、サラにとって大切な人を人質に取る必要がある。
そして、この場に連れてきている執事ということは、サラにとって信頼も厚く大切な者なのだろうという彼らの推測。
おそらく、それは間違ってはいない。
だが、それだけはやめておいた方が……。
おれの心配など他所に、ターゲットをカシアスに変更した騎士たちがおれのもとを離れてカシアスの方へと向かう。
そんな中、カシアスは一人椅子に座りこの場を楽観的に眺めていた。
危機感などまるで感じていないように……。
「ふんっ! その坊ちゃんには驚かされたけど、だからって問題はないようね。人質の替えなんているんですもの!」
「さぁ、セアラ。そこの執事がどうなってもいいのかしら? その男を助けたければ、私の言うことを聞くのね!!」
ヴァレンシアは再度、サラに要求する。
彼女自身も騎士たちと同じようにカシアスを人質に取ってこの事態を解決しようとしている。
そんな彼女に、サラは再度あきれた表情で告げる。
「もう、好きにすればいいじゃないですか? そんなことをしても私は貴女に従うつもりはありません」
サラの言葉を血管を浮き上がらせて聞いていたヴァレンシア。
そんな彼女の命令が部屋に鳴り響く。
「やってしまいなさい!」
怒りにで冷静さを完全に失ったヴァレンシア。
最悪の想定ができるできないの話をしていたのはいったいだれだっけ?
カシアスの事をよく知りもしないのに、大事な騎士たちをよく戦わせられるよ。
まぁ、この人からしたら自分に仕える魔導師や騎士なんて道具の一種でしかないのかもしれないけどな……。
おれは彼らを憐んで事態を見守っている。
かけ声を上げてカシアスに攻撃を加えようとする騎士たち。
「「「おぉぉぉぉ!!!!」」」
複数でカシアスを囲んで攻めようとする彼ら。
そんな騎士たちを見て、カシアスはつぶやいた。
「おいしい紅茶が出てくると思っていたのですが……。どうやら、いくら待っても出てこないようですね。非常に残念です……」
そして、カシアスが指を鳴らす。
パチンッ!
乾いた音が聞こえたと思うと、次の瞬間には悲鳴が聞こえる。
「ギャァァァァア!!!!」
それはおれたちのいる部屋の中に響き渡った断末魔のような叫び声。
それも、一人だけの声ではなかった。
「たっ、助けてくれ!!」
「死ぬ!? 死にたくなぁい!!!!」
おれは自分の目を疑った。
カシアスが指を鳴らした瞬間、彼を囲む者たちが足の指先から急速に凍りはじめたのだ。
次に瞬きした瞬間、騎士たちは首の下の胴体は完全に氷像と化していた。
そして、断末魔の叫び声をあげた者たちはまるで最初から人間ではなかったかのような凍りついた氷像となってカシアスの周りに立ち尽くす。
彼らの顔は恐怖で凍りつき、この世のモノとは思えないおぞましい表情をしていた。
おれは改めてカシアスの力にビビる。
「ちょっと、やり過ぎなんじゃない……?」
流石に、これは行き過ぎているのではないかと思ったサラがカシアスに声をかける。
これに関してはおれも同感だ。
死にはしてないよな……?
そして、カシアスは椅子から立ち上がりヴァレンシアを見つめる。
彼女はカシアスの一連の行動を見て恐怖に震える。
自分も彼らのような人間アートになってしまうのではないかと……。
「セアラお嬢様の意思を尊重してくれるのなら、彼らを元に戻しましょう。この要求が呑めないのなら、彼らはこのまま直に死ぬでしょうね」
カシアスはヴァレンシアに要求する。
お前に仕える者たちを生かすも殺すもその選択次第だと。
どうやら、彼らは一応まだ生きているようだ。
これを聞いておれも安心する。
だって、この中にはカイル父さんやハンナ母さんにだって優しくしてくれた恩人だっているかもしれないんだしな。
そして、ヴァレンシアは脊髄反射かのような勢いですぐに答える。
「わかりました! もうセアラに強要はしません! ですから……お許しを」
ヴァレンシアはみっともない表情でカシアスに頭を下げて謝る。
おそらく、言うことを聞かなかったら自分まで氷像にされるとでも思ったのだろう。
ペテン師も驚くほどの素早い掌返しだ。
ある意味おれは感心する。
「わかりました。それでは、彼らをもとに戻しましょう」
そう言って、カシアスは氷像と化した騎士である彼らを元に戻すのであった。
◇◇◇
カシアスが一人ひとりの氷を溶かす作業をしている間、おれたちには気まずい沈黙が流れる。
せっかくの祖母と孫の再会だというのに、こんな形になってしまうなんてサラも災難だな。
そんなことを思いながら、特に話すこともないおれたちは静かにカシアスの作業が終わるのを待つ。
そこで、おれは一つだけヴァレンシアに要求することにした。
おれにとっては関係ないことだが、個人的には見過ごせなかったのだ。
「あの、おれから一つだけお願いがあります。もっと、貴女について来てくれる人たちを大切にしてください。彼らだって、おれたちと同じ人間なんですよ?」
それは魔導師や騎士たちに関することだ。
ヴァレンシアはあまりにも彼らに対する愛がない。
道具のように扱われる彼らを見ていて、可哀想に思ってしまったのだ。
「貴方……カイルみたいなことを言うのね。でも、確かにそうよね……」
ヴァレンシアがぶつぶつと答える。
一応、伝わってはいるのかな?
カイルみたいと答えているし、やっぱカイル父さんにもそういうことは言われてたのか?
「まぁ、おれもカイル父さんに育ててもらいましたからね。ほら、武闘会でもそんなことを聞いたんじゃないですか?」
おれはヴァレンシアに武闘会の話題を持ちかける。
すると、彼女は予想外の答えを返した。
「武闘会? あぁ、ごめんなさいね。私、観に行ってないからわからないの……」




