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125話 そして、憧れは現実へ

人間界の歴史において最強の人族を議論するとき、人々は決まってこう結論付ける。

人間ならば七英雄ニーア=ルード。

エルフならば同じく七英雄カタリーナ。

そして、獣人ならば雷獣ネル=ハイリースと。


『魔王伝』より一部抜粋

  「さぁ、続きをはじめましょうか」


  ネルの体が輝きはじめる。

  彼女はその身に(ほとばし)(いかずち)を帯びているのだ。



  「いったい何が起こっているのでしょうか!? 立ち上がったネル選手の体が神々しく輝いてるいます!! これには観客一同唖然としてしまっています!」



  実況も驚いているな。

  まぁ、無理はないだろう。

  提出されているスキルのデータには『剣士』と『魔法使い(土)』、『治癒術師』しかないのだから。


  ネルが雷属性の魔法を使っているなんて考えられないよな。

  本当は決勝戦で披露するつもりだったみたいだけど、ネルがここで使うと判断したのなら問題ないだろう。

  さぁ、生まれ変わったその姿を見せつけてやれ!



  「ねぇ、何が起きてるの? 惚れぼれしちゃうくらい美しいんだけど」


  「ネルって子やばくない? もしかしたらアリエル様に勝っちゃうんじゃ……」


  「今年の1年Fクラスはどうなってんだ!? あんなの反則だろ」



  さっきまでアリエル一色だった声援も、ネルの雷属性魔法によって揺らぎはじめる。



  「あれは雷属性の防御魔法の一種ですね。でも、『魔法使い(雷)』を持たないネル選手が雷属性魔法を使えるというのは不思議なものです。きっと、並々ならぬ努力をしてきたのでしょうね」



  解説の女はどうやらしっかりとわかっているようだ。

  やはり彼女、ただ者ではないな。


  「そんな……どうしてあなたがその魔法を……」


  アリエルは目の前で起きていることがいまだに信じられないでいる。

  どうしてあなたに雷属性魔法が使えているのだと。


  「来ないならこっちからいくわよ!」


  ネルは雷属性を付与した剣でアリエルに斬りかかる。


  魔力を消費しすぎたアリエルは先ほどのような魔法の連打ではなく氷属性を付与した剣で対応する。

  しかし、剣術で彼女がネルに勝てるわけがない。

  彼女はあっけなく剣をはじき飛ばされてしまい無防備になってしまう。


  「あなた……いままでチカラを隠してたの? そうやって、あなたの側で夢見めた私を心の底で笑ってたの!?」


  アリエルは目の前に立たずむ、一人のたくましい少女を見て怒声をあげる。


  「そんなわけないでしょ。私がこの魔法が使えるようになったのはついこないだ。あのベンチにいる人間の男の子と精霊のおかげ」


  ネルはベンチに座るアベルと精霊のライトを見てそうつぶやく。


  「そして、決勝で披露しようと思ってたこの姿を今出したのは、それがあなたへの誠意だと思ったから。アリエル、私はこれからも夢を追い続けるよ」


  ネルは剣を地面に置く。

  そうだ、最後は剣士としてのネルではなく魔法使いとしてのネルで戦うつもりなのだ。



  「おぉぉっと! これはどういうことでしょうか? ネル選手が自身の剣を置きました! これはアリエル選手、ネル選手ともに魔法合戦が繰り広げられるということでしょうか!?」



  ネルの言葉を聞いたアリエルは覚悟を決める。


  「そう……わかったわ!」


  アリエルは身体中の魔力をかき集める。

  魔法使いとしての誇りのために。

  そして、ネルの誠意に応えるために。


  アリエルは残った魔力を振り絞って巨大な氷塊を撃ち出した。


  「氷弾撃アイスバレット!!」


  それは彼女の限界を超えた魔法だった。


  それに対してネルは自身最強の攻撃魔法で向かい撃つ。

  覚えてから日は浅いが、絶え間ない努力の果てに習得した雷属性魔法。

  今、それが日の目を見る。


  「雷撃ライトニングバースト!!」


  鋭い電撃が爆音とともに宙を切り裂き一直線に突き進む。

  そして、衝突する二つの魔法。

  互いに全てをかけてこの戦いに終止符を打つ。


  ネルの放った雷撃(ライトニングバースト)は氷塊を打ち砕き、アリエルの放った氷弾撃(アイスバレット)は完全に粉砕する。

  巨大な氷塊が砕け散り、ネルの視界にはアリエルが映る。

  そして、勢いをそれだけに留まらずアリエルをめがけてその(いかずち)は空を切り裂いた。


  「あぁ……また負けちゃったか。でも……おめでとう、ネル」


  アリエルは自身の負けを自覚した。

  しかし、不思議と後悔はなかった。


  そして、ここでハリスさんの仲裁が入る。

  ハリスさんが防御魔法を発動してアリエルを雷撃(ライトニングバースト)から守ったのだ。

 

  ハリスさんが防御魔法を使って一方の選手を守る。

  これが意味することを観客たちはよく知っている。



  ウォォォォォォオオオオ!!!!!!!!



  「ここでハリス様が試合を止めに入りました! 勝者はネル選手です!! FクラスがAクラスを、1年Fクラスが1年Aクラスに見事一勝を上げました!!」



  「すげぇ! 本当に勝っちまったぜ!?」


  「あの獣人の子、すごいカッコ良かった!!」


  「これは、もしかしたら優勝までいけるんじゃないか?」



  予想外のジャイアントキリングに観客たちも大いに盛り上がっている。

  この場にいる者、誰一人として天才魔法使いのアリエルにただの獣人の剣士が勝てるなんて思ってなかっただろうからな。



  ネルは雷属性の防御魔法を解いていつもの姿に戻る。

  そして、コートを後にしてベンチへ戻ろうとしたときだった。


  「ははっ、いったいどこで差がついちゃったんだろうね」


  アリエルがネルにそう声をかけてきた。

  だが、その言葉に嫌味などは1ミリもこもっていない。


  それに対してネルは少しばかり微笑んでアリエルに告げる。


  「そうね。これが周囲に決められた限界を受け入れたあなたとその限界を超えようとした私の差よ——とでも言っておこうかしらね」


  それを聞いたアリエルはくすりと笑ってしまった。


  「ほんと、性格の悪い子なんだから……」


  そして、彼女は続けて立ち去り際にアリエルに告げる。


  「悔しかったらあなたも挑戦してみるのね。どうせ魔法使いのあなたがいまだに剣を持ち続けてるのはカタリーナ様への憧れが捨てられないからなんでしょ」


  そう言い残してネルは自分たちのベンチへと戻っていった。




  ◇◇◇




  アリエルはかつての仲間が夢を叶えた祝福の喜びと、夢を叶えられなかった自分への悔しさを抱きながらベンチへと戻っていった。


  「さっさとトドメをささないから負けるんだ。Aクラスとしての恥を知れ」


  ベンチに戻るとアリエルはすぐにアルゲーノに嫌味を言われた。

  だがこれは紛れもない事実。

  アリエルは変なところにこだわって勝てる試合を落としてしまった。


  「ごめん……」


  彼女はただ謝ることしかできなかった。

  そして、2番手であるアルゲーノがコートに向かっていなくなるとセアラが落ち込んでいる彼女に声をかける。


  「別によかったんじゃない? 満足そうな顔つきだったし、私は貴女が落ち込むようなことをしたとは思わないわよ」


  突然話しかけてきたセアラにアリエルは驚いてしまった。

  普段セアラは誰とも会話などしないし、こんな風に仲間を励ましたりするキャラではないと思っていたからだ。


  「でも、私のせいでクラスが負けちゃうかもしれない……」


  優勝などアリエルも考えてはいない。

  自分たちがどうあがこうが3年Aクラスに勝てるとは思っていないからだ。


  だがそれでも同じ1年の——しかもFクラスに負けてしまうというのは世間からの風当たりも強い。

  場合によっては自分だけでなく、クラスメイトたちの進路にも影響してしまうかもしれない。


  「そんなの気にしなくていいのよ。あの王子(バカ)と私に任せておきなさい。それに、私はこのクラスが勝とうが負けようがどっちでもいいし……」


  アリエルはセアラのことをよくは知らないがそれでもすごい人物だということはわかっていた。

  一緒に武闘会の練習をしているときに彼女の底なしの実力をマジマジと見せつけられたのだ。

  そんな彼女の励ましもあって少しは心が楽になった。


  「ねぇ、セアラ……」


  「何?」


  アリエルは恐る恐るセアラに尋ねてみる。


  「その……よかったら今度……私に剣術を教えてくれない? 私、ほんとは魔法剣士になりたいんだ」


  アリエルはセアラに本心を打ち明ける。

  そして、魔法剣士としての実力があるセアラに教えを乞う。


  「……」


  セアラは黙り込んでいる。

  沈黙が続き、数秒間が流れた。


  「そっ、そうだよね。友だちでもない私がこんなこと頼むのおかしいよね。ははっ……」


  アリエルはこの気まずい空気に耐えられずに笑って誤魔化そうとする。

  早く話題を変えないと。


  「まぁ……考えとく」


  ぶっきらぼうながら答えるセアラ。

  その言葉に思わず頬が緩んでしまうアリエル。


  「ありがとう、セアラ!」


  こうして、アリエルもまた夢への道を一歩だけ進めるのであった。




 ◇◇◇




  「ほら、勝って帰ってきたよー!」


  ネルが笑顔で帰還してきた。

  そして、恒例のハイタッチをする。


  最初はどうなるかと思ったがなんとか勝てたな。

  これでおれかケビンであと一勝すれば1年Aクラスに勝利だぜ!


  「ネルちゃーん! おめでとー!!」


  上の応援席からもネルに祝福の声がかかる。

  あのミラという少女、普段は大人しいのに今日は元気いっぱいに声援を送っていたな。

  そして、どうやらネルもそれに気づいたようだ。


  ネルは上にいるミラに向けて手を振る。


  「ありがとう! ミーちゃんの応援、しっかりと届いてたよー!!」


  ネルはしっかりと名前を呼んで感謝の言葉を伝える。

  なんかアイドルコンサートのワンシーンみたいだな。


  「うっ……。うわぁぁぁぁあ、ネルちゃーーん!!」


  ネルの言葉に対してミラが泣き出してしまう。


  えっ、どうしたの?


  「えっ……私のせい? なんで??」


  おれだけでなくネルもこの状況に戸惑ってしまっているようだ。


  それに対し、彼女の周りにいる友だちたちがサポートする。


  「ほら、泣かないの!」


  「ミーちゃんが泣いてネルも困ってるよ!」


  「あっ、こっちは大丈夫だから気にしないで! あと、全部終わったらミーちゃんと二人で話してあげて!」


  友だちの一人がネルにそう伝える。


  「う、うん。わかった」


  戸惑いながらも頷くネル。

  そして、彼女はその足で一人の教師のもとへと向かった。


  「見事な勝利でしたね。おめでとうございます」


  こう話すのは1年Fクラスの主担任であるドーベル先生だ。

  そして、ネルをこの学校へと導いてくれた恩師でもある。


  「ありがとうございました! 先生のおかげで私、こうしてまた夢に向かって歩みだすことができました! 私はこの学校生活にたいへん満足しています!」


  ネルは頭を下げてドーベル先生に感謝の言葉を述べる。

  それは本心から満足しているからこそ出てきた言葉だった。


  「そうですか。私としても貴女がこう楽しそうに学校生活を送れていることは嬉しいです。貴女が喜んでくれているのならば私としても嬉しいですね」


  ドーベル先生はニコニコとしながらそう語る。


  「こんなことを口にするのは失礼だとわかっています。しかし、私からの最後のお願いです! 入学前に先生とした契約のこと、私は忘れていません。しっかりと将来働いて返します。ですからあと何年か待ってくれませんか!」


  ネルはこれまでにないほど今の生活に満足していた。

  最高と仲間と最高の環境で夢に向かって励むことができる居場所。

  しかし、ネルにはお金がなかった。

  このままこの生活を続けていくにはお金が必要だ。


  この学校生活に満足していないとドーベル先生に伝えればそんなこと気にせずに済む。

  しかし、ネルにはこの恩師にそんなことを言うことはできなかった。


  すると、ネルの言葉を聞いたドーベル先生は笑って話す。


  「あぁ、あれですか。あれは貴女にうちのクラスに来てもらうためにしたことです。こんな老いぼれが未来の英雄にしてやれるささやかな投資なんですよ。ですからお金は返さなくていいです」


  なんと、突然ドーベル先生は貸したお金は返さなくても良いと言う。

  これにはネルも驚いてしまう。


  「でも、あんな大金! それに、それじゃ私の先生に対する感謝の気持ちをどのように形にしたらいいのか……」


  このままでは彼女の気持ちが治らない。

  どうにかして何か先生にしてあげられることはないかと考える。


  「貴女はまだ夢の途中にいるのでしょう? だったらそんなことを気にせずに精一杯夢を追いなさい。それが私に対する最大の感謝の表れです」


  「それでいつか自慢させてください。英雄ネルは私の教え子なんですよって。できれば私が生きてるうちがいいですね。私も長生きする理由がまた一つ出来ましたよ、はっはっはっ」


  ネルは感謝の気持ちで一杯だった。

  この恩師のためにも、いつか本当に英雄になるんだと彼女は静かに誓った。


  「次はケビンくんの番ですね。さぁ、一緒に応援しましょうか」


  こうして2回戦1年Fクラス vs 1年Aクラスの試合は1年Fクラスの一勝のもと、2番手のケビン vs アルゲーノを迎えた。

一応補足しておきます。

クラスにおける授業などの権限は全てドーベル先生が握っています。

実技の授業中に『魔法使い』スキルを持っていないグループに『魔法使い(土)』を持っているネルがいたのはアベルと同じグループに入れて近づけようとしたドーベル先生の図らいです。

二話前で急にネルが『魔法使い』スキルを持っていることに驚いた方がいたかもしれませんがその裏にはこういう理由がありました。

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