152話 十傑の悪魔ユリアン
足取りが重い……。
こりゃに家についたら数日間は寝ないとだな。
おれは魔力を使い切った状態でレイを支えて歩く。
なんとかレイと二人で上位悪魔マルチェロを倒すことができた。
だが、これで終わりではない。
おれはまだサラを助けるために戦わないといけないのだ。
レイと一緒にハリスさんやエマさんが待つところへと足を進める。
そんな時、おれの背筋が凍る出来事が起きる。
「認めねぇぞ……」
背後から声が聞こえた。
憎悪に満ち溢れた感情がビンビンと伝わってくる。
そして、桁外れの魔力がおれたちの身体を刺激する。
嘘だろ……。
あいつ、まだくたばってないのか……?
おれはゆっくりと振り返る。
地面に伏せて動かなくなったはずのマルチェロ。
体中から光が拡散して死んだはずじゃ……。
だが、おれの目に映ったのは体中から光が拡散しながらも立ち上がるマルチェロ。
上位悪魔マルチェロが最後の力を振り絞って魔力をかき集めている姿だった。
「てめぇら諸共、道連れにしてやら!!!!」
マルチェロがおれたちをにらみつけてそう叫ぶ。
おれもレイも限界だ。
マルチェロの本気の攻撃を耐える防御魔法を使うことなどできない。
もちろん、身体能力だけで躱すなんてことも転移魔法を使うこともできない。
それに仮に躱せたところでハリスさんたちが治療しているエマさんに魔法は直撃してしまう。
ここは防御魔法でマルチェロの攻撃を防がなくてはいけない場面。
絶体絶滅の状態だ……。
おれはハリスさんを見つめる。
ハリスさんが防御魔法を使ってくれたら、なんとかなるかもしれない。
だが、見た限りハリスさんは既に満身創痍の状態だ。
とてもじゃないがマルチェロの本気の一撃を防げるとは思えない。
「死ネェェェエ!!!!」
マルチェロが闇砲を放つ。
漆黒の砲弾が時空を歪めながら禍々しい魔力を放っておれたちに対して向かってくる。
もうダメだ……。
絶体絶滅のこの状況。
そんな中、目の前にアイシスが現れた。
そして、彼女は巨大な闇属性の防御魔法を展開する。
激しい魔法の衝突に、地下都市が震動する。
そして、揺れが収まったところでアイシスは防御魔法を解除する。
「アイシス!! てめぇ、よくも!!!!」
マルチェロが叫ぶが、アイシスは容赦なく彼に攻撃魔法を放つ。
そして、マルチェロの周辺が爆発する。
アイシスの攻撃により、マルチェロの放つ魔力は完全に消え去った。
おそらくこれでマルチェロは……。
すると、アイシスがおれたちの方を向いて声をかける。
「間に合ってよかったです。しかし、もう私は限界が……」
そう告げると、アイシスは膝を折って座り込んでしまう。
助かった……。
アイシスのおかげで何とか生き延びた……。
本当に死ぬかと思ったぜ。
それにアイシスが来てくれたってことは女の悪魔を倒したということ。
アイシスはもう動けないようだけど、十傑の悪魔を倒してもらえたんだ。
あとはおれが何とかしよう!
パンッパンッパンッパンッ
「すばらしい! すばらしいじゃないか!」
手を叩いて拍手をする音が鳴り響く。
音を立てているのは国王ダリオス。
今回の事件の首謀者だ。
やつが悪魔と手を組んでサラを誘拐した。
そして、おれたちをおびき寄せて殺そうとした。
絶対に許せねぇ!!
「もういい……その女を解放しろ」
ダリオスがアルゲーノにそう告げる。
「えっ……。解放しても良いのですか!?」
アルゲーノの頬が少しだけ緩む。
何かの間違いではないかと彼はダリオスに聞き返した。
「アベル様……申し訳ございません。今の私ではあの者から皆を守ることはできません。どうかここから早くお逃げください」
アイシスはダリオスの方を見てそうつぶやく。
おれはアイシスの言葉に違和感を感じた。
いくらアイシスが手負いの状態だとしても所詮ダリオスは人間。
おれに逃げろというほどの実力ではないと思う。
今のおれは魔力が圧倒的に足りない。
だが、ハリスさんと融合をして魔力をもらえさえすればダリオスを倒してサラを連れ戻せる。
そう思っていた。
だが、それはおれの大きな勘違いだった……。
ゾクッ
おれの身体が急に震える。
おいおい、これは何の冗談だ?
ダリオスからとてつもない魔力を感じる。
それもマルチェロや先ほどの十傑の悪魔なんかとは比較にならないほどの魔力だ……。
これは以前、カシアスやカインズから感じた魔力と同等の……いや、それ以上のものだ!
いや、あれはダリオスから放たれている魔力ではない。
やつの背後に何者かがいる……。
「人質を取るということ自体、本当は気が進まなかった……。だが、あのお方の命令であったが故、仕方がなかった……。しかし、もう関係ない。私がすべてを無に返そう」
生暖かい風が吹き荒れる。
いや、これは風なのだろうか?
おれの肌が強大な魔力を当てられてバカになっている。
おそらくこれはおれの方へ流れてくるただの魔力だ。
それをまるで風のように感じてしまっている。
すると、ダリオスの背後から一人の悪魔が出てきて姿を現す。
やつは、何者なんだ……。
ここでおれは、もしかしたら大きな勘違いをしていたのではないかと気づく。
アイシスと戦っていたのは十傑の悪魔などではない。
あの悪魔は十傑の手下の一人でしかないということ。
そして、本物の十傑の悪魔は……。
「アイシス、もしかしてあいつが十傑の悪魔なのか……?」
おれはアイシス恐るおそる尋ねてみる。
すると、彼女は苦笑いをしながら答えた。
「はい……。あの者が十傑の悪魔の一人、《夢幻の悪魔》ユリアンです。そして、十傑序列第3位の正真正銘のバケモノです……」
これが十傑の悪魔という存在……。
アイシスでも歯が立たないという者たちの一人。
ユリアンという男の悪魔は縮れた銀髪であり、半開きのように少し目を細めた姿が特徴的であった。
その暗く闇を感じる瞳はまるで、この世界がいつ終わろうとも構わないというようなモノさえ感じ取れる。
いったい、どれほどの絶望を味わったらあれほどの瞳になるのだろう……。
「さぁ……すべてを終わりにしよう」
ユリアンの右手に光輝く渦ができる。
膨大な魔力が彼の右手に収縮されていっているのだ。
おれは芸術的にも見える、その美しい姿に思わず瞳を奪われていた。
今まで見てきた光属性魔法の中でもこのユリアンが扱うものが一番綺麗だ。
しかし、違和感も覚える。
このような美しい魔法を、おれは以前どこかで見たことがあるような気が……。
コツ、コツ、コツ
コツ、コツ、コツ、コツ
おれは考え事をしていて隣にやってきた男の存在に気がつかなかった。
「ほう……これはこれは、素晴らしい建築物です! 一部、崩れてしまっているのが残念でなりませんね」
おれは声を主を見つめる。
隣にやってきた一人の男を……。
その男は漆黒のローブに身を包み、黒目黒髪で整った顔立ちであった。
そして男はおれを見つめて優しく声をかける。
「少し見ない間に強くなられましたね、アベル様」
そう、おれが契約している悪魔であるカシアスがやってきてくれたのだ!
補足です。
カシアスがやってくるのが遅れた理由ですが、ひと言で言えば《天雷の悪魔》ユリウスの治める国家にやってきていたからです。
ユリウスの国家にいる以上、カシアスは結界魔法のせいで転移魔法が使えません。
アイシスからリノを通して、サラを人間界で発見したという連絡はきていましたが、転移魔法で人間界へと向かうことができませんでした。
転移魔法で人間界に向かうためには、ユリウスの国家(結果魔法の内側)から出なくてはいけないので、そのせいで時間がかかっていました。
ちなみに、カシアスが結界魔法の中にいようがアベルが召喚魔法を使えばカシアスを呼び寄せることができます。
結界魔法は召喚魔法を無力化することはできません。




