146話 決断の先に
ネルがアリエルを助け出すことに成功した。
まぁ、最後に少しばかり闇の壁を使って協力はしたんだけどね。
これでケビンもアリエルもマルチェロの思考支配から抜け出せた。
あとはあのバケモノ級の上位悪魔をどうにかしないとだ……。
アイシス……お前に任せたぞ。
おれはマルチェロと交戦を続けるアイシスを遠くから眺めていた……。
アイシスとマルチェロは転移魔法を駆使した激しい魔法戦を繰り広げていた。
彼女はさっきまでの人間の姿をやめて漆黒の悪魔として闇属性魔法を放つ。
それをマルチェロは闇属性の防御魔法で防ぐ。
漆黒の悪魔 vs 漆黒の悪魔による壮絶な戦いだ。
おれたちが入り込む余地はない。
すると、アイシスと交戦中であるマルチェロがおれたちの様子に気づく。
「おやおや、もう思考支配が解けてしまったのですか。これは流石とでも言うべきですかね」
空高く舞うマルチェロはケビンとアリエルを見てそうつぶやく。
「てめぇ、さっきはよくも!」
ケビンがマルチェロに向かって吠える。
だが、そんなことをしたところでマルチェロにとっては何の脅威でもない。
「私の手を離れた者へ、裁きの鉄槌を下さなければですね」
マルチェロはそうつぶやくと、アイシスではなくおれたちをめがけて魔法を放った。
漆黒の弾丸がおれたちめがけて飛んでくる。
やばい!
あれをくらったらマズイ!
おれは防御魔法を発動する準備をする。
だが、それ以上にアイシスの動きが早かった。
彼女はおれたちの前に転移してくる。
そして、巨大な漆黒の盾を創り出してマルチェロの闇弾を完全無効化する。
アイシスの盾によっておれたちはマルチェロの脅威から守られた。
「ありがとうな、アイシス」
アイシスのおかげで助かった。
おれはアイシスにお礼を言う。
「いえいえ、大したことではありません。しかし、やつに逃げられてしまいました……」
渋い顔つきで話すアイシス。
確かにマルチェロの姿が見えない。
そういえば禍々しい魔力が消えたな。
どうやらマルチェロはおれたちに攻撃をした隙に逃げたらしい。
「そうか……逃げられてしまったか。どこに逃げたのかわかるか?」
おれはアイシスに尋ねる。
アイシスの魔力感知能力ならばマルチェロの逃げた先がわかるかもしれない。
「はい。やつの居場所なら問題なくわかります! 隠す気がないようなので罠である可能性もありますが……」
なるほどな。
確かにこれは逃げたのではなく、これがなんならの誘導である可能性もある。
例えば、さらに強い存在である十傑の悪魔が待ち構えているとかな……。
だが、これではっきりとした。
サラを連れ去ったのは悪魔たちだ!
人間界に悪魔たちがいるなんて普通はありえない。
人間界は悪魔や天使にとって過ごしづらい環境らしく、基本的に人間界には悪魔も天使も存在しないようだからな。
何者かによって悪魔が召喚されている。
もしくは悪魔が人間界で何かを企んでいる。
どちらにしてもサラが巻き込まれた可能性は高い。
そして、アイシスがマルチェロのことを感知できていることからマルチェロは魔界には逃げていないということ。
サラは人間界にいる可能性が高い!
ならばおれたちで一刻も早く助け出さないとだ!
「マルチェロのいる場所にサラがいる可能性が高いよな?」
おれは確認の意味も込めてアイシスに尋ねる。
「はい! 私もそう考えております!」
よし!
アイシスと同じ意見だ。
ならば先を急ごう!
「よし、おれを連れて行ってくれ!」
おれはアイシスに頼み込む。
すると、周りの者たちも声を上げる。
「私も連れて行って! 私もマルチェロと戦う!」
「おれもだ! このままじゃ終われねぇ」
だが、おれは二人の意見を無視する。
「悪いがそれは聞けない。敵のレベルが違い過ぎる。おれたちが必ずサラを連れ帰ってくるから二人はアリエルやエマさんを頼む」
アリエルはさっきまで気を失っていたようだし、エマさんはこの状況に戸惑っている。
少数になれば先程のケビンやアリエルのように悪魔たちに襲われた際に対応できないかもしれない。
そして、アイシスの転移魔法では最大で四人までしか転移させられない。
おれとケビン、ネルにアリエルにエマさんと五人いる以上、全員連れて行っておれとアイシスで守りながら戦うという戦法もダメだ。
おれとしては、実力のあるネルとケビンがここに留まって、二人を守っていて欲しい。
「それじゃ、二人を頼んだぞ!」
おれは二人の反論を許さないまま、アイシスの転移魔法で飛んだのだった。
◇◇◇
取り残された四人は状況を整理する。
冒険者ギルドの副ギルドマスターであるエマはいったい何が起こっていたのか理解できていないのだ。
「さっきのは悪魔よね……? 悪魔同士で戦っていた……。アベルくんは悪魔と一緒に消えたのよね? 何が起きてるの……」
エマはマルチェロの規格外の魔力を浴びて足腰が震えた。
あんなのが人間界に存在しているなんて……。
まるで、神話に登場する上位悪魔のようだと思った。
このまま、目の前にいる悪魔によって世界の崩壊がはじまっていくのだと……。
そして、もう一人現れた同等の悪魔の存在。
その悪魔を従えているのは自分の尊敬するヴァルターから紹介された一人の少年。
エマはこの世界で何が起こっているのかわからなかった。
すると、そんなエマにネルとケビンが説明する。
「国王ダリオスが悪魔と結託している可能性があります。今日、武闘会で活躍した一人の少女が何者かによって拐われました」
「おれとそこのハーフエルフの子で学校で情報を探していたら、先ほどの悪魔に遭遇して操られることになってしまいました……」
「アベルは拐われた自分の姉を助けるために動いています。彼は悪魔と契約しているようですが、彼の仲間の悪魔は我々が知る神話の時代に人類に脅威を与えた惨虐な者ではないようです」
「そして今、アベルは拐われた姉を助けるために悪魔を追いかけたようです。簡単に説明するとこんな感じです」
簡潔にまとめてはいるが内容は想像を絶するものだ。
エマの混乱はなおも続く。
「そんな……国王陛下が悪魔と……? それに、アベルくんが悪魔と契約……? 何それ……」
そんな中、座って休息を取っていたアリエルが立ち上がる。
「そっか……。私、あいつに操られてたのか……。やっぱりあれは夢じゃなかったのね……」
ケビンの言葉で真実を知ったアリエル。
その顔には後ろめたさが見え隠れしていた。
「アリエルは悪くない! あの悪魔のせいなんだから気にすることないよ!」
ネルはアリエルに声をかけてフォローする。
だが、アリエルの気持ちは変わらない。
「ネル、私のためにありがとうね。もう私は平気だから、あなたがアベルくんを追いかけたいのなら追いかけていいよ」
アリエルは笑顔を作ってネルにそう告げる。
「アリエル……」
「それに! 私を残していくのが心配なら私も付いていく!」
アリエルがネルにそう告げる。
この言葉を聞いていたエマも声を上げる。
「私もついていくわ! それが冒険者ギルドの上層部としての責任! 王国の危険を脅かす存在、それに子どもたちを危険な目から守らないとね!」
エマは決意する。
この王国を守るために自分ができることをやり遂げようと。
「それじゃ、決まりだな! おれたちもアベルを追うぞ!」
こうして、残された四人はアベルたちの後を追いかけるのだった。
この先に待ち受ける想像を超える絶望に向かって……。




