119話 2年Cクラス vs 1年Fクラス
「さぁ、それでは第3試合の1年Fクラス vs 2年Cクラス! まずはネル=ハイリース選手 vs エメリヒ=ヴァイツゼッカー選手です!!」
実況の声が会場に響き渡る。
遂におれたちの武闘会がはじまるのだ!
「「よろしくお願いします!」」
二人の選手同士が互いに挨拶をする。
そして、審判をしてくれるハリスさんに対してもだ。
「さぁ、パーシャルさん。この試合どう見ますか?」
「はい、そうですね。まず学年といい、クラスのランクのいい、圧倒的に2年Cクラスが有利ですね。元々の才能の差に加えて一年間高等魔術学校で鍛えぬかれた彼らの前に、1年Fクラスがどうこうできるとは思えませんね〜」
この解説の女、第一印象はチャラいと思っていたけど割とまともに解説をしてくれるんだな。
まぁ、公平性などがないのは気になるところだが、この世界では平等や公平を願うこと自体が間違っている。
ここは実力と権力がモノをいう格差社会なのだ。
「えーっとですね。手元の資料によると1年Fクラスは1番目のネル選手が内部進学で、残りの二人は外部からの進学だそうです」
「まじですか!? 外部から来たのにFクラスなんてことがあるんですね。あと、ネル選手の中等部時代をわたしは知っていますがヤバいっすよ! 彼女は本当に手のつけられない子でしたから」
「まぁ、最初は実力があったそうですが落ちこぼれたと聞きましたし、それでFクラスにいるのでしょう。エメリヒ選手が魔法使いなのに対してネル選手は剣士ですし、これはもう2年Cクラスの勝ちは決まったようなものですね」
解説の女がおれたちのことをボロッカスに言っている。
マジでムカついてきたな。
この解説に対して観客たちは盛り上がる。
「おいおい、もう辞退しちゃえよ落ちこぼれ!」
「おれたちゃ、てめぇらを観にきたわけじゃねぇんだよ!」
「さっさと負けてくれー!」
うわー、こりゃ酷いヤジだな。
ネルから話は聞いていたが想像以上だ。
っていうか、おれたちの応援って誰一人いないんだな。
試合をしているクラスには特別応援席という観客席が用意されているのだが、うちのクラスのそこでさえガラ空きだ。
本来ならクラスメイトたちが来てくれる場所なんだけどな……。
もちろん、相手のクラスの特別応援席は100人以上座ってクラスの応援をしている。
この差はいったいなんなんだよ。
「おっと、そろそろ試合がはじまるようです」
二人の選手が試合場に上がりお互い挨拶をした。
精霊たちが周囲への被害を無くすために防御魔法を張った。
それによりハリスさんが手を挙げて試合の準備が終わった合図がなされたのだ。
あとは彼女の試合開始のかけ声を合図に勝負がはじまるのを待つのみ。
「さぁ、いよいよはじまります! 勝つのはネル選手か、それともエメリヒ選手か! 戦いの火蓋が今、切って落とされようとしています!!」
そして、ハリスさんがかけ声をかけた。
「試合開始!!!!」
彼女のかけ声とともにネル、そしてエメリヒが動き出す。
ネルはその素早い動きで距離を詰める。
それに対してエメリヒは後ろに下がりながら魔法を発動する。
もちろん無詠唱魔法でだ。
彼の放った土刃がネルを襲う。
しかも、一発だけではなく複数の刃が彼女に向かって放たれた。
「おーっと! これはさっそくネル選手がエメリヒ選手に近づく! しかし、エメリヒ選手の魔法が炸裂した!!」
ウォォォォオオオオ!!!!
なんだか実況も観客も盛り上がっているけどこいつらは状況がわかっていないようだ。
「なっ!?」
エメリヒは目の前の光景に驚きを隠せない。
ふっ、ネルにそんな弱っちい魔法が効くものか!
ネルの純粋な魔力量はそこらへんのエルフよりあるんだぞ!
ネルを襲った土刃は彼女に命中したと思われたがそれは勘違いだ。
彼女が魔力を流している剣で迫りくる土刃を切り裂いたから爆発して命中したように見えたのだ。
もちろん、彼女は薄く防御魔法も張ることにより爆風からも身を守っている。
攻撃されながらも変わらずに接近してくるネルに恐怖を覚えるエンリヒ。
彼はとっさに防御魔法を発動した。
「土の壁!!」
ふっ、驚いて詠唱魔法を使ってしまうあたりまだ防御魔法を体が覚えてないか実践経験が少ないかだ。
いずれにしても未熟、悪いがネルの敵ではない。
ネルは目の前に出現した土の壁をためらうことなく切りつける。
そして、それはいとも簡単に破壊された。
エンリヒの目の前には剣を持った闘志に燃える一人の少女。
この至近距離の争いで身体能力の高い獣人の剣士を相手にするのは分が悪い。
魔法使いとしてのアドバンテージは既になくなった。
そして彼は死の恐怖に襲われる。
「こうさんする! こうさんするからたすけてぇーー!!」
エメリヒは迫りくるネルに怯えて尻もちをついて降参を宣言した。
そして、ネルの剣がエンリヒの目の前で急停止する。
ここでハリスさんが手を挙げて宣言する。
「勝者ネル!」
この宣言によってネルの勝利が確定する。
「おぉっと!? これは何ということでしょうか! 開幕早々エンリヒ選手の攻撃魔法にやられたと思っていたネル選手ですが、何と無傷で生還! そして、その剣をエメリヒ選手に突きつけて見事勝利!!」
実況の声が会場中に響き渡る。
「おい、なんだ今のは!?」
「あの女、完璧にやられたと思ったぞ……」
「エンリヒってやつが弱いだけだろ」
「いや、でもネルってやつの動きすごかったぜ?」
会場は驚きの声で包まれている。
歓声こそ上がらないものの明らかに注目を集めている。
「バカ! 手加減なんてするんじゃないよ! なんで1年Fクラスなんかに負けているんだぁー!」
ニワトリおじが顔を真っ赤にしてエメリヒに怒っている。
そんなエメリヒはというと、ネルを見て震えてしまっている。
あぁ、可哀想に……。
彼が獣人の女の子がトラウマにならないことを祈っておこう。
「いやー、どうでしたかパーシャルさん?」
実況の男が解説の女に話を振る。
彼女は試合前におれたちをディスっていた女だ。
「驚いちゃいましたよ! ネル選手ってこんなに強かったんですか!? 今のあれは彼女の持つ身体能力と高い魔力量だからこそ為せたワザですよ! エメリヒ選手も素晴らしかったですが、ネル選手はそれを上回ったということです!!」
「えーっ、試合前に剣士であるネルさんは不利と話していましたが、そうではなかったのですか?」
「はい。確かにこの武闘会において剣士である彼女が不利であるということは変わりません。しかし、彼女はその高い魔力量から放つ斬撃と防御魔法があるようなので状況次第ではわからなくなってきたというところですね」
この女、意見をコロッと変えやがったな。
でも、彼女はしっかりと試合の状況と二人の選手の能力を把握して話しているようだ。
おそらく彼女自身、高い洞察力と魔法に関する深い知識があるのだろう。
まぁ、この試合を見て意見を変えない方がおかしいか。
もしもそんなやつがいるとしたらそいつは素人だ。
「あんな獣人の女に負けて恥ずかしくないのか! お前は2年Cクラスの名を汚したんだぞー!!」
おっと、わかっていない素人があそこにいた。
やはりニワトリおじはポンコツ教師なのだな。
今のネルを見てあの程度の魔法使いで勝てると思っている方がおかしい。
「余裕だったわ。ケビン、あとは任せた」
ネルは帰ってくるとケビンとハイタッチをしてバトンを渡す。
「おう! 任せとけ、すぐに終わらせてくる」
こうしてケビンは試合場へと向かっていく。
そしてネルはおれの隣に座った。
「お疲れ。いい動きだったよ」
おれはネルに労いの言葉をかける。
まぁ、疲労面でいえば全然疲れてなさそうだけどな。
「ありがと。でも、まだ本番じゃないから」
ネルはあっさりとそう話すとケビンが立つコートを見つめる。
「さぁ、続きましてはケビン=フーリン選手 vs ファーレット=グリフ選手です!! 2年Cクラスはここで負けると敗北が決まります!」
ファーレットと呼ばれた選手も魔法使いなのだろう。
特に剣は持っていない。
もちろんケビンは剣を持っている。
「ケビン選手も先ほどのネル選手と同様に剣を持っています! カルア高等魔術学校において最弱と言われている1年Fクラス! そして、武闘会において不利と言われている剣士で2勝するようなことがあれば、それは歴史的な快挙と言えるでしょう!!」
「おいおい、Fクラスには魔法使いがいねぇのかー」
「ここは剣術学校じゃねぇぞー」
相変わらずヤジは飛んでくるな。
だが、先ほどまでとは違って会場の2万人全員が敵というわけではなさそうだ。
ネルの一戦を観てみて、何か感じる者たちもいたのかもしれない。
「2年Cクラスはここでエースのファーレット選手ですね。それに対してケビン選手は外部進学ということでデータがほとんどありません」
「まぁ、ファーレット選手は水属性魔法に特化されている選手ですからね。Aクラスに匹敵するとされている彼の魔法をケビン選手が攻略できるかに全てがかかっているでしょう」
そして、ここでハリスさんが手を挙げて試合開始を宣言した。
「試合開始!!!!」
ハリスさんのかけ声とともに二人は動き出す。
ケビンは先ほどのネルと同様に距離を詰め、ファーレットは下がりながら魔法を放つ。
最初から距離がある中での『剣士 vs 魔法使い』の戦いでは定石ともいえる動きだ。
ファーレットは水弾をケビンに撃ち込む。
解説の女が言っていた通り、こいつの水属性魔法は強い。
直径1メートルを越える水の弾丸がケビンを襲う。
ただの水の塊ではなく、魔力が込められた水の塊だ。
もしも当たったら軽いケガでは済まないだろう。
「おれはさっきのザコとはちげぇぞ、Fクラス! おれ様の水弾をくらいやがれ!!」
ファーレットはニヤニヤと笑いながら魔法をケビンに向けて撃ち込んでいる。
だが、悪いな。
それもおれたちには効かないんだわ。
ケビンは音速にも近いファーレットの魔法をスレスレで避けきる。
魔法が地面に直撃したときの爆発からその破壊力が伺える。
だが、ケビンには当たらない。
「そっ、そんなどうして!?」
ファーレットも先ほどのエメリヒ同様に目の前の光景が信じられないようだ。
さっきからなんでやつらは驚いているんだ?
剣士が魔法使いと戦うとわかっていながら何も対策をしてきていないとでも思っているのだろうか?
武闘会における試合形式も、魔法使いが多く出場するということも、2ヶ月前から事前に情報としてわかっていたんだぞ。
優勝を狙っているおれたちが対魔法使い戦の対策をしてこない方がおかしいだろ。
『剣士 vs 魔法使い』の戦いで最初から距離がある場合、遠距離から攻撃ができるという面で魔法使いが有利なのだ。
ならばそのアドバンテージである距離さえ詰めてしまえば近距離戦となり、魔法の発動時間と剣を振り抜く速度から逆に剣士に有利な状況となる。
ネルに関しては彼女の高い魔力量から放つ斬撃と防御魔法で敵の攻撃魔法を突破して距離を詰める。
ケビンに関しては性別が男ということもあってか、身体能力ならネル以上にある。
そんなケビンにおれは『能力強化』という攻撃魔法の威力が落ちる代わりに身体能力を向上させる魔法を教えた。
元から攻撃魔法を使う予定のないケビンにはメリットしかないからな。
そして、ケビンには研ぎ澄まされた天性の感覚と魔法によってさらに強化された身体能力で敵の魔法を躱して距離を詰めてもらうのだ。
この武闘会において、ほとんどのクラス代表たちは自分の将来に向けて、多くのスカウトにアピールをしたいという想いで臨んでいる。
ケビンのように近衛騎士団に入りたいというやつは稀だ。
だって需要がほとんどないからな。
みな需要があり将来が約束された魔導師になりたくて武闘会に出場する。
しかも、優勝は3年Aクラスと決めつけているから他に本気で優勝を狙うクラスは2年Aクラスだけ。
あとのクラスは自分をアピールしたい魔法使いしか出場してこない。
こんなのありがたく攻略してあげるしかないじゃないか!
おれたちの敵は優勝を狙う気のない魔法使いたちではない。
サラやナルシスト王子、そして生徒会長や副会長といった魔法剣士たちのいる1年Aクラスや3年Aクラスがおれたちの本当の敵なのだ。
魔法剣士には距離を詰めたところで魔法を織り混ぜた剣術の戦いに持ち込まれるだけだからな。
対魔法剣士戦はまた別のことを考えなければいけない。
おっ、どうやらもう試合の決着はついたようだな。
「なっ、なんと!! ケビン選手が消えたと思ったら、ファーレット選手の背後におりました!! そして、剣を首に突きつけて勝利だぁぁぁあああ!!!」
「歴史が、600年の時を超えて歴史が動きました!! 最弱と言われ続けた1年Fクラスが! 不遇と言われ続けた剣士が! 長きに渡る時を経て勝者となり、ようやく日の目を見るときがやってきましたぁぁぁあああ!!!!」




