171話 優しすぎる人
バルバドさんやカレンさんに別れを告げ、おれたちを馬車に乗り込む。
「それじゃ、また帰ってくるからね〜!!」
サラが馬車の窓から手を振っている。
「うん! いつでも待ってるよ〜!!」
そんなサラにカレンさんも手を振り返す。
おれたちはローレン領に暮らしているという召喚術師のエトワールさんにこれから会いに行く。
そのため、一時的に二人に別れを告げるのであった。
まぁ、王国もバタバタしているし、学校もまだしばらく再開しないだろう。
おれもサラも休みを満喫していた。
そして、前回と同様に馬車で人目のない所まで走り、それからカシアスの転移魔法で一気にローレン領へと飛ぶ。
それまでおれたちは馬車に揺られて過ごすのであった……。
◇◇◇
「ねぇ、聞いておきたいことがあるんだけど」
静かな馬車の中でサラがアイシスたちに向かって質問する。
「はい。なんでしょうか?」
それに返事をするアイシス。
いったい、サラは何を聞こうとしているのだろう?
おれは疑問に思った。
「これからエトワールさんという召喚術師に会いにいくけど、貴方たちも人間の姿で付いてくるつもりなのよね?」
どうやらサラはアイシスとカシアスが人間に化けておれたちに付いてくるのか否かを聞きたいようだ。
急にどうしたのだろう?
もしかして、二人には来て欲しくないのだろうか?
「はい。もちろん我々も御同行する予定でございます」
それに対してイエスと答えるアイシス。
そんな彼女にサラは続けて質問をする。
「リノから聞いたんだけど、貴方たちは人間が精霊体と融合していたり、思考支配をかけられたりしていたらわかるのわね?」
「はい。リノ様には及びませんが私もカシアス様も魔力感知の能力は高いので、もしもそのような事があれば見破ることができます」
どうやらアイシスたちの魔力感知の能力に関する質問らしい。
精霊体に限らず、魔力感知の能力を鍛えればそれくらい誰にでもわかるらしいのだが、今のおれにはちょっと無理だな。
でも、魔力感知に関してはリノが一番優れていただんてちょっと意外だな。
おれはそんなことを思いながら二人の話を聞いている。
すると、サラがとんでもない提案をする。
「そう。じゃあ、あっちに着いたらエトワールさんが悪魔と繋がっていないか調べてちょうだい」
んん?
おれは一瞬自分の耳を疑った。
エトワールさんというのはカイル父さんにとって憧れでもある大切な知人だったんだぞ。
それをサラは疑っているのか?
おれは思わず口を挟む。
「ちょっとサラ。いくらなんでもそれは……」
だが、おれの発言にサラとアイシスが反論する。
「パパとエトワールさんが親しかったのは少なくとも10年以上前、カルア王国の裏で悪魔が暗躍し始めたのは4年前」
「召喚術師であるエトワールさんが悪魔に狙われていないとも限らないのよ。潔白であることを確かめるのは当然のことでしょ」
「アベル様は優しすぎます。それがアベル様の魅力なのですが、少しは疑うことも覚えて欲しいです」
二人の言葉が突き刺さる。
ぐっ……。
何も言い返せない。
確かにエトワールさんとカイル父さんの交流があったのは随分前のこと。
それに、ついこないだサラは悪魔たちに誘拐されたばかりだ。
エトワールさんが悪魔と通じたことによってサラに会いたがっていると考えられなくはない。
「それに関しては私も同感ですね」
カシアスも便乗してくる。
「そうだな……。その通りだよ」
はいはい、おれが間違えていましたよ。
安心してカイル父さんの知人に会うためにもアイシスたちにチェックしてもらった方がいいですね!
おれは少しばかり拗ねる。
「しかし、セアラ様の提案がなくとも私とカシアス様は元々調べるつもりでした。セアラ様の判断は賢明だとも言えます」
どうやら、アイシスたちは最初からエトワールさんを調べるつもりだったようだ。
そして、サラのことを褒める。
「まぁ、私はリノに教わったことを大切にしているだけよ」
サラはクールに振る舞う。
この前、サラに『アベルは変わったね』なんて言われたが、おれからすればサラの方が変わった気がする。
昔のサラは純粋で、家族を何よりも大事にする明るい女の子だった。
まぁ、おてんば過ぎる部分もあったけどな。
それでも時々抜けている部分もあって可愛く、いつも笑顔を絶やさなかったイメージだ。
それに対し、今のサラは冷静沈着で完璧というイメージだ。
勉強も魔法も剣術も長けている。
そして、笑顔はあまり見せない。
まぁ、カレンさんとの絡みを見ていれば親しい間柄の人には笑顔を見せているのだろうが……。
ふと、サラを見つめてそんなことを考えていた。
そして、サラと視線が合う。
「どうしたの?」
ジッと見つめているおれにサラが問いかける。
「ん? あっ、いや何でもない! サラも大人になったなって思って……」
「大人? はぁ……。大人ねぇ」
サラはため息を吐いてそう嘆く。
何か気に障ったことを言ってしまったのだろうか?
すると、アイシスがおれたちに報告をする。
「それではそろそろ転移しましょうか」
森に入り、人目もなくなった。
そして、おれたちはテスラ領からローレン領へと転移したのであった。
◇◇◇
窓の外の風景はそれほど変わらない。
まぁ、森から森へと転移したのだし当たり前か。
やはり、領地の街中にいきなり転移するというのは人に見られてしまうリスクがある。
そう考えば少し離れた森や荒野に転移するのは仕方ないのだ。
そんなこんなでおれたちは街中を目指す。
すると、遠くから悲鳴が聞こえた。
「きゃぁぁぁぁああああ!!!!」
女の子の声だ。
声が聞こえるということはそれほど離れていないのか?
「ちょっと、助けにいってくる!」
おれは皆にそう告げて転移魔法でこの場から消える。
何が起きているのかはわからないが、それでも助けを求めているのかもしれない。
それに、声を聞く限り女の子はまだ幼い。
暴漢や山賊、誘拐犯に通り魔、様々な脅威から身を護るのは難しいだろう。
おれは声が聞こえてきた方向に何度か転移して少女を探す。
そして、ついに見つけた!
5.6歳の女の子だろうか?
その子が数匹の魔物に囲まれている。
魔物は犬の姿をしているがそれほど強くはない種類だ。
上位の魔物でない以上、一撃で殺されてしまうということはあまりないだろう。
だが、安心はできない。
「助けてぇ……エトワールさまぁぁぁああ!!!!」
女の子が泣きじゃくり助けを求める。
そんな少女の目の前におれは転移する。
そして、魔剣で犬の魔物たちを一撃で仕留める。
少女に飛びかかった魔物たちだったが、おれの一振りで絶命し、重力に従って地面にバタバタと落ちる。
「大丈夫だった? ケガはない?」
おれは少女に尋ねる。
「うん……。ありがとう、お兄ちゃん」
少女は泣くのをやめ、おれに感謝の言葉を伝える。
「そうか、ならよかった!」
こうして、おれは危ない目に遭っていた少女を助けることができたのだった。




