144話 悪魔の策略(2)
「ふふふっ……ボクの名前はマルチェロ。こうして会うのは久しぶりだね。いや……その体では初めましてと言った方が良いのかな……」
マルチェロの名乗る上位悪魔の登場。
おれはこいつの言葉に心がざわついていた。
『その体では初めまして』だと……?
こいつもおれのことを魔王ヴェルデバランの転生者だと思っているのか?
いや、もしかしたら本当におれは……。
「アベル……アベル!!」
おれを呼ぶ声がする。
少し意識を集中し過ぎていたようだ。
「ねぇ! どうしたらケビンとアリエルは助かるの!?」
マルチェロの発する強大な魔力で苦しそうにしながらも、ネルはおれに必死で呼びかけていたようだ。
そうだ!
今はケビンとアリエルを何とか助け出さないとな!
「アイシス! どうしたら二人の思考支配を解くことができるんだ!?」
かつておれはハリスさんにかけられた思考誘導を自力で打ち破った。
思考誘導の上位互換である思考支配だって、きっと打ち破る方法はあるはずだ。
おれの質問にアイシスが答える。
「本人の強い意志を呼び起こすしか方法はないです。私たちにできるのは彼らの心に響くよう声をかけることのみです」
結局、無理やり力でねじ伏せるような方法ではないようだ。
薄々気づいてはいたが、思考誘導や思考支配を解くには本人の気持ち次第といったところなのか。
「エマさんは危険なので下がっていて……」
おれは副ギルドマスターのエマさんを避難させようとした。
しかし、彼女はマルチェロの魔力によってそれほど苦しんでいないようだった。
「これは……何が起きてるの?」
カインズの魔力に当てられた時の父さんのように気絶してしまうのではないかと心配したが、どうやら大丈夫だったようだ。
彼女も冒険者ギルドの副ギルドマスターということだけあってそれなりに強いのかもしれない。
エマさんが無事なら今はケビンたちに集中しよう!
「おれがケビンを引き受ける。ネルはアリエルを頼めるか?」
おそらくマルチェロの方はアイシスが引き受けてくれる。
あんなバケモノと戦えるのはアイシスだけだ。
「わかった……。ケビンのこと、アベルに任せたよ」
ネルは覚悟を決め、アリエルのもとへと向かった。
さぁ、ケビン。
今からお前を助けてやるからな!
すると、ケビンはおれに向かって突進してくる。
能力強化を自身にかけてだ。
おれは腰にかけた収納袋からカシアスに作ってもらった魔剣を取り出す。
そして、ケビンの攻撃を迎え入れた。
ギィーーッッン!!
想像以上に強い魔力を込められた一撃だった。
「アベル……オレハツヨクナッタンダ。オレハ……」
これは本来のケビンの実力ではない。
クソッ!
マルチェロのやつ、ケビンに何かしやがったな……。
おれはマルチェロに対して怒りが湧いてくる。
「ケビン! 目を覚ませ! お前はこんな力を望んでたわけじゃないだろ!」
おれはケビンに呼びかける。
だが、この言葉を聞いてマルチェロは笑い出す。
「ハッハッハッハッ! これは愉快だ! キミは何もわかっていないんだね」
何だと?
どういうことだ……。
「オレハ、チカラガホシカッタンダ。オマエヤ、ネルトオナジヨウニ……。クヤシカッタンダ、ヒヨワナジブンジシンガ……」
もしかして、これはケビンの心の声なのか?
だとしたら、ケビンは……。
「だからって! 何で悪魔に頼ろうとしたんだよ! 自分で努力すればいいだろ!」
おれはケビンに向かって叫ぶ。
だが、おれの言葉はケビンには届かなかった。
「ウルセェ! サイノウガアルオマラエニ、オレノキモチナンテワカルモノカ! オレハツヨクナッタンダ! ヤット、オマエラトドウトウニ!」
ケビンは素早い剣さばきでおれを翻弄してくる。
だが、おれはそれを綺麗に受け流す。
そうだ……似ているんだ。
今のケビンは昔のおれに。
自分のことを棚に上げて、目の前のカシアスに頼ろうとした昔のおれに……。
「ドウダ! オレノチカラ! ミトメテクレヨ! アベル!!」
おれは魔剣に自分の魔力を込める。
魔剣を漆黒の闇が包んでゆく。
そして、おれはケビンに向かって思いっきり魔剣を振り抜いた。
ケビンは自身の剣で防ごうとしたが、おれの魔剣はケビンの剣を粉々に砕いた。
「ハッ……?」
ケビンは驚いたように柄のみになった自身の剣を眺める。
「認めない……今のお前を、おれは絶対に認めない!」
だが、ケビンは諦めなかった。
「ナンダト!!」
素手でおれに襲いかかってくる。
能力強化を使っているのだ。
素の戦闘力も格段に上がっている。
だが、おれの相手ではなかった。
おれはケビンの攻撃を避け、柔道の要領でケビンを投げ飛ばす。
「グハッ……」
倒れ込むケビン。
そして、投げ飛ばしてケビンに向かっておれは歩いてゆく。
「ケビン、おれたちが仲良くなった頃、お前が話してくれたこと覚えてるか?」
おれはケビンにゆっくりと語りかける。
「入学して一番嬉しかったのはドーベル先生が自分を認めてくれていたと知った時だったって。『君は将来きっと良い騎士になる』って言ってもらえたのが嬉しかったって話してたよな」
今思えば、ケビンは承認欲求が強かったのかもしれない。
入試の時に、ドーベル先生に自分を認めてもらえたことが嬉しかったとケビンはおれに話してくれた。
「だけどな……今のお前は騎士から最も遠い存在だぞ!!」
この時、ケビンの瞳の濁りが揺らいだ。
「今のお前は剣術に秀でているのかもしれない……。もしかしたら、おれやネルと同じくらい強くなれたのかもしれない……」
「だけど、お前は本当にそれでいいのか! 他人から与えられた力に満足して、自分を評価してもらうのでいいのか! それがお前が目指す騎士だっていうのかよ!?」
おれはケビンに向けて……。
そして過去の自分にも向けて語る。
「ケビン! お前は誰よりも努力できる才能がある。夢に向かって一歩一歩進んでいける力がある。おれはそんなお前を認めている……」
「それでも、どれだけ頑張っても世界最強の剣士になれないかもしれない……。だけど、ケビンなら世界最高の騎士になれるとおれは思う!」
ケビンの瞳から涙が溢れる。
その瞳には、輝きが戻っていた。
「アベル……おれっ……」
ケビンは最後には自分自身で乗り越えた。
力を授けようという悪魔の誘惑を。
「ありがとう……。もう少しでおれ、大切なモノを失うところだった……」
おれはケビンを手を差し出し、ケビンが起き上がる。
「友だちなんだから気にするな! また、一緒に強くなろうな!」
おれとケビンは固い握手を交わす。
こうしてケビンはマルチェロの思考支配を打ち破り、元のケビンに戻った。
あとはネルに任せたアリエル、そしておれのことを魔王ヴェルデバランと思っている上位悪魔マルチェロだ……。




