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168話 二人きりの宿屋

  エウレス共和国のテスラ領にたどり着いたおれたちは久々にバルバドさんたちと再会を果たした。


  だが、いつまでもお邪魔しているわけにはいかない。

  辺りも暗くなったのでその日は解散して、おれたちは近くの宿屋に泊まった。



  そこで10年ぶりくらいにサラと同じ部屋で寝ることになり、おれは一人で緊張していた。


  「そういえば、アベルと同じ部屋なんて何年ぶりかしらね」


  パジャマ姿で髪を下ろしたサラが声をかけてくる。


  アイシスとカシアスは眠る必要がないとのことでどこかへ行ってしまったのだ。

  本当に宿屋ではおれとサラの二人きりだった。


  「さっ、さぁ……? あんまり覚えてないな」


  サラも今年で16歳だ。

  見た目も大人びてきたし、ハンナ母さん似の美人に成長したと思う。


  同じベッドで寝るわけではないが、それでも近くでサラが寝ているというのは変な感覚だな。



  そして、おれたちはそれぞれ自分のベッドに入り込む。

  すぐに寝れるわけもなく、しばらくサラと雑談をすることになった。


  「みんな、変わってなかったわね」


  サラが今日の出来事を思い出したようにそう語る。


  「そうだね。バルバドさんもカレンさんも、あの四人も変わってなかった」


  おれは天井を眺めながらそう話す。


  いつ、この戦いは終わるのだろう……。

  もし終わったらみんなはゼノシア大陸に戻るのだろうか……。


  「あなたは……だいぶ変わったわ」


  突然、何かを思ったのかおれに話を振るサラ。


  おれが変わった……?


  確かに体つきは変わったし、扱える魔法なんかも増えた。

  だけど、内面はそんなに変わってないように自分では思う。


  「どんな所が変わったんだ?」


  おれはサラに問い返す。


  すると、サラは少しだけ考えてから答えた。


  「うーん。笑うようになったとかかな?」


  笑うようになった?


  まぁ、確かにカイル父さんたちと暮らしていた頃はどこか大人ぶっているところがあった。

  実年齢と精神年齢が合っていなかったからだろう。


  だが、学校に通うようになってケビンやネルと出会ってから素で笑うようになった気がする。

  サラとしてもそんなおれの変化に気づいたってことか。


  「みんなのおかげだよ」


  ケビンやネルだけでない。

  サラを含めていつもおれの支えになってくれている人たちがいるから笑えるのだ。


  そうして、話題は段々と今日のことから外れてゆく。


  「ねぇ、わたしたちって死んだらどうなるのかな? 精霊体みたいに転生するのかな?」


  サラが死後について話してくる。


  「どうなんだろうね……」


  おれは少しばかり声のトーンが下がる。

  無意識にだが、自分自身あまり触れたくない話題なのかもしれない。


  おれは地球からの転生者である。

  だが、ここで死んだらもう一度転生できるかなどわからない。


  カシアスたちが魔王ヴェルデバランの転生者だのなんだのと言っていることから、精霊体でなくとも転生できるということは間違いないだろう。

  しかし、それが100人中100人ができるのかはわからないし、元々この世界の住人ではないおれの魂が死んだらどうなるかなどわからない。


  おれは死ぬのが怖い。

  ずっと、サラたちとこの世界で生きていたい……。


  「もし、転生できるとしたら来世でもわたしと家族になりたい? それとも家族以外になりたい?」


  サラがおれに尋ねてくる。


  おれは何と答えたらいいのだろう……。


  「何て答えても怒らないから教えてよ!」


  今のサラはとても機嫌が良さそうだ。

  本当に何と答えても怒らないのだろう。


  「サラはどっちなんだ? 先に教えてよ」


  家族か家族以外か。

  どちらもメリットデメリットがある。


  家族ならずっと一緒にいられるかもしれないが、恋愛対象とはならないから結ばれることはない。

  家族以外なら出会えないかもしれないが、恋愛対象として結ばれるかもしれない。


  サラはそういうことが聞きたいのではないか。

  おれはそう思った。


  だが、おれはこれに答える勇気はなく、曖昧なままサラの答えに委ねようとした。


  「わたし? わたしの答えはひみつよ。でもね、もうずっと前から決まってるの……」


  そう答えるサラの方をチラリと見ると、おれの方を笑顔で見つめる少女と目が合う。


  もうずっと前から決まっているか……。


  おれはサラのことが好きだ。

  これは紛れもない事実だ。

  命をかけて守るのもいとわない数少ない存在だ。


  しかし、これが恋愛感情かと言われれば難しい。

  サラのことは大切だが愛しくて独占したいという感情は今のところあまりない。


  これはまだおれが子どもの体でホルモンバランスがどうとかっていう問題なのだろうか?

  詳しくはわからないがそうも思える。


  そして、おれはサラに自分の気待ちを伝える。


  「家族でも家族でなくてもどちらでもいい。ただ、サラの近くにいられるだけでおれは幸せだと思う」


  「そして、サラが幸せそうに笑ってくれていたら、おれはそれだけでいい気がするんだ」


  おれはサラの瞳をしっかりと見つめて答えを告げた。


  それを聞いたサラは少しばかり微笑む。


  「そう答えると思った」


  サラの発した意外な答え。

  しっかりと、どちらか答えて欲しいと言われるかと思った。


  「そろそろ寝よっか……。おやすみ、アベル」


  サラはそう告げると毛布にくるまって、おれに背を向けた。


  おれは少しばかりモヤモヤとしながらも目を閉じて眠りにつく。

  こうして、おれたちは二人で夜を過ごしたのであった。




  ◇◇◇




  翌日、サラはバルバドさんたちが働く魔術学校へと見学に行った。


  サラにとっては母校である。

  親しい人や会いたい人がいるのかもしれない。


  もちろん、この前の件もあって一人で行かせるわけにはいかず、アイシスを護衛に付けた。

  本当はおれが護衛に行っても良かったのだが、おれにはやらなければならないことがあった。


  おれはカシアスと二人きりで人目がない所へと出かける。

  こちらに関しては一人でもよかったのだが、カシアスがおれについて行きたいと言ってきたから承諾したのだった。


  人の気配がない森林へとやってきた。

  ここでなら誰にも見られていないだろう。


  周りに誰もいないことを確認し、おれは召喚魔法を発動する。


  光輝く魔法陣が描かれて中から一人の少女が現れる。


  「よし! 今日は遅れなかったみたいだな」


  少女は偉そうに上から目線でおれに話しかける。


  「まぁ、レーナが時間にうるさいことはよくわかったからな」


  ため息を吐いて話すおれに対し、ぷんすか怒る少女。


  「お前は時間の大切さがわかっていないのか! 時間というのはだな、だれしにも平等に与えられている唯一のものでな!」


  おれはレーナのお説教を聞き流す。


  もう何度も説明されたのだ。

  今さら一から聞く必要はない。


  この少女はレーネという精霊だ。


  冒険者ギルドのグランドマスターであるヴァルターさんと契約している精霊であり、週に一回お互い近況報告会を開いている。


  ヴァルターさんは元々はアルガキア大陸の人間らしいが、ゼノシア大陸の冒険者ギルドが悪魔と繋がってたということもあり、ゼノシア大陸でも活動をしてもらっている。

  おれたちが追っている十傑の悪魔や、それと繋がっていると思われるギルド職員たちについて、何かわかったら知らせてもらえるように週一で定例報告会を設けているのだ。


  「それで、今日はおれたちに何か報告はあるのか?」


  いつまでも喋りまくるレーナにおれは尋ねる。


  すると、レーナもやっと話すのをやめて本題に入ってくれた。


  「おっと、そうだったな! ヴァルターがカルア王国に向かってるぞ。もうすぐ着く頃だろうな」


  カルア王国の国王ダリオスと伝説の精霊ハリスさんが亡くなった事は大陸を越えて話題となっているらしい。

  ヴァルターさんも冒険者ギルドのグランドマスターという立場でカルア王国を訪れると言っていたからな。

  それで王国に向かっているのだろう。


  「ヴァルターもひさびさにお前に会えるのを楽しみにしていたぞ!」


  うーん。

  カルア王国か……。


  おれは少し考える。


  「悪いけどレーナ。おれたちは今、カルア王国にはいないんだ」


  おれの言葉にレーナは辺りを見渡す。


  「そういえば、いつもの大森林とは違うな? それに、アイシスじゃなくて変な男もいるな」


  レーナはカシアスを変な男と呼ぶ。


  「おい、そんなこと言ったらアイシスに殺されるぞ?」


  おれはレーナに耳打ちする。

  だが、レーナは笑っておれの言葉を無視した。


  「おい、お前! さてはお前も悪魔だな! ふっ、流石は悪魔。変な格好をしよって、まったく似合っていないぞ」


  レーナはアイシスに対してもそうだが、悪魔をやたらにいじってくる。

  どうやら彼女は七英雄と共に戦ったハリスさんに憧れてたようで、彼女自身も悪魔と戦って勝つのが夢の一つらしい。


  しかし、レーナは戦闘向きの精霊ではないし悪魔に勝つなど一生無理だろう。

  そこで、いつもはおれの護衛として大人しくしているアイシスをいじっては優越感に浸っているようだった。


  レーナはカシアスもおれの護衛として大人しくしていると思ったのか挑発するように煽る。

  すると、カシアスがレーナに向けてほんのちょこっとだけ魔力を解放した。


  カシアスにとっては少しでもおれたちにとって絶大な量の魔力に相当する。

  レーナはカシアスの底知れぬ力を見てビビり出した。


  「あわわぁ……。ごっ、ごめんなしゃい!!」


  「もぅ、二度とあなた様のことをバカにしませんから! もう、許してくだしゃぃぃぃぃい!!!!」


  カシアスに魔力を当てられたレーナはあまりの恐怖に泣き出した。

  どうやら、おれには何も感じないのだがカシアスは引き続きレーナに何かをしているようだった。


  うん、これに懲りてアイシスのこともバカにするんじゃないぞ。

  悪魔は怖いんだから……。


  おれは心の中でレーナにそう忠告するのであった。




  ◇◇◇




  「こほんっ。お見苦しいところを見せてしまった」


  涙の痕がしっかりと残った赤い顔でレーナは偉そうに喋りだす。

  今まで以上に威厳がないのがまた悲しいな。


  「ヴァルターが言うには、お前らに伝えたいことがあるらしいぞ。何かわかったようのだ!」


  ほうほう。

  あれから4年……。


  ヴァルターさんはようやく何かを掴んだということなのだろうか?


  「ここは確かエウレス共和国のテスラ領だったな? よし、ヴァルターに伝えておくから安心しろ。今度は二人で直接お前に会いに来てやる!」


  レーナはドヤ顔でそう告げる。


  そして、おれの耳元にやってきて静かにささやく。


  「おい、今度はこの男ではなくいつも通りアイシスを側に置いておけ! 私がやり難くてたまらん」


  どうやらレーナはカシアスがトラウマになってしまったようだ。

  まぁ、これは自業自得だし仕方がないだろう。


  こうして、今日の定例報告会ではヴァルターさんが何か情報を掴んだらしいということと、レーナの泣き顔を拝めたという収穫があった。

  次回、ヴァルターさんと会った時は本格的に動き出すことになるかもしれないな。


  おれたちは気持ちを引きしめて宿屋に戻るのであった。

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