123話 アリエル vs ネル (2)
「へぇ、あなた……随分と変わったのね」
かつてのクラスメイトを前にもネルは思いにふける。
ただ、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。
何かしらアリエルの魔法に対し対策をしなければならない。
アリエル! アリエル! アリエル!
Aクラス側の応援席はもちろん、会場の観客たちも天才魔法使いアリエルに声援を送る。
彼らがわざわざ足を運んでまで観たかった徒はアリエルのような天才魔法使いなのだ。
それを考えれば当然のことだろう。
「治癒!」
ネルは苦手な回復魔法を自身に使うと再びアリエルに向かって突き進んだ。
「ネル! 無茶だ! いったん落ち着け!!」
おれはコート内にいるネルに向かって叫んだ。
ネルは何を考えているんだ?
アリエルの実力とこの状況を考えば明らかに距離を詰めるのはナンセンスだ!
さっき失敗している上にまだアリエルの手札に何があるのかわからない。
ここは遠距離戦で防御魔法を使いながら相手に魔法を無駄撃ちさせて、魔力を削りながら相手の力を見極める方がいいはずだ。
「ネル……あまりガッカリさせないでよね」
アリエルはネルに向けて手を伸ばし、魔法を連射する。
「土刃! 火弾! 氷球!」
アリエルの魔法の猛攻にネルは防御魔法で対抗する。
「土の盾!!」
アリエルの魔法の威力は一発一発が高いが、ネルの膨大な魔力から繰り出される防御魔法でなんとか防ぐことができた。
これを見ておれはひと安心する。
どうやらネルが全力で防御魔法を使えばアリエルからの攻撃は防げるようだ。
だが魔力操作や魔力制御に集中するあまり、戦いの中で動きながら使うのは無理だ。
どうしても状況を整え、落ち着いて使う必要がある。
これじゃ剣で戦えるような近距離戦には持ち込めないし、こちら側から攻撃を加えることができない。
この微妙な距離でネルはどうするつもりなんだ?
「そういえば防御魔法はまともに使えるようになったのね。それは褒めてあげるわ……。だけど、今のが私の全力だと思われちゃ困るのよね!!」
なんとアリエルはまだまだ本気を出していなかったようだ。
彼女の目の前に巨大な氷塊が現れる。
そして、自身の体より大きなその氷塊を彼女はネルに向けて解き放つ。
「氷弾撃!!」
この距離でネルはアリエルの魔法を躱すことは難しいだろう。
「土の盾!!」
ネルは堪らず土属性魔法の防御魔法で氷弾撃を防ごうとする。
しかし、魔法の力が違い過ぎる。
ネルの防御魔法はアリエルの攻撃魔法を防ぎきれずに粉々に砕け散った。
そして、勢いが多少は殺せたものの氷の弾丸がネルを襲う。
「「ネルーー!!」」
おれと精霊のライトがネルの名を呼ぶ。
あんな魔法を受けて平気でいられるわけがない。
残念だがネルはもう戦えないだろう……。
「ここで、アリエル選手の攻撃魔法が炸裂したぁぁああ!! 勇猛果敢に戦いを挑んだダークホースのネル選手でしたが、天才魔法剣士アリエル選手の前に敗れてしまった!!」
アリエルはさみしそうな表情でネルがいた砂けむりが舞う場所を見つめる。
「私が勝ちたかったあなたはもう……どこにもいないのね」
アリエルは試合の決着はついたと完全に思い込む。
早くハリスさんに勝利を宣言して欲しいと思っていた。
そのとき——。
アリエルをめがけて、無数の鋭利な土の塊が襲いかかった。
アリエルは不意を突かれてしまい、いくつかの土刃を被弾してしまう。
そのうちの一つが足を命中し、アリエルは体勢を崩した。
「ぐっ……」
そして、砂けむりの中からネルが飛び出してくる!
彼女はボロボロになりながらも、しっかりと剣を手に握りしめてアリエルを狙っていた。
その瞳は闘志に燃え、まだ戦えるという意志を感じさせた。
「「ネル!!」」
おれたちは歓喜の声を上げる。
ネルはアリエルの特大の魔法を受けながらも無事だったようだ。
そしてなにより、彼女はまだ勝利を諦めていない!
ネルは元々『魔法使い(土)』のスキルを持っていたため土属性魔法が使えた。
そして、彼女は2ヶ月間の特訓により無詠唱で土属性魔法を使えるレベルにまで達していた。
それでも最初に魔法を詠唱をしていたのはアリエルを欺くため。
無詠唱で不意打ちをして距離を詰めるための布石だったのか!
「なっ、なんと!? ネル選手が砂ぼこりの中から姿を見せた! 無事だったようです! そして、アリエル選手との距離を詰めます!!」
アリエルは突然現れたネルに驚きながらも笑みをこぼす。
そして、ネルの攻撃に冷静に魔法で対処しようとする。
「へぇ、驚いた。でも、だからどうしたというの! 氷の壁!!」
迫りくるネルから身を守るため、アリエルは防御魔法を発動した。
青白く輝く氷の鉄壁がネルの前に立ち塞がる。
「私はあなたに負けるわけにはいかないの! 悪いけど、これで終わりにさせてもらう! 土斬撃!!」
ネルは自身の魔力を己の剣に込めて、その一刀を振るった。
ハーフエルフにして天才魔法使いのアリエル。
獣人にして、その魔力量だけはエルフにも負けない剣士ネル。
二人が創り出した本気の魔力の技がぶつかり合う。
「あなたなんかには負けない!!」
「あなたなんかに負けてられない!!」
そして、ぶつかり合う強大な魔力によってできた衝撃波は二人を丸ごと呑み込んだ……。
「おぉぉっと!? 両者の凄まじいワザによって衝撃波が巻き起こりました!! そして、状況はどうなったのでしょう? 塵が舞ってしまい、まったく見えません!!」
実況が言っている通り、間近で観戦しているおれたちにも状況はよくわからない。
中央のモニターには砂嵐のような画面が映っている。
これには観客たちも不安の声が上がる。
そして——。
「おっと! アリエル選手は無事のようです! ふらつきながらもしっかりとその二本の足で立っております!!」
アリエルも衝撃波に襲われ、先ほどのネルのようにボロボロになっていた。
しかし、それでも彼女は膝を折らずに立ち尽くしていた。
それに対してネルは——。
「そして、ネル選手は倒れ込んでしまっています!! 先ほどはなんとか起き上がることができましたが今回は不可能でしょう! あれほどの傷を負いながらあの爆風に巻き込まれてしまったのですから」
ネルは完全に力尽きて地面に横たわってしまっている。
目の前であれだけの高魔力の衝撃波に襲われたのだ……こればかりは仕方ないだろう。
そんな動かなくなったネルのもとへ、アリエルがゆっくりと近づいていく。
ハリスさんに勝利の宣言をしてもらうためにトドメをさすフリで近距離から魔法を撃とうとしているのだろう。
「ネル……覚えてる? 昔は私たち、一緒に切磋琢磨し合う仲だったわよね。お互い馬鹿みたいな夢を見てさ……」
アリエルは倒れたネルに話しかける。
ネルに意識はあるようだが先ほどのような不意打ちをする気配はない。
いや、もう何もできないのだ。
「でも、いつまでも夢を見ているわけにはいかない。私は現実を受け入れてより強くなろうとした。そして、あなたは現実を受け入れられずに逃げ出した……。それが答えよ、もう終わりにしましょう」
アリエルはネルに向けて手を伸ばす。
あとは魔法を発動するだけ。
「これが与えられた試練の道から逃げ出したあなたとその道を歩み続けた私の差よ」
アリエルが地面に倒れ込むネルに向けて魔法を発動しようとしたときだった——。
「ネルちゃーーん!! ガンバレーーーー!!!!」
一人の少女の声が歓声の中から確かに聞こえた。
それも、おれたちのいるベンチの上の方からだ。
おれは思わず声がした方を見上げた。
すると、おれたちの特別応援席に1年Fクラスの生徒たちがいた。
しかも、一人や二人ではない。
クラス全員が集まっていたのだ!
「ネルちゃん! 立ってーー!!」
こう声を上げて応援するのは確か獣人のミラという少女。
みんなからはミーちゃんと呼ばれていたはずだ。
「おい、ネル! お前なら勝てるぞ! 立ち上がれ!!」
「あなた、アリエルなんかに負けてどうするの! がんばりなさい!!」
「ネル! 獣人のつよさを見せつけてくれー!!」
それに、普段おれたちと関わることのないクラスメイトたちもネルを大声で応援してくれる。
そんな、急にどうして?
「あら、落ちこぼれのみんなが登場したみたいね。だけどもうゲームセット。悪いけど私の勝ちは——」
勝利を確信したアリエルの前にネルがゆっくりと立ち上がる。
そして、はっきりとした瞳でアリエルをまっすぐに見つめる。
「そっ、そんな!? どうしてまだ起き上がれるの?」
アリエルは先ほどまで何度も何度もネルを叩き潰した。
立ち向かってくる彼女を圧倒的な魔法で正面から潰した。
それなのにまだネルは諦めずに向かってくる。
そして、アリエルは魔力が枯渇しはじめていた。
しかし、それはネルも同じ。
これでは互いにできることなんて……。
アリエルは最悪の事態を想定する。
「アリエル……悪いけど、私はあなたのことをライバルだなんて一度も思ったことはないの。ただ、同じ道を目指す仲間だと思っていた」
ネルは目の前にいるアリエルに今まで思っていた気持ちを伝える。
「でも、あなたは変わってしまったみたいね。私なんかを目標にしてるようじゃ、あなたは所詮三流止まり。本当は決勝までとっておくつもりだったけど見せてあげる。生まれ変わった私の姿をね」
ネルの体が輝きはじめる。
その神々しい姿にアリエルはもちろん、観客たちも息を呑む。
「まっ、まさか……あなた……」
アリエルは信じられないような物を見る目でネルを見つめる。
「さあ、続きをはじめましょうか」
——この日、人間界の歴史に新たな伝説が刻まれたのであった——




