158話 夢幻の悪魔ユリアン vs 氷獄の悪魔カシアス
カシアスは転移する。
アベルたちの近くで十傑の一人であるユリアンと戦うことはできない。
他の者たちまでも巻き込んでしまう恐れがある。
そんなカシアスの考えを読み、ユリアンは地下都市から抜け出して大森林の上空へと転移した。
それにカシアスも続く。
大森林ではありふれた静かな夜。
この野生で生きとし生ける者達は眠りにつく時間。
そこに現れた二人の悪魔。
そんな悪魔たちを月明かりが静かに照らしていた。
「お気遣いありがとうございます。貴方のおかげで大切な方々を直接傷つけなくて済みそうです」
カシアスはユリアンにお辞儀をして感謝の意を述べる。
本来ならユリアンにとって転移する義理など全くもってない。
アベルたちが二人の戦いに巻き込まれようがユリアンにとって関係ないからだ。
しかし、ユリアンはカシアスの気持ちを汲み取って転移した。
「自分でもわからぬ……どうして私が貴様に配慮したのか……」
ユリアンは心情を吐露する。
自分の行動に対する気持ちが整理できていないことを……。
だが、カシアスはそれほど驚いた様子ではなかった。
まるで、ユリアンならそうしてくれると最初からわかっていたように……。
そんな彼にカシアスは語りかける。
「他の十傑たちも貴方のような人格者なら良いのですがね」
ユリアンは《十傑》と呼ばれる十人の悪魔の中の一人だ。
彼ら十傑は魔王序列第1位の最上位悪魔——魔王ユリウスの配下たちであり、それぞれが魔王クラスの実力を持つ上位悪魔である。
そんな十傑の悪魔たちの中にはカシアスが苦手とする性格の者たちも多い。
その点、ユリアンの性格は好戦的であるわけでも、残虐的であるわけでもない。
カシアスはそんなユリアンに一定の敬意を持っていた。
遠回しに彼を称賛するカシアスだったが、ユリアンはそれを不快に思う。
「私が人格者か……目の前で死にゆく配下たちを見殺しにするのがお前にとって人格者なのか……? 流石、配下を見殺しにしたやつの言葉は違うな……」
ユリアンは目の前でマルチェロやシエラが殺されるのを静観していた。
助けようとすれば助けられた。
しかし、彼は動かなかった。
そして、ユリアンはカシアスを煽るようにそう告げる。
「……」
ユリアンの言葉に黙るカシアス。
彼は何も語ることはなく黙秘を貫いた。
そして、話題を変えるカシアス。
「今回の一連の流れ、首謀者は貴方なのですか? それとも《天雷の悪魔》ユリウスなのですか?」
カシアスにとってこれは重要なこと。
ある程度の予測はできているが、言質を取るという意味でもユリアンの口からはっきりと聞き出すことに意味がある。
そのためにアベルたちから離れ、二人きりになるという意味もあった。
しかし——。
「ユリウスに忠誠を誓っている私に、果たしてその質問をする意味があるのか……?」
もちろん、ユリアンはこの事に答えるはずはない。
カシアスもわかっていたことだが、それでも尋ねる価値はあった。
「答えて欲しかったのですが、どうやら私のご希望には応えてもらえないようですね。誠に残念です」
わかってはいたが質問には答えないユリアン。
いや、答えたくとも答えられないという可能性もある。
「安心しろ……。もし答えてやるとしたらお前を殺す直前だ。お前の主人に真実を告げられぬまま死ぬがよい……」
右手に魔力を溜めるユリアン。
彼は既に戦闘モードに入った。
これからはじまる戦い。
カシアスが負ければユリアンを止められる者はいなくなる。
「私はまだ死ぬわけにはいかないのです。残念ですが答えを聞けぬままお別れしてしまいそうですね」
カシアスも右手に魔力を溜める。
本当は戦いたくない相手。
しかし、争いを避けられない理由がどちらにもある。
こうして、二人の戦いがはじまった——。
◇◇◇
交戦する二人の悪魔。
その圧倒的な速度と魔力による戦いは常人の目には映らない。
ただ、異次元の魔力爆発が連続しているように見えるだけだ。
「ほう……なかなかやるではないか。私と対等に戦えるとは随分と強くなったのだな」
余裕を持って戦うユリアン。
同様にカシアスもまだまだそこを見せていない。
「いったい、何千年前の話をしているのですか? 今の私は最上位悪魔なのですよ。一応は貴方の主人と同格なんですがね」
カシアスは驚くユリアンに対してそう告げる。
「そうだったな……失礼した。だが、貴様がユリウスと同格というのは誤ちだ!」
ユリアンの魔力が強まる。
温厚な彼の逆鱗に触れてしまったのだ。
そして、最後の戦いがはじまる。
「そろそろ終わらせましょうか……。もしも生まれ変わったら、その時は私と仲良くして欲しいものですね」
カシアスはどちらにも取れる意味でユリアンにそう伝える。
だが、ユリアンは自分が負けて死ぬという意味で受け取った。
「カシアス……お前のことは嫌いではない。だが、仮に転生したところで私は再びユリウスの配下となるだろう。残念ながら私とお前は相容れぬ存在。お前があの魔人に付き従う限り、もう私たちは手を取り合えぬ」
絶対に手を取り合えぬ二人の悪魔。
ユリアンの言葉からは哀愁を感じる。
「その言葉が聞けただけで、私は満足です……。最後に、かつてアイシスを育ててくれたこと、感謝しています。それでは、またいつの日か……」
カシアスは急激な魔力の上昇とともに姿を変える。
カシアスは漆黒の悪魔の姿を捨て、白銀の悪魔へと変化する。
美しく輝く純白の髪と翼。
真紅の瞳はユリアンを見つめる。
二人とも勝負の行方はわかっている。
どちらが上であるかということは、二人の中で既に明確となった。
だが、どちらにも絶対に引けない理由が存在する。
二人の悪魔は全てをかけて最後の一撃にかけた……。
そして……ユリアンの胸をカシアスの魔剣が貫く——。
「どうやら……約束は果たせなかったようだ……。すまない……ユリウス……」
「いまから私も向かおう……。私を慕う者たちが……待ってる場所へと……」
ユリアンの暗く絶望に満ちた瞳が少しだけ薄まる。
きっと、マルチェロやシエラのことを想っているのだろう。
そして、ユリアンの身体から魔力が拡散し、彼は光となって消えていった……。
「貴方が再び蘇る時、悪魔たちがまた円満に暮らせる世界を取り戻しておきます。それまでどうか、安らかに眠っていてください……」
カシアスは天に昇ってゆく魔力の光を見つめてそう祈る。
彼もまた、この争いを終わらせるために戦い続けなければならないのだった……。




