175話 カイルの過去(1)
第四章はカイル父さんの過去の話が何話かあります。
今回はそれの第一話です!
天才魔法使いカイル=ローレン。
側から見れば恵まれた環境で幸せな人生を送ったカイル。
だが、彼の人生は決して順風満帆に進んできたというわけではなかった……。
世界でも有数の大国であるエウレス共和国。
七英雄が建国したその大国は七英雄亡き後、その子孫たちによって分割されていき、各領地をそれぞれの子孫が領主として治めてゆくこととなった。
だが、長い時間を経て領主同士での派閥や対立が生まれ、800年が経った今では各領地はまるで別の国家であると言われるほど関係は冷えていた。
領主たちは同じ七英雄の血を引く者たちであるのにも関わらず——。
カイルはそんな領地の一つであるローレン領の領主ベイルの跡取り息子として生まれ、幼い頃から英才教育を受けていた。
生まれたばかりのカイルには既に将来、領主となって領地を豊かにすることが義務付けられていたのだ。
それ故に、彼の一日はとても忙しく息抜きをする時間などまったくなかった。
領主の息子であるということで礼儀作法の指導はもちろん、人間界の歴史と基礎教養、魔法の基礎理論と実践、体力づくりの一環としての剣術。
とにかく、エウレス共和国で一番優れた領主となるためにカイルは育てられた。
幸か不幸かカイルには才能があった——。
与えられた物事を短時間である程度身に付けるということはカイルにとっては容易かった。
そして、これがカイルの稽古時間がどんどんと伸びていく要因の一つとなってゆく……。
だが、カイルがいくら優秀であっても、エウレス共和国はおろかローレン領にすら彼が勝てない子どもというのは存在した。
そして、この事実がまだ幼いカイルを苦しめていくことになる……。
確かにカイルは優秀な人間だった。
だが、彼の持ち味はバランスの取れているということ。
何か一芸に秀でており、それが世界でも通用するという特技は一つも持ち合わせていなかった。
結局、そこそこ優秀な人材。
だが、彼の両親はそれを決して許すことはなかった……。
なんでも容易くこなす才能あふれるカイルに対し、彼の両親は期待を膨らませて自分たちの理想を押し付けたのであった。
どんなことでも負けてはならない!
常に一番であり続けなければならない!
最初はできなかったことができるようになる、わからなかったことがわかるようになる。
カイルは楽しみながら稽古をこなして成長していった。
しかし、両親や家庭教師から与えられる課題は日に日に難しくなり、できなければ怒られる。
朝食や夕食の際にグチグチと『今のままじゃお前はダメだ』とダメ出しされる。
そして、カイルはその過剰なまでのストレスによって完全に押し潰されたのだった……。
まだ幼いカイルの耳は完全に聞こえなくなり、味覚を失い食べ物の味も感じなくなった。
心は荒み、笑うこともなくなった。
そんな廃れたカイルの姿を見て、両親はカイルを領主にするのを諦め、英才教育をやめた。
あれほど忙しく一日を送っていたのに、カイルはボーッと庭で過ごす日々を送ることになったのだった。
これにはカイルの母であるヴァレンシアが男の子を出産し、このカイルの弟が新たな後継ぎとなる可能性が出てきたというのが大きかった。
だが、これが結果としてカイルを再び感情のある人間へと戻すきっかけとなる。
「ねぇ! カイル様も一緒にワンちゃんと遊びましょうよ!」
ローレン家に仕える使用人の娘であるハンナという少女。
綺麗な藍色の髪の毛を短く揃え、まるで男の子のように振る舞う。
そんな彼女が毎日カイルと過ごしてくれていたのだ。
ハンナは座り込むカイルの手を引っ張って無理やり遊びに付き合わせた。
ハンナがまだ幼く、両親が仕える存在であるカイルに対して失礼だと本人がわからなかったこと。
そして、屋敷の者たちがカイルを後継ぎ候補として諦めていたということもあり、ハンナのこの行いは注意されることはなかった。
元々、カイルは自然が好きだった。
基礎教養を学ぶ中で動物や植物に興味を持ち、自分で調べてみたいと思っていた。
しかし、多忙な日々の稽古によってそれは叶わなかった。
領主の息子であるということで自然と触れ合うことを諦めていた。
だが、今は時間がたっぷりある。
それにハンナという友人もできた。
それからのカイルは人が変わったように明るくなった。
ストレスが無くなったなことで再び耳も聞こえるようになり、食べ物の味もわかるようになった。
そしてハンナを連れて屋敷を飛び出し、森へ出かけることもあった。
カイルの両親は新たに後継ぎ候補の男の子が生まれたということで、カイルのことはそれほど気にしていなかった。
カイルは最低限の礼儀作法は身についている。
領主の息子としてローレン家の名に泥を塗るようなことはしないという確信はあったし、一応注意をしておいたのだ。
——そして、数年が経った——
カイルはハンナを連れて森で過ごすことが多かった。
今まで見たことのない動物を探すのもいいし、木陰で読書をするのもいい。
それに、ハンナが近くにいてくれるということでカイルは安心できた。
「ねぇ、カイル様? 毎日こんなことしてて飽きないんですか?」
ハンナは自然に興味などなかった。
ただ、カイルに誘われるから付いてくるだけ。
カイルの趣味がハンナには全く理解できなかった。
「僕にとってはこれが楽しいんだよ。いつまでもこうしていたいくらいなんだ」
幸せそうな顔でハンナの質問に答えるカイル。
そんなカイルにハンナは思いきって質問する。
「ふーん……。でも、今はわたしと二人きりなんですよ?」
「ほら! もっと何かしたいこととかないんですか? わたしと一緒にできること!!」
カイルは首をかしげて考える。
ハンナと二人でしたいことを……。
そして、カイルはハンナに自分の気持ちを伝えた。
「それじゃ、一緒に野鳥の観察でもしようか!」
カイルの言葉を聞いてあきれるハンナ。
「はぁ……。わかりましたよ」
こうして、今日もハンナはカイルの趣味に付き合ってあげるのだった。
◇◇◇
そして、森の中の野鳥を探す二人。
あまり乗り気ではなかったハンナだったが、それでもカイルの側にいられるのは嬉しかった。
それに、カイル自身もハンナが側にいてくれるのが当たり前だと思っていた。
カイルはハンナをとても大切な存在だと無意識ながら感じていたのだった。
二人はいつものように池がある方向へと向かう。
水辺の近くで野鳥が多く観察できるからだ。
そんな風に歩いていると、カイルたちの目の前に馬に乗った男女が現れる。
この男女は初めて見る顔であり、荷物はそれほどなく旅人でもなければ商人でもなさそうだった。
すると、男の方がカイルに話しかけてくる。
「なぁ、ボウズ! 迷子か? こんな森に子ども二人は危険だぞ!」
二人の男女は若かった。
年齢は10代後半から20代前半といったところ。
ちなみに、この時カイルは11歳、ハンナは8歳だった。
そして、カイルはこの男に答える。
「ここら辺の事は熟知しているので心配は無用です!」
男はカイルのことをボウズと呼んだ。
ローレン領の中でもこの辺に暮らす住民たちはカイルの顔を知っている。
つまり、この男女はよそからやってきたということだ。
「そうなのか? でも、暗くなっちまったら家まで帰れないだろ。おれたちが家まで送ってってやるよ!」
確かに、カイルたちは何も持っていない。
松明もなければロウソクもないため、空が暗くなってしまったら二人は迷ってしまうだろう。
だが、カイルは火属性魔法を使えたため特に心配はしてこなかった。
最低限の灯りはをともせるし、ここらの森はカイルにとって庭のような存在だったからだ。
「御二人はどなたなのでしょうか? ここら辺では見かけない顔ですが……」
カイルは男女に話しかける。
見た感じ、山賊などではなさそうだがもしもの時は自分がハンナを護らなくてはならない。
すると、男は笑って答える。
「おれたちか? おれはエトワール、そんでこっちが連れのシシリア。おれたちは旅人みたいなもんだ」
エトワールと名乗った男は自分と隣にいる女性を指差してそう答えた。
これがカイルとエトワールの出会い。
二人の男の人生を大きく変える出来事であったのだ。




