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130話 3番手セアラ vs アベル

  「悔しいわね……」


  隣にいたネルは残酷な幕切れに歯を食い縛り、悔しそうにそう語った。


  「あと一歩だったのにな……」


  ケビンはアルゲーノを追い詰めた。

  剣術の天才と称される彼を剣術で倒した。


  しかし、あと一歩というところで力尽きてしまったのだ。

  だが、彼が与えてくれた感動はおれたちを含め、観客たちにもしっかりと届いているようだ。


  最後まで自分の限界を出して戦い切った彼に、鳴り止まぬ拍手と声援が会場からは送られていた。




  ◇◇◇




  試合を終えたアルゲーノは自陣のベンチへと歩いて戻った。


  「クソ! こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃ……」


  今日はアルゲーノの華々しい武闘会のデビューを飾る予定だった。

  それに、試合がはじまる直前まで観客たちも彼への期待を募らせていたし、アルゲーノもそれに応えようとしていた。


  だが相手があの獣人ということもあり、正攻法ではなく確実に勝つ道を選ぼうとしてしまった。

  憎きあの獣人を徹底して痛ぶりながら、じわじわゆっくりと戦おうと……。


  それでもこんな事態になるなんて思いもしなかった。

  おれは次期国王になる男なのだ。

  とても賢い戦法だし、観客たちにだってウケると思っていた。


  だが、実際はどうだ……?


  現実では観客たちはみな獣人を応援しだし、おれに正々堂々戦えだの言ってきた。


  こんなんじゃダメだ。

  次はもっと観客たちの心を掴まなければ……。


 

  おれは父親(あのひと)に殺されるかもしれない。




 ◇◇◇




  精霊たちに回復魔法をかけてもらったケビンは何とか動けるようになったようだ。

  自分の足でおれたちのいるベンチへと戻ってくる。



  「いやー、アルゲーノ選手 vs ケビン選手の試合! とても素晴らしい戦いでしたね。特にケビン選手は最後、あのアルゲーノ選手にあと一歩というところまで追い詰めましたからね! ネル選手といいケビン選手といい、今年の1年Fクラスは鮮烈な武闘会デビューを果たしていますね」


  「確かに今のケビン選手の戦いは見事でした。彼の精神力というのはとても素晴らしかったですね。魔力が足りない部分をその圧倒的な気持ちで補っているように私には映りました。来年以降、技術面でも成長すれば彼は最高の騎士になれるでしょうね」



  解説の女がケビンを褒めてくれる。

  試合にこそ負けてしまったがケビンの活躍は観客たちの目にも心にも焼き付いただろう。

  そういう意味では悪くない試合だった。


  「悪かった……。おれ……負けちまった」


  ケビンがベンチに戻ってくるなりおれたちに謝る。

  悔しそうに拳にチカラを入れるケビンを見てネルが声をかける。


  「何言ってんの? 明日勝てばいいじゃん! 確かにあのクソ王子とあんたは分が悪かったけど、まだ全部終わったわけじゃない。切り替えな!」


  ネルの言葉にケビンは気持ちが少し楽になったようだ。

  ケビンの表情が少し緩む。


  「そうだな……。おれたちの戦いはまだ終わってないんだもんな」


  おれは席を立ち、試合場へと向かう。


  「悪い……。お前に後は任せていいか?」


  後ろからおれに話しかけてきたのはケビン。

  それに対しておれは——。


  「おれのために出番を作ってくれたんだろ? 任せとけ! お前が負けたままで武闘会を終わらすようなことはしないさ」


  おれはケビンにそう告げるとハリスさんのもとへと向かった。



  「さぁ! 1勝1敗で迎えた1年Aクラス vs 1年Fクラス! この試合の結末はこの二人の試合で決着がつきます!! セアラ=ローレン vs アベル=ヴェルダン!!」



  ウォォォォォォォオ!!!!!!



  ひゃぁぁ!

  実際に試合場に立ってこう注目を浴びるのは怖いな。

  肩に変な力が入るし、足には力が入らない。

  ネルもケビンもよくこんな中で試合をしてたな。


  しかも、二人が作った試合の流れ的に観客のボルテージも最高潮だ。

  おれには荷が重すぎるぜ。


  そして、おれの前にはサラがやってくる。

  いつも学校で一緒にいるときに見せるクールな素振りでも、二人きりのときに家で見せる可愛らしい素振りでもない。


  真剣な眼差しで一人の対戦相手として彼女はそこに立っていた。


  「よろしくね、アベル。私はこの日をずっと待ち焦がれていた。そして、遂にやってきた……」


  どうやらサラはずっとおれとこうして戦いたかったようだ。

  そういえば、サラはネルと結託しておれをハメて代表メンバーにねじ込んだんだっけ。

  おれにはどうして彼女がここまでおれとの勝負にこだわるのかはわからないが、おれも負けるわけにはいかない。


  「悪いけど、おれは負けるわけにはいかないんだ。手加減するつもりはないぞ」


  おれはサラに本気で勝負をすることを告げる。

  おれには仲間たちの夢がかかっているんだ。

  みんなで誓った武闘会優勝、それを実現するためにもここで負けるわけにはいかない!


  「うん。私もアベルには本気で戦って欲しかったから」


  試合場の周りでは精霊たちがせっせと防御魔法を発動する準備を整えている。

  まだ試合開始まで時間は少しあるようだ。


  ここでハリスさんが動く。


  「この試合においては防御結界の強化が必要だと判断したので安全のため、精霊たちの数を増やし更なる防御結界の強化を努めます。そのため、もう少しの間お待ち下さい」


  これには会場中がざわめく。


  「これは前代未聞です! ハリス様が、防御結界の強化を宣言しました!! つまり、セアラ選手かアベル選手のどちらかが特大の攻撃魔法を放つということなのでしょうか!?」


  「それとも、これから行われる二人の試合はそれほど激しい戦闘が繰り広げられるということなのでしょうか!?」


  実況の男子生徒もハリスさんの宣言を受けてこのリアクションだもんな。


  「おいおい、どういうことだよ? アリエル様やアルゲーノ様の時だってこんなことなかったよな? それに、去年のレイ様の時だって」


  「あのセアラっていう女、アルゲーノ様を押しのけて3番手になったんだろ? どんだけすごいやつなんだよ!」


  「確か、学校創設以来初めての筆記実技ともに満点合格とか言ってなかったか? 本物の天才なんじゃないか……」


  観客たちもハリスさんのこの行動に色々と想像を働らかせて盛り上がっている。

  だが、きっとサラはみんなの想像を越えてくる魔法を使うだろう。


  毎朝一緒に訓練しているおれだって本気とサラがどれほどやるのか知らない。

  そんなこともあり、わくわくしてしまっている自分もいるのが事実だ。



  ——そして、ベンチでは——



  「なぁ、ネル……。お前、アベル(あいつ)の本気って見たことあるか?」


  ベンチでケビンがネルに尋ねる。


  「そういえばないかも。いつも私たちアベルに負けてるけどあれが本気ってわけでもなさそうだもんね」


  ネルは不思議そうに試合場に立つ人間を見つめる。


  「どんな試合になるんだろうな……」


  ケビンは勝って欲しいという願いとともに、彼の桁外れの実力を見たいという感情に囚われていた。



  ——そして、応援席では——



  「ねぇ、ミーちゃん。アベルくんって本当にすごいの? あの結界って相手の女の子がすごいからハリス様が強化したんじゃないの?」


  「周りの人たちが話してるのを聞くと800年の歴史において満点合格は初めてって言ってるもんね」


  ミラの友だちたちはアベルを強者と信じてやまない彼女に尋ねてみる。


  「それもあるかもしれないけど、きっとハリス様はアベルくんの実力を見抜いて結界を強化したんだよ! だってアベルくんは本当っにすごい人なんだよ!!」


  ミラは笑顔で友だちにクラスメイトの凄さを語る。

  証拠なんてなかった。

  だが、彼女の直観がそう感じ取っていたのだった。



  ——そして、貴族エリアの観客席では——



  「やっとマルクス殿の息子が出ますな。さっきは残念ながら不戦勝で見られませんでしたからね。息子さんの勇姿を見させてもらいますよ」


  息子の試合を観戦しようとするマルクスの近くには何人かの貴族たちが集まっていた。


  「はっはっはっ。まあ、先見(せんけん)(めい)のあるアスラ殿としては何か感じるものがあったのではないですか?」


  「ふっ、どうでしょうね……」


  周りの貴族たちはこの会話を聞いてコソコソと話しはじめる。


  「マルクス殿の息子ってFクラスの落ちこぼれだそうじゃないですか。親バカとはまさにこのこと」


  「ほんとうですな。はっはっはっ」


  自分たちの子どもがカルア高等魔術学校のAクラスやBクラスにいる貴族たちはマルクスを影で馬鹿にする。

  有能なマルクスに自分たちが勝てないのならば子どもだけでも自分たちの方が勝っていると心では思っていたいのだ。


  そんなことは気にせず、マルクスはアスラという貴族と話を続ける。


  「あと、息子だけでなく娘も出ているのでその子の勇姿も見て欲しいですな」


  「娘さん……ですか?」


  ヴェルダン家には一人息子しかいないはずだ。

  その子だって、ずっとどこかへ行っており、ようやく今年帰ってきたのだ。

  それなのに娘というのはいったい何のことなのか。

  アスラは考える。


  「はい。とても可愛い娘がうちにはいるんですよ」


  マルクスは幸せそうに試合場に華麗な立つセアラを見てつぶやいた。


  そうして、長い準備を終えようやく試合がはじまろうとしていた。




  ◇◇◇




  《2ヶ月前》



  これは、武闘会の各クラスの代表メンバーが決まり、各クラスで放課後に自主訓練がはじまった頃の話——この武闘会の2ヶ月ほど前の話だ。



  1年Aクラスの三人の代表メンバーは放課後に訓練室を貸り、武闘会に向けて励んでいた。


  そんな中、外部の中等魔術学校からやってきたセアラ=ローレンはアルゲーノ=ルードに一つ頼みごとをするのであった。


  「ねぇ、王子様。ある試合だけ、私に順番を決めさせてくれない? それで、もしもの時は私に3番手をやらせて欲しいんだけど」


  セアラのこの発言に対して、内部出身のアルゲーノとアリエルは少し不快な気持ちになる。

  アルゲーノはセアラに惚れていたが、それでもこればかりは聞けなかった。


  「それは無理だよ。セアラは外部出身だから知らないかもしれないが武闘会には暗黙の了解がある。それは一番強い人が3番手になるということだ。つまり、絶対に3番手はこの僕なんだ」


  アルゲーノの言葉にセアラは考えた。

  そして——。


  「じゃあ、私が1番強ければ3番手になれるのね」


  セアラは真面目な顔つきでアルゲーノにそう告げる。


  しかし、この言葉にアリエルは怒りを堪えきれなくなってしまうのであった。


  「あんたさぁ、ちょっと実力があって代表メンバーに選ばれたかったらって調子づいてるんじゃないの? あんたは大人しく1番手で出ればいいのよ!」


  アリエルだって本当は3番手になりたかった。

  だが、悔しいが自分はアルゲーノに勝てない。

  それなのにこの外部からやってきた人間の女は簡単にこんなことを言う。

  アリエルは頭に血が上っていた。


  そして、アルゲーノはセアラのこの言葉を聞いて考える。

  これは自分の強さを見せつけるチャンスなのではないかと。

  好きなセアラに自分の優れた剣技と魔法を見せ、惚れてもらうのだ。

  そこでアルゲーノは提案する。


  「そうだね。じゃあ、セアラが僕と勝負してそれなりに強かったら考えてあげるよ! 僕としてはセアラの気持ちは汲んであげたい。だけど、あまりにも僕らの間に差があるとセアラを3番手にした時、観客たちの不満がね」


  アルゲーノは手加減するつもりなどなかった。

  圧倒的な力を見せつけてセアラに勝つ。


  アリエルもアルゲーノのこのゲスい考えを察した。

  授業においてセアラの実力は見ている。


  確かにAクラスに合格できるだけのことはある。

  それに武闘会の代表メンバーに選ばれるギリギリの強さはあった。


  だが、それでもアルゲーノには遠く及ばない。

  惨めに敗れ去るセアラを見ようと彼女も二人の勝負を見守った。



  しかし——。



  「うそでしょ……」


  アリエルには目の前で起きた光景が信じられなかった。


  「はい、これで私が3番手でいいかしら?」


  セアラは膝を折り、倒れ込むアルゲーノに問いかける。


  アルゲーノの攻撃はセアラに何ひとつとして効かなかった。

  その魔法も剣術も何もかも……。


  しかも、彼女はその場から一歩も動くことなくアルゲーノを打ち破った。

  既に二人の実力差は比べるまでもなかった。


  「あなた! 授業中手を抜いてたの!? どうしてそんな力を隠し持ってるのよ!?」


  アリエルはセアラに問い詰める。

  だが、セアラはアリエルに耳を傾けたりはしなかった。


  「王子様、1番強い人が3番手になるのなら私が3番手でいいわよね? それとも何、貴方は武闘会で頑張りたいという自分の仲間に、手を抜いて1番手や2番手で出場しろと言うような男だったのかしら?」


  セアラは倒れ込むアルゲーノに近づいてそう質問する。

  もちろん、セアラに惚れているアルゲーノにそんな情けない発言ができるわけがなかった。


  「わかった……。セアラ、君が順番を全て決めていい」


  アルゲーノは彼女から視線を()らし、そうつぶやく。


  「ありがとね。でも、実は私何番手でもいいの。ある人と試合をしたいだけだからさ。その人が3番手に来るのなら私も3番手で出るってだけ。残りの試合はあなたに全部任せるわ」


  セアラはそれだけ告げると訓練場を後にするのだった。

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