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155話 アルゲーノの決意(1)

今回は王子アルゲーノ視点のお話です。

二回に分けてアルゲーノ編をやる予定です。

  おれの名はアルゲーノ=ルード。

  フォルステリア最大の国家であるカルア王国の王子である。


  他に候補がいないということもあり、国民たちからは次期国王になることを期待されている。

  しかし、おれはこの事に楽観しているわけではなかった。

  なぜなら、おれは父親である国王ダリオスにいつ殺されてもおかしくない状況にいるからだ……。


  おれは日々、一日でも長く生き延びることを目標に生活していた。




  ◇◇◇




  昔は毎日が楽しかった。


  今は亡き先代国王の祖父は、みなから好かれる偉大な国王だった。

  おれはそんな祖父に愛情を注がれて育った。


  おれは母親の顔を知らない。

  なんでも、おれを生んだ後にすぐ亡くなってしまったようだ。


  一方、父親であるダリオスは顔こそよく知っているが会うことはほとんどなかった。

  たまに廊下で出くわすとおれが頭を下げて挨拶をする関係。

  流石のおれでも、これが一般的な家族の関係とはかけ離れていることはわかっていた。

 

  そんなおれは祖父と過ごす時間が何よりの楽しみだった。


  祖父はいつも多くの貴族たちに囲まれてた。

  楽しそうに話していることもあれば、真剣な顔つきで彼らに指示していることもあった。

  当時のおれは祖父の言葉の意味なんて分からなかったが、それでも祖父がみなから慕われる偉大な人物であることはわかった。



  おれはそんな偉大な祖父が大好きだった……。



  祖父はよくおれに話してくれた。

  賢者テオ様がどういった人物であったか。

  そして、テオ様の血を引くおれたちが何をしなければいけないのかを。


  「アル、テオ様は七英雄様たちの中でも一番戦闘に向いていなかったそうだ。戦いの中で何度も何度も自分の弱さを悔やんだそうなんだ」


  七英雄テオ様は七人の中で最弱の七英雄と言われている。

  しかし、それは七英雄様たちの中での話であり、彼が偉大な賢者であったことに変わりはない。


  「しかし、テオ様は七英雄様たちの中で一番思いやりがあり優しいお方だったという。多くの民はテオ様の兄上であらせられる英雄騎士ニーア様が国王になることを望まれていたそうだが、ニーア様自身も国王となってカルア王国を繁栄に導くのはテオ様がよいとおっしゃったそうだ」


  テオ様は慈悲深きお方。

  その優しき御心と力でカルア王国を大国へと発展させた偉大な英雄である。


  「私たちはそんなテオ様の血を引いている。これは誇るべきことだ。我らの中には偉大な英雄の血が流れているということを。しかし、決して(おご)ってはいけない。この違いがわかるか?」


  膝におれを乗せて祖父は優しく語る。


  「お祖父様(じいさま)、よくわかりません」


  おれはこれらの違いが分からずにそう答えた。


  「ハッハッハッ、そうかそうか。まだアルには難しかったかもしれんな。しかし、いつかアルにもわかる時がくるだろう」


  そう言って笑う祖父。

  いつまでもこうしてお祖父様と話すことができると思っていた。


  だが、おれにとってこれが祖父と話した最後の思い出となる……。



  翌日、祖父は急死した。

  あまりにも突然のことで、おれは理解が追いつかなかった。


  おれもまだ幼いということで詳しい死因や状況は教えてもらえなかった。

  一部の者たちにしか詳しい情報は回らなかったようだ。



  そして、おれの父親であるダリオスが国王へと就任した。

  偉大な国王を亡くしたことに国民たちは嘆き悲しんだが、新たな国王であるダリオスへの期待もあり、このことで王国が衰退するようなことはなかった。


  だが、おれの中では確実に王国は危険な道へ進んでいくと実感しはじめる……。




  ◇◇◇




  おれはカルア魔術学校の中等部に入学した。

  世界最高峰の魔術学校と聞いていたが最初は大したことはないと思っていた。


  おれは王族であり、幼い頃から英才教育を受けて育ってきた。

  今さらこの程度のレベルでおれが苦戦するはずもない。

  しかし、この学校で二人の天才と出会うことになった。


  一人はレイ=クロネリアス。

  学年は一つ上だったが、それでも彼の噂はよく聞いていた。


  天才と騒がれたおれだったが、それでも同級生たちからは『アルゲーノ様がレイさんと同じ学年でなくてよかったね』と陰で言われていることを知った。


  どうやらこれは、おれがレイと同じ学年であると王子であるおれが主席を取れなくなってしまうからという意味らしい。

  おれはこの事が悔しくてレイ=クロネリアスに決闘(けっとう)を挑むことにした。


  決闘でおれが勝てばいい話だ。

  そうすれば周りの人間も黙る。


  正直、プライドが傷ついたということもあったが、それ以上にレイという男がどれほどの実力なのかを知りたいということが大きかった。


  そして迎えた決闘の試合。

  おれが王族だからといって手を抜くなとレイに伝えた。

  レイは少し驚いたようだったが、全力をもってして戦うと宣言してくれた。


  結果、おれは無様(ぶざま)に完敗した。


  学年が一つ違うからとかそんなレベルではなかった。

  おれがあと一年鍛錬しようとも今のレイには追いつけないと実感させるものだった。


  悔しい思いはしたが、正々堂々と本気でおれと戦ってくれたレイには感謝した。

  追いつけるとは思えなかったが、それでも目標にする人物は見つかった。


  しかし、この決闘が父親であるダリオスの耳に入り、おれは父親の本性を知ることとなる……。

 

  決闘の結果が噂されるようになって数日、珍しくおれは父上殿であるダリオスの部屋へと呼ばれた。

  いったいどうしたのだろうと思って(おもむ)くと、不機嫌におれをにらむダリオスがいた。


  おれはとても怖くなった。

  父親ではあるがよく知りもしない男。

  彼がおれをにらんでいる。

  12歳ながら、おれはよく逃げ出さずに立っていられたと思う。


  そして、ダリオスが口を開いた。


  「お前、レイ=クロネリアスに決闘を挑んで負けたようだな?」


  不機嫌な大人の男が発する低い声。

  おれは怖くなって震えてしまった。


  「どうなんだ?」


  答えないおれを問い詰めるダリオス。

  何も答えなければいつまで経っても終わらない。

  そう思っておれは答えた。


  「はい……挑んでみましたが勝てませんでした……」


  おれは今にも泣き出しそうになりながら恐るおそる答える。


  何か悪いことでもしてしまったのだろうか?

  どうしてダリオスが不機嫌なのか全く理解できないおれ。

  そんなおれにダリオスは父親とは思えない言葉をかける。


  「どうしてお前はこれほどのクズなんだろうな……」


  ダリオスが真顔でそうつぶやいたのだ。


  『えっ……?』


  おれは声にこそ出しはしなかったが、聞き間違いかと思ってダリオスを見つめる。

  いくらなんでも自分の息子であるおれにクズ呼ばわりはしないだろうと思って……。


  しかし、それは聞き間違いではないことに気づく。


  ダリオスはおれにゆっくりと近づいておれの目線に合わせてかがんだ。


  そして、おれの耳元ではっきりとつぶやく。


  「お前の代わりなんぞ作ろうと思えば作れるんだ。クズはクズらしくできることをやっていればいいんだ。余計なことはするな、『殺すぞ』」


  おれはこの言葉に震えて膝が笑ってしまい崩れる。


  そんなおれにダリオスは追い討ちをかける。


  「勝ち続けろ。テオ様の血を引くおれたちが負けることなど許されない。もし、お前が使えないと思えばおれは容赦なくお前を殺す。もちろん、このことは誰にも言うな」


  ダリオスが魔力を解放して幼いおれに思いきり威圧する。


  おれは恐怖で涙があふれ、ただ頷いていち早くこの場を立ち去りたかった。


  「わかったら行け。おれは出来損ないのお前のことが嫌いなんだ」


  そしておれは逃げるようにしてダリオスの部屋から出た。

  ダリオスの魔力を感じないところまで行くと、さっきまでのことは夢ではなかったのかと考える。


  しかし、あれは夢などではなかった。

  間違いなくダリオスはおれのことを愛しておらず、邪魔になれば躊躇なくおれを殺すだろう。


  おれはダリオスの言葉を思い出す。



  勝ち続けろ——。



  これがどういった意味かはよくわからない。

  だが、とりあえず負けてはいけないのだ。


  おれは学年で一番であり続ける必要がある。

  レイを除けばおれに敵などいないのだ。


  上の学年を相手にする必要はない。

  高等部の武闘会だってまだ3年間も猶予があるのだ。

  とりあえず今は中等部一年生の中で一番になれればいいのだ。


  そして、卒業時の主席を取るために努力をはじめたおれは、中等部でもう一人の天才と出会うことになる。


  彼女の名前はネル=ハイリース。

  獣人ながらの身体能力とエルフに引けを取らない魔力から織り成させる土属性魔法。


  おれが中等部3年間のライバルになると思った人物だった。

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